二十二話 「世界のかたち その1」
通常、国際連盟会議は年に一度、常任理事国各国の持ち回りで開かれ、現在世界で問題となっている議題に共同で取り組む。
発言するのは主に常任理事国で、議会の中央に五つの特別な代表席が設けられている。参列しているその他の国家は、そこから少し離れた位置に円形に広がる席が設けられ、高官を含めた代表者が座る。
もし会議場を天井から見れば、それが【五つ星】の形になっていることがわかるだろう。
常任理事国の背後の席には、その国と関わりの深い国が並び、五つの角のどこが伸びているかで世界のパワーバランスが一目でわかるようになっている。
現在、星は【いびつな形】をしていた。
一番の力を持つのはルシア=カルバトフ帝国。次にシェイク・エターナル連合国家。その二者は対立するように西と東に分かれて席が配置されており、現在のところ両者の力はほぼ拮抗しているといえる。
ルシア帝国は北西部、世界の四分の一を実効支配している最大国家である。
北西部は雪の降る国が多く、一年の大半が雪に覆われているためかつてはあまり豊かではなかったが、ルシア帝国の指導力で、いまや世界最大の生産力と軍事力を持つに至っている。
時には強大な軍事力を行使し、強引に物事を進める国であるが、彼らを支持する国家も多い。その理由が優れた植民地政策にある。
ルシアが持つ世界最高峰の技術の提供は、開発力に乏しい小規模資源国家にとってはありがたいものである。資源はあっても開発できない国というのは案外多いものなのだ。
まだ資源を得ていない国に対しては、積極的に投資も行う。時代は常に移り変わるもの。何がきっかけで新しい資源が見つかるかわからないのだ。そうした先行投資をするだけの余力がルシア帝国にはある。
その潤沢な資金は雇用を生み、貧しい国を救うことになる。そして、世界最大の軍事力によって保護される。いつ国が崩れ、己が難民となるかもしれない現状を思えば、ルシアの庇護下にいることは幸せなのだ。
強者に従ってさえいれば莫大な利益を得る仕組みになっているので、自力で国を維持する力のない小国はルシア側につくことが多い。小さな国も集まれば巨大な存在である。こうして現在ルシアは五十近い植民地を得て最大国家となったのだ。
もう一つのルシアの特徴は【絶対貴族主義】を敷いていることである。血筋こそ絶対とするシステムに隙はなく、雪の国という別称の他に【血の国】とも呼ばれている。ただし、後者は貴族主義と軍国主義を揶揄する者たちが使う蔑称ではあるが。
一方、東のシェイク・エターナル側についている国家は、それなりに力のある国が多い。
ルシアの国力増強に脅威を感じる周辺国家など、単独でも自国を維持できるがルシアに狙われたら抵抗できない中堅国家たちだ。シェイク・エターナルは一三からなる連合国家であり、元から中堅国家が集まって生まれた国であるため、彼らと上手く同調できるのだろう。
シェイクが求めるのは自由と平等。実力があれば誰でも国のトップになることができるという絶対の実力主義を貫いている。彼らからすれば、ルシアの血による権力集中は忌み嫌うものであった。
それも当然。シェイクという国は、もともとルシア帝国の圧政から逃げた者たち、一説によれば重犯罪者や政治犯たちが作り上げた国なのだ。
もちろん、ルシアが国力を伸ばしたのはここ五百年。彼らの祖先が逃げたのは、それ以前に栄えていた西側国家からである。が、シェイク人の中に眠る【西側アレルギー】は遺伝子の中に受け継がれていた。
シェイクは完全なる法治を求める【法の国】の側面もあり、自由なお国柄にもかかわらず規則に対しては実直な姿勢も見せる。
三番目、星の上の角、上座の位置にはダマスカス共和国が陣取る。
ダマスカスは【富の国】である。自衛力は持っているが争いは好まない。ダマスカスを支持するのはそうした中立国家や、商業によって栄えている国が多い。
ダマスカスの仲裁があれば、ルシアもシェイクも無茶なことはしないと知っているのだ。金持ち喧嘩せず、まさにその言葉が似合う。
ダマスカスは世界中の経済と金融システムを正しく管理することで、さまざまな意味での安定を維持する役割がある。
人の生活は軍事だけでは成り立たない。こうしてルシアとシェイクが小競り合いを続けていられるのも、ダマスカスがしっかりと経済を制御しているからに他ならない。
人は生来的により豊かな生活を求めるものだ。それが物的が精神的かは別として、常に快適なものを欲しようとする。それらを提供管理することでダマスカスは信頼を得ているのである。
四番目、星の左下はロイゼン神聖王国。彼らはいわば【世界の信仰】を一手に集める国である。
