十五話 「富の塔、地下激戦 その2」
バクナイアの言葉が当たったかはわからないが、ガナリー・ナカガワは現在猛省中であった。各エリアのチェックを命じた兵士たちから次々と異変が報告されたからだ。
まずは一部階層の各施設のロックが解除できず、セキュリティアクセス権が失われ、閉じ込められた兵士たちから苦情が来ていた。
といっても、彼らから苦情が届いたのではない。向こう側からの内線がすべて遮断されていたので、司令部側から強制的にアクセスしてようやくその事態を知ったのだ。
もし常時監視状態ならば、もっと早く気がついただろう。上の階層に意識があったのは事実であるが、言い訳にはならない。
「直らんのか?」
ナカガワが技術士官に聞く。
「無理です。制御室側からロックされています!」
「制御室への連絡は?」
「していますが、繋がりません!」
ナカガワの問いに、すべて悪い答えが返ってくる。
制御室側に何度も連絡を試みているが誰も応答しない。不在の自動音声だけが流れている。しかし、通常そんなことはありえないのだ。連絡をすればワンコールで出るのが規則である。
この段階でナカガワの悪い予感は当たったのだが、問題は立て続けに入ってきた。
【アズマが何者かと交戦している】という情報である。
この連絡は、アズマの援護を受けた兵士が【緊急ライン】を使って報告したものである。
これは司令室と直通の特殊回線、簡単にいえば精密な糸電話のようなもので、普段はその存在すら忘れているアナクロなものである。
しかもたまたまヘインシーが趣味で導入し、「また変なことを始めた」と噂になっていたので兵士も覚えていたのだ。
それが今回は役立ったのだからヘインシーの趣味も案外侮れない。
「確かな情報なのか? 警報は鳴っていないぞ」
「こちらも制御室側が抑えているようです」
司令部の優先権限は、あくまで軍部が滞在しているエリアに限られる。異常時でなければ、通常は制御室が上位権限を持つエリアも多い。
これは軍人による介入を防ぐことを目的として決められたルールである。民主主義が存在しているダマスカスにおいて、人民と軍人は明確に区別されなければならないのだ。
すべてはシビリアンコントロールの中にある。金融といったものも、あくまで自由主義があってこそ成り立つものだ。軍という暴力の介入は、基本的にあってはならないものだと考えられていた。
そのため多くのセキュリティは、最深部の第一制御室が権限を担っている。
そこが許可しなければこちらからは動かせないものが多い。
(まさか制御室が落とされたとは思いたくはないが…認めないといけないようだ)
ナカガワは平和ボケしていない。この世の中に絶対などありえないことをよく知っていた。
今になってアズマの言葉が蘇る。どんなに上質な箱でも、扱うのは人間なのだ。人間に絶対はない。
「敵は一人じゃないだろうねぇ…」
現在確認されているのはアズマと交戦中の相手一人だが、このアピュラトリスに戦いを挑むような人間である。一人であるはずがない。
加えて、アズマと対等に戦っているような相手だ。内部の離反者という線はないと判断する。
「地上階層に連絡は?」
「繋がりません!」
こちらはもとより期待はしていなかった。
制御室を落とすような相手だ。すべての内線は封鎖されているだろう。
「上層のカメラはどうだ?」
「今映っているのがそうです」
監視カメラの映像では、ここより上の階層はまだ無事のようだ。
このカメラは軍部司令室が管理しているので信用してもよさそうである。
(とすると、相手は上を目指している? それも変な話だが)
普通は上から下に向かうものだ。そして制御室を狙う。
しかし、今回の相手は逆のパターンである。それが対応を難しくさせている要因なのだが、どうにも引っかかる。
(相手の狙いは金融データだけではない。…なるほど)
ナカガワは、これが【テロ】であることを見抜いた。
アピュラトリスにおいては制御室がすべてであり、そこには莫大な財宝が眠っている。それを得てもなお動くとなれば、彼らの【最終目的はそれ以外のもの】と思われる。
ようやくナカガワにも肌を突き刺すような異様な緊迫感が感じられた。
