十四話 「富の塔、地下激戦 その1」
螺旋階段を駆け上がりながら、二人の獣が衝突。
「はっ!」
ユニサンの虎破をアズマが回避。
背後にあった階段の壁に拳が当たり、巨大なヒビが十メートルに渡って走る。
アピュラトリスの素材は非常に硬い素材で作られており、銃弾すら弾く。それが簡単に破壊される威力である。
(これはまともにもらえないな)
ユニサンの攻撃の中で一番怖い技がこれだ。
基本の技であるがよく鍛錬されており、洗練された戦気とともに放てば拳の威力は五倍にも十倍にも膨れ上がる。一撃でももらえば致命傷は間違いない。
そのためにも剣士は間合いを取らねばならない。
一般的に剣士は間合いを欲する。当然剣を振るう距離が欲しいからだ。特に戦士を相手にするときは近づかせないことが肝要となる。
(ならば、これはどうだ!)
流れるような動きで背後に回ったアズマは、下から上に刀を斬り上げる。
その刃には雷気が宿っていた。
剣王技【雷隆川】。
剣圧と一緒に雷気を三叉状にして放つ技である。距離があると雷気の力が流れてしまうので、主に近距離で威力を発揮する。
ユニサンは上体を反らしてその一撃、三つに分かれた雷気の濁流を必死にかわす。
雷隆川はユニサンが作ったヒビに沿って流れるように走り、轟音を発しながらさらに巨大なヒビを作る。
(半端ではないな)
ユニサンもその威力に肝を冷やす。
防御型の戦士タイプは総じて耐久力に優れるが、あの雷気をもらえば一瞬とはいえ感電するだろう。その隙に間合いを取られて例の神刃を放たれれば一撃で終わってしまう。
常にそうしたチャンスを狙っていることが恐ろしいのだ。
すでに痛感しているが、相手は【死線】に慣れている。常に命のやり取りをしてきた武人に共通する凄みを感じる。
(ならば距離を取らせなければいい)
すぐさまユニサンの反撃。
反らした上体を戻す勢いそのままに肩から体当たり。
戦士にとっては身体そのものが武器である。接近した間合いでの勝負はユニサンが有利。
アズマは振った刀の勢いに逆らわず、転がるように体当たりを回避。
しかし、ユニサンはそのままアズマを壁に追い込み拳のラッシュ。
ヘビー級ボクサーのような体躯でありながら、高速の拳の乱撃が襲う。
アズマはそのほとんどを刀でいなしたが、一発が頭にかすると鮮血が吹き出した。
乱打であっても威力はかなりのものだ。直撃すれば頭ごと持っていかれる。
ラッシュが収まった瞬間に再びアズマの反撃。
体勢を低くしての下段斬り。ユニサンは即座に防御の姿勢。
しかし、アズマもそれは想定済み。直前に地面を叩いて角度を変え、足首から膝関節を狙った変則の一撃を見舞う。
意表を突いた攻撃。これはかわせない。
ユニサンは足を上げてすねの骨でガードする。刀はすねの骨に食い込んだものの、切断までは至らない。
(やはり硬いな、この男)
アズマはいくつかこうした攻撃を当てていたが、どれもユニサンの屈強な肉体に阻まれている。
その理由は、アズマがどれも全力で刀を振るっていないせいである。
全力ならば切り裂ける自信はある。しかし、ユニサンがそれを許さないのだ。常に密着した距離を取り、巧みなフットワークで間合いを制御している。
近づけばラッシュ。少し離れれば虎破を放ち牽制してくる。
ここが戦うには狭い場所であることを最大限に利用していた。これが外の広い空間だったならば、ユニサンにとっては不利な戦いであっただろう。
(攻撃のテンポが速いのだ。これでは構える暇がない)
アズマはユニサンの攻撃時における隙のなさに驚いていた。
たしかに自分よりは遅い。防御時における「のろさ」は弱点である。ただ、ユニサン自身もその弱点には気がついている。
それゆえに防御型でありながらも攻撃を鍛えた。多少の被弾は気にせずにひたすら攻撃に移るという、防御型であることを最大限に利用した戦い方をマスターしたのだ。