ロイゼンの国教は【カーリス教】と呼ばれる宗教で、現在では全世界の四割の人間を信者として迎えている世界最大の宗教である。そして、その最高の象徴である【カーリス第一神殿】がロイゼンにある。そう、ロイゼンこそがカーリス発祥の地だからだ。
ロイゼン王室と第一神殿は名目上多少の距離は置いているものの、王室の子供は必ず幼少期を第一神殿で過ごして洗礼を受けねばならない決まりがあり、ほぼ例外なく国王一族もカーリス教徒である。
そうした事情もあり、ロイゼンは【信仰国家】とも呼ばれ、常任理事国の中でもダマスカスに次いで比較的安定した地位を得ていた。
また、カーリス勢力は各国の中枢にも及び、ルシアやシェイクにもカーリス教を支持母体とする貴族や団体が存在する。信仰に国境はないからだ。
信仰は人間の生活を精神的に豊かにするが、一方では危険なものでもある。必然的にその扱いはデリケートになり、ルシアもシェイクもカーリスに対しては一定の配慮を見せる。その意味でもロイゼンは富とは関係なく常にある程度の発言権を有しているといえる。
最後に、グレート・ガーデンという国がある。
世界のもっとも東に位置する国、世界地図でいえば北東にある小さな島国である。
この国は、世界中から技術者を集めて優遇する制度を設けているため、町の至る所には個人経営の工場や芸術家が建てたであろう理解不能な建造物が溢れている。実にカオスな空間だ。
しかし、世の大きな発明というのは、えてして小さな町工場から生まれることが多い。彼らの自由な発想を保護することは、国家だけではなく全世界に大きな影響を及ぼすことにもつながるのだ。
実際、他の常任理事国が最新鋭として使っている技術は、もともとグレート・ガーデンから輸出されたものである。その中にはグレート・ガーデンしか解析できないブラック・ボックスも多く含まれているので、修理や部品の発注はこの国の技術者頼りという場合も多い。
このため、【技術の国】として小さい国土ながら、グレート・ガーデンは独自の地位を築くに至っている。
ただ、この国は他の四つと多少異なる側面があるのも事実である。それは彼らの独自の【思想】に寄るところが大きいのだろう。そちらの面では他の常任理事国との関係はあまりよろしくない不思議な国である。
まあ、それは主に国家元首の人格によるところが大きいのであるが…
こうして国際連盟会議は毎年開かれはするが、今回のように各国の国家元首が一同に揃うのは非常に稀なことである。それだけ今回の一件が世界を大きく揺るがしたことを意味していた。
その国際連盟会議が始まって四時間あまり。
すでに内々で高官たちが話を詰めていたこともあり、会議は例年にないほどに順調に進んでいた。国際金融市場の復旧。それに伴う軍事力の共同管理。輸出入の緩和。貧困対策。
簡単にいえば、こうした混乱の中にあっても一時的に結束して余計な被害を防ごう、というものである。
世の中にある権力や資本の大半は、人が自然界の中で生きるうえで必要な衣食住の安定確保が目的として生まれている。誰もが好き勝手に動けば当然生産は成り立たない。生産がなければ不足が起こる。不足が起これば愚かな者たちによる略奪が起こり、国が衰退する。
そう、権力とは、労働力や資源を含む資本の効率的な活用のために生まれた【ルール】の結果である。
人は自らの手で自然界を生き抜き、こうしたお互いのルール作りによって安定と調和を生み出してきた。ただし、それはあくまで物が不足し、多くの人々が食べることにも困っていた時代の話である。
技術が発達し生産力も増していくと、人々の関心は飢えをしのぐことよりも他者との比較に移っていく。より富を蓄えたほうが偉いという自尊心の競争が生まれた。自分が誰かに勝っていないと気が済まない。こんな病気のような生き方が世界に蔓延し、気がつけば世界は【割れて】いた。
現在の常任理事国の存在意義は、本来の【可能性の模索と保護】ではなく、人の自尊心とエゴイズムによって生まれた比較と競争によって支配されている。人の無限の可能性を考えれば、これは正常ではないのだ。
しかし、現在の状況は一時的ながら過去の混乱期に似ている。
人々が生み出した金銭や株式といった見えない権利が麻痺したことによって、人は再び飢えることに注意を向けねばならなくなっていたのだ。
つまり彼らの結束の正体は、【常任理事国の維持】である。
これ以上の混乱が続けば、常任理事国という枠組みそのものが壊れかねない。自国の維持すらままならなくなり、国力の低下が起これば国際協調どころの話ではない。