憎悪、怒り、そうした強い負の意思がアピュラトリス全体を覆ってしまうかのようである。
(上に行かせるとまずいな。何をするかわからんぞ)
すでに事態は最悪の状況下で動いていることを悟り、ナカガワの指示は的確だった。
「地上の階層には伝令兵を走らせなさい。それと下の階層に兵を送るんだ。MGを出してもかまわない。上の格納庫からも出してかまわないよ。すべての武器を使っていい。さあ、今すぐ取りかかろう」
給料泥棒と言われたくなければね、と兵士をリラックスさせる言葉も忘れない。その言葉で実際にオペレーターは安堵したようで、表情が引き締まる。
こうして役割を与えられた兵士は行動が早い。
普段からそう訓練されているからだ。脳が命令を発すれば、筋肉は反射で動く。彼らを生かすも殺すも指揮官次第であることを痛感する。
(私は指揮官失格かな)
すでにこのような事態を招いた以上、自身ではそう思っていた。
ただ、彼でなければ危機はもっと素早くアピュラトリスの心臓にナイフを突き立てていたのは事実である。彼がいたからこそ最低限の対応ができたのだ。
(バクナイアめ、退役前の私にえらい仕事を押し付けてくれたものだよ。あとで制裁だな)
自分を海ではなく地下に閉じ込めた幼馴染みに悪態をつく。今度自分の家にある「教えて君」(初期型)を押してやらねばと心に決めた。
ちなみに初期型「教えて君」は【銅鐸】のような形をしており、ハンマーで殴るといったタイプだ。なぜそうなのかナカガワにもわからないが、怒りを表現したものなのだろう。
これはバクナイアの家の庭にもあり、喧嘩をした夜などに妻がよく叩いている。バクナイアはその音を聴きながら恐れおののき一睡もできない夜を過ごすのだ。
こうしてオンギョウジたちは、司令室間近の地下十一階において敵の応戦を受けることになった。
上からはMGが二機、通路を塞ぐように配置され、下の大隊詰め所からは二百人以上の武装兵士がやってくる。
「悟られたか」
オンギョウジも、たやすく事が進むとは思っていなかった。こうした事態も折り込み済みである。
ただ、やはり侮れるものではなかった。相手が最初に行ったのは【術封じ】である。隠行術などで潜入されないように、司令室付近の螺旋階段にはこうした仕掛けが設置されていた。
通常、術は理を操作することで発生するといわれている。具体的な解明はまだ不十分なのだが、彼ら術者には【法則が目に見える】という。
彼らはその方式、あるいは数式を組み換えることで特定の術として発動させている。これは今まで才能ある人間にしかできなかったことだ。
しかし、数年前に術者が使う理をジュエル以外の無機物に付与する技術が開発された。開発したのは小さな町工場の技術者だが、これによって世界の技術史は大きく変容した。
アズマが受けた特殊散弾のように、従来は呪術に頼っていたものが比較的容易に扱うことができるようになったのだ。
たとえば壁そのものに吸着防止の理を埋め込むと、忍者が張り付けなくなる。盾に銃抵抗の理を埋め込むと銃弾に強くなる、といった様相である。
ただし、生まれたばかりの技術なので金銭的な負担は変わっていない。それどころか今までよりも高い。新技術で生まれた新製品のテレビが異様に高いのと同じだ。
わざわざ気まぐれな呪術士に頼まなくてもよい利点はあるが、まだまだ普及するにはお高い技術である。現在は試作として色々な媒体に付与されているが、まだ各国の精鋭に限定して支給されるに留まっていた。
だが、ダマスカスには富がある。真っ先にアピュラトリスにその技術を取り入れたのだ。それが【ダンタン・ローム〈影踏みの儀式〉】である。
霧状に発せられた特殊な液体が、隠行術や姿を消す結界に作用して姿を浮き彫りにさせるエリアを作り出す。今やオンギョウジたちは隠れることはできない。
(用意周到なことだ)
平時ならば「ダマスカスはたいしたものだ」と思うのかもしれない。しかし、オンギョウジには恣意的に感じられた。
アピュラトリスの警備を厳重にするのは当然であっても、まるで自分たちを狙い撃ちしたかのような対策に違和感を感じざるをえない。
そう、隠行術を使う自分のような人間が、今日ここに来ることを知っていたかのように。
(情報が洩れたか?)
一瞬そんなことも考えたが、それはありえないことだ。オンギョウジたちの計画は実に綿密に練られ、情報の共有も非常に信頼のおけるメンバーに限定されている。
その情報はルイセ・コノや他のメラキたちによって管理されていたのだから、洩れることはありえない。
だが、今はそのようなことを考えても仕方がない。
目の前にアピュラトリス防衛用MG、ゼタスTⅡの脅威が迫っている。
ゼタスTⅡはダマスカス軍が本格的に導入を始めた人型魔人機の一つで、すべての部品が国産であることが特徴である。
国産なのはアピュラトリスの機密性を考えてのことである。海外の不審な部品は一切使わないことが全体のコンセプトになっていた。
おかげでコストが高い。これ一機でコンボイシリーズが二十機はまかなえる。
もちろんその分だけの性能があり、右腕には速射砲、左手には大型のシールドが装備されている。どちらも最新の武器だ。
「敵を確認! 排除を開始する!」
すでに兵士は冷静さを取り戻していた。ゼタスTⅡが速射砲を発射。
アピュラトリス内で使用することを想定したやや小さめのサイズだが、人間など一瞬で肉片にできる威力が宿っている。
「各自でよけよ!」
オンギョウジたちは弾丸を回避。
対人用の弾丸を軽々跳ね返す塔の壁が少し欠けたのを見て、当たればロキでも無事では済まないことがわかる。
しかし、魔人機というものは恐ろしい兵器である。
MGには搭乗者の戦気を動力炉の『ジュエルモーター』が吸収することで、スペックが増大する仕組みがある。
もともとMGにはこれを想定した【幅】が用意されており、普通に使っても強大な力が、強い武人が乗ることでさらに二倍、三倍にもなるように設計されているのだ。
ダマスカスをなめることはできない。彼らの中にも優れた兵士はいる。
まだMGの数が少ないこともあって、乗っているのは陸軍のエリート部隊の兵である。彼らはすでにMGの扱いに長けていた。
MGは即座に情報を修正し、さきほどよりも素早く狙いをつける。
それは一人の結界師に向けられた。ロキと比べればどうしても動きに差ができる。そこを狙われる。
MGのシステムは命中精度も上げる。銃弾は結界師に直撃コースで放たれた。
すぐに護衛のロキN1が結界師の前に出て身代わりになる。戦気は弾丸の威力を弱めたが、貫通。
ロキの腕に命中する。
直後、ロキの左腕が弾け飛んだ。
一度アズマに斬られていた場所でもあり、MGの攻撃には耐えられなかったようだ。
ただ、結界師への攻撃を防ぐことには成功する。
「かたじけない」
「破損しただけだ。行動に問題はない」
ロキN1は何事もなかったかのように結界師の護衛につく。
その光景にMGの搭乗者は驚きを隠せない。MGの弾丸は戦車ですら簡単に破壊する威力だ。それを生身の人間が防いだのだから。
「怯むな! 銃は効くぞ! 撃ち続けろ!」
今度は背後から兵士たちの銃撃。横一列に並んだ四十人による一斉射撃である。
装備はダマスカス製アサルトライフルのMUG4000。さまざまな特殊弾を装填できる優れものである。
放たれた弾はすべて貫通弾。
殺傷能力が高く、シールドすら破壊し、並んだ人間を十人は軽く貫く凶悪な弾丸である。それが何千発と撃ち込まれるのだ。
「拙僧に任せよ!!」
オンギョウジは錫杖を床に突き立て【念】を練る。
彼ら術者には世界の流れ、法則が目に見える。その中の一部を改変するのだ。
真言術、『式神防』。
この術は物理と銃弾に強い耐性がある保護壁を生み出す防御術だ。
術は完成し、ロキと結界師に対して保護膜が張られ、銃弾をすべて受け止めた。一発たりとも貫通していない。
ちなみに覇王技や剣王技と同じく、術者の使う技の体系を【魔王技】と呼ぶが、魔王技に体系化されている術は非常に高度なものが多く、一般人にはほとんど使えないのが実情である。
そこで、ある程度の素養がある一般人でも使えるように人間用に調整されたのが真言術である。
簡易な治癒術ならば、武人のレベルに達していない人間でも扱うことができる。
なぜならば精神エネルギーそのものには肉体の強さは関係ないからだ。武人は精神の力に加えて肉体の強さが要求されるが、ただ念じる、意念を集約するのはか弱い女性にも可能である。
よって、こうした真言術の多くは奉仕活動を行う司祭の必修科目となっており、よほど資質がない(おそらく他の素養が強い)人間以外はだいたいが扱える。
式神防も比較的初歩の術である。しかし、オンギョウジほどになればその威力も通常の数倍になっていた。銃弾をすべて受けてもまだかなりの余裕がある。
そして、オンギョウジが結界師とロキに叫ぶ。