最悪は国が割れ、再び今以上の混乱が世界を覆うことになってしまう。最低限の衣食住すら提供できなくなってしまう可能性があるのだ。
世界は五つの国で回っている。これだけで莫大な富が分配される仕組みなのだ。現在のシステムを失うくらいならば、仇敵であろうが手を組む。この国際連盟はそうした薄氷の絆によって生まれた【打算の産物】であった。
それゆえに、各国の代表は一見すれば友好的であるものの、本当の意味での調和は見られない。お互いに相手の腹をさぐり合っているのだ。
それでも、この会議の意味は大きい。
今までいがみ合っていた世界が、初めて手を取り合ったのだ。打算であっても価値ある会議であった。だからこそ成功させねばならない。それは各国ともに同じ気持ちであった。
会議は休憩に入った。
次は午後三時からの再開を予定し、各国の代表は会議場の周囲に与えられた自分たちのスペースに戻って今後の作戦を練っていた。
その間も各国護衛の者たちは注意深く周囲の動向を探っていた。これだけの面子が集まることは今後ないかもしれない。それほどの重要人物が出席しているのだ。視線がいつも以上に厳しくなるのも当然だろう。
(すごい圧迫感だ)
ダマスカスのスペースで、大統領であるサバティ・カーシェルを護衛していたアミカ・カササギは、初めて見る会議場内部の光景に驚くと同時に各国護衛たちの鋭い視線に少しばかり興奮していた。
ピリピリと肌に突き刺さる敵意。これは武人特有のやりとりで、相手の強さを測るために無意識に攻撃的な意思を向け、その反応を見ているのだ。
アミカにも厳しい敵意が降り注ぐ。まるで値踏みされているようだが、それがアミカにはたまらない。
(あの者、相当な腕前。もし仕合ったら勝てるだろうか)
こうして同じ場所にいるだけでも護衛たちの強さを感じる。自分と同レベルと思われる人間がここには山ほどいるのだ。興奮するのも当然だろう。
彼女はエルダー・パワーの剣士第九席に位置している剣豪の一人。美しい波と白い菊花が描かれた瑠璃色の着物と、アズマとは対照的な【白刀】がチャコールグレイの長い髪によく生える。
彼女もアズマ同様、幼少期に才を見いだされ、エルダー・パワーに引き取られてからずっと山奥で育ってきた。このような都会に来るのも初めてであるのに、まさかその中心部に入れるとは思ってもみなかった。
そしてこの場所に来てから自己の未熟さを痛感している。こうして気配を交える相手のどれもが超一流なのだ。今まで自分と対比する者が少なかったアミカにとっては、初めて感じる【世界の壁】であった。
(世は広い。あの殿方など師範クラスの腕前と見た)
アミカが見た銀髪の男性、まるで女性かと見間違えそうな容姿の男は笑顔ではあったが、その奥にはすさまじいオーラが内包されていることを見逃さない。到底自分が敵う相手ではないこともわかる。
エルダー・パワーには、師範と呼ばれるマスター・パワーである赤虎の下につくまとめ役がおり、剣士、戦士、術者、忍者のカテゴリーの中に二人ずつ、門下生を指導する人間がいる。
エルダー・パワーの師範の実力は超一流である。それはジン・アズマが剣士第五席に甘んじている様子からも想像できるであろう。彼でさえ、まだ師範には及ばないのだ。
そのアズマの下に位置するアミカにとっては、兄弟子である師範代ですら遠い存在。それと同格であろう人間が何人かいる。未熟者の自分がこの場にいてもよいのかと自問を続けるのも無理はない。
しかし、だからといって逃げるわけにもいかない。彼女の任務は大統領以下ダマスカス高官の護衛であった。各国が精鋭を出してきている以上、大統領であるカーシェルもエルダー・パワーを出して見栄を張りたかったのだ。
(だが、なぜ私をお選びになられたのか…、師範でもよかったのに)
大統領のカーシェルは、エルダー・パワーから適任者を選ぶ会合でアミカを見るなり「彼女を護衛にしてほしい」と願い出た。アミカは「都会に出るのは恥ずかしい」と必死に断ったが、どうしてもという要請には逆らえなかった。
マスター・パワーの言葉もあって仕方なく派遣を受け入れたのだが、自分にとっての師範代であるジン・アズマとはあっさりと配置場所が変わってしまい、現在は非常に心細い思いをしていた。心情的には突然都会に出て戸惑う田舎娘である。正直、早く帰りたい。
ただ、一方では武人として興奮もしていた。これだけの強者たちと一緒にいられることは勉強になるだろう。少しでも何かを学びたいと周囲に視線を向け続けていた。
当人との思惑とは違い、それが「女剣士なのに眼光が鋭くて見所がある」と思われていることはアミカは知らないのだが。もともと切れ目なせいもあるが。