「止まるでない! もうすぐ司令室、あの二機以外はまだ来ていないはずよ。貫け貫け!」
オンギョウジは、まだ相手の準備が整っていないと踏んでいた。
もし整っているのならば、この程度では済まない。自動小銃ではなく、もっと強力な武器を用意できたはずだ。強力な弾丸やバズーカなど、ここには恐ろしい武器が山ほどあるのだから。
そして、MGは上から来た。
状況から考えれば司令室前に配備された二機と考えていいだろう。たしかに強力な兵器だが、二機ならばまだ対応できる。
アピュラトリスの防衛は常時地上から来る敵に対して応戦しやすいように設計されている。しかし、今は逆に上から下に向かわねばならず、MGに不利のはずだ。
その証拠にゼタスTⅡは二機が交錯して上手く連携が取れていない。これは上から敵が攻めてくることを想定して、足場が不安定になっているからだ。螺旋階段そのものが侵入者用のトラップでもある。
ゼタスTⅡ二機は速射砲を掃射。
だが、保護壁と素早い動きで翻弄し、それらすべては的を外れる。
「オンギョウジ様、司令室より伝令兵が出ました。現在、地下七階層に向かっています」
マレンからの報告が入る。
すでに相手は地上に向かって伝令兵を向かわせ、上の格納庫から援軍を要請する可能性が高いことを知らされる。
これもナカガワだからできること。本来ならば失態は最後まで隠しておきたいものだ。まだ被害状況が明らかでないのに、こうした伝達は自尊心が邪魔をして普通はできない。
彼が海軍であり、陸軍の面子や退役後の天下りに興味がなかったことが、オンギョウジたちには不運であった。
「これ以上はさすがにもたぬな。足止めはできるか」
「やれるだけやってみますが、長くはもちません」
「それでもかまわない。頼む」
「わかりました。できる限り遅らせます」
マレンの報告が終わると、オンギョウジは精神を統一する。
出し惜しみをしている余裕はなくなった。
「オン・マイタレイヤ・ソワカ!」
オンギョウジが真言を唱えると、彼の周囲にいくつもの気配が生まれた。その気配が念仏のようなものを唱え始める。
するとゼタスTⅡの足下から水が生まれ、上方に噴き上がる。
それならばただの水だが水圧が違う。水は薄く高圧になれば鉄すらも切り裂く。その一撃も圧縮されたもので、ゼタスTⅡの足の関節部分にあった太いチューブを切り裂いた。
真言術、『水刃砲』。
スプラッシュドライブとも呼ばれる一般的な技である。ただ、これも通常の数倍の威力だ。
さらにそこから漏れたわずかな火花から雷撃が発生。一瞬でゼタスTⅡの駆動系回路を焼いた。
術は一つずつしか発動できないが、オンギョウジは自身の【念霊】を生み出すことで同時詠唱が可能となる。
真言術の奥義の一つ【複韻】。
非常に高度な術で、長年術に携わった者しか扱えないA級真言術である。
「ロキ、押し切れ!」
護衛用のロキの隙間から、後方で兵士の足止めをしていたN5、N7、N9が飛び出した。ここが勝負所と判断したのだ。
N9は煙玉で周囲の視界を塞ぎ、後方のMGを牽制。
N5は損傷したゼタスTⅡの足元に滑り込むと、強靱な腕力で足を完全にねじ切った。
次にN7が跳躍。コックピットの斜め上部後方、人間でいえば脊髄の隆椎がある位置に取り付き、剣を突き入れた。
同時にボンッという音が聴こえ、ジュエルモーターがショートする。
MGにはその構造上、いくつか改善できない弱点がある。
人間と同じで、脊髄、心臓、膝の裏、足首など、そうした部分にはどうしても脆さが生まれるのだ。
特にジュエルモーターがある首の裏側に雷気を流されると非常に弱い。
改良されている機体もあるのだが、まだこの時代ではMGは生まれたばかりなのだ。弱点があるのは仕方がない。
ジュエルモーターがショートしたゼタスTⅡは機能を停止し、ついに倒れた。
その衝撃音は恐怖となって、もう一機のゼタスTⅡにも伝わる。
視界が奪われた中で仲間が倒れたのを感じ取り、さすがの訓練された兵士もパニックに陥ったのだ。
狙いを定めずに速射砲を撃つ。弾丸はロキたちには当たらず、後方の兵士の群れを吹き飛ばした。
悲鳴と怒号が響く。完全に相手の連携が崩れた瞬間である。それを見逃すはずがない。
「今だ! 突破せよ!」
オンギョウジは真言術【韋駄天速】を発動させ、結界師たちをサポート。
この技は一時的に視力や反応速度を上げるもので、身体能力でロキに劣る結界師には役立つ技である。ただし、あまり持続時間は長くないうえに、精神力もそこそこ使うので連続しては使えない。
オンギョウジたちは一気に突破。力で押し切った形だ。
そのまま幾度か武装兵と交戦しつつ、司令室がある地下十階層に到着。