こうなるとアズマも厄介である。こちらも手数を出していくしかない。
アズマの見立てでは、ユニサンの戦闘力そのものはロキN6に及ばない。強化された武人であるロキの強さは単体では群を抜いている。
ただし、あくまで人工的な力。経験値までは操作できない。
実戦で培った感覚や経験こそが武人にとって最大の宝なのだ。そうした経験を加算した【総合戦闘力】という意味では、ユニサンはロキを圧倒していた。
「見事だ! 修羅場を潜ってきたな」
アズマは素直に賞賛する。
目の前の男から感じる波動は歴戦の勇士。拳に打たれ、剣に斬られ、銃弾をくらっても耐え、ひたすらタフな生き方をしてきた男の生きざまに敬意を表するのだ。
「お前こそ、俺とは才能が違うな」
ユニサンは一回りは歳が離れているであろうアズマに対して、少しだけ嫉妬を感じた。戦えば彼が持つ才能の豊かさを嫌でも感じるのだ。
特に武器を扱う剣士タイプの武人は才能が物を言う。努力によってでも鍛えることは可能なのだが、上位の剣王技を扱うには資質が必要なのだ。神刃を操るほどのアズマの才能は間違いなく天才レベルである。
一方のユニサンは、自身が凡才であることを知っていた。
何の取り柄もなく、ただ身体が大きいだけの惨めな自分を嫌ってもいたのだ。
「俺など、ただのでくの坊よ!」
ユニサンの虎破。
ラッシュでタイミングをずらしたあとの絶妙な一撃。
「それも才能であろう!」
アズマは刃で拳を滑らせて、そのまま首を払うカウンターの一撃。
これを剣王技、『応閃』と呼ぶ。
通常のカウンターは主に待ちの状態、【静】の姿勢から放たれるが、この応閃の系統は自らの身を相手の攻撃に晒す【動のカウンター技】である。
自身の身体のうねりが加わっているため、威力は通常の威力の数倍。もちろん、自身がくらえばダメージも同じだけもらう捨て身の技だ。
「もっと小さければ、無駄に食べずに済んだのだ!!!」
ユニサンは剣を避けない。
とっさに戦気を額に集めて刃と激突させる。
それでわずかに軌道がずれ、刃はユニサンのバンダナと髪の毛の束を吹き飛ばすにとどまる。
衝撃で左耳の上半分が吹き飛んだが、その程度で済んだことは驚きであった。
(今の間合いを防ぐか! 並大抵の胆力ではない!)
ようやくにして出した必殺の一撃である。今までの相手ならば首を撥ねていたはず。
それをユニサンは防いだ。刃をまるで怖がっていない姿は、まさに勇猛の言葉が似合う。
だが、彼が刃を怖がらない理由は別にある。
「お前らが我々に向けた【視線】に比べれば、たかが刃など恐れることもない!!!」
【怒気】という力は存在しない。それ自体は物的なエネルギーにはならないはずだ。
だが、今のユニサンから発せられる怒りのエネルギーは戦気を凌駕しつつあった。
身体から溢れる怒りが、彼の戦気をさらに強固に、不屈のものとして肥大化させる。
揺れている。階段全体が溢れ出る怒りのオーラに気圧されている。これはもはや戦気のレベルを超えていた!
(この男、怒気で戦気を【闘気】にまで昇華したのか)
戦気というものは精神的物理力の大きな枠組み、カテゴリーである。武人が戦闘で扱う半物質的なエネルギーの総称だ。
その戦気の中にはさまざまな種類が存在する。炎気や風気といったものもその派生の一つだが、本質的な変化を遂げたものはまた違う名で呼ばれている。
【闘気】もその一つ。
戦気の正統上位エネルギーとされ、グレードそのものが戦気とは違う。ユニサンのものはまだ闘気にまで完全に昇華されていないが、発せられるエネルギーの総量はそれに近いレベルにある。
闘気の特徴は、圧倒的なパワーである。
濃密で活動的なエネルギーは戦気の比ではない。たとえるならば、戦気が炎だとすれば闘気はマグマである。熱量そのものが異なるのだ。
アズマにも闘気は操れない。この力は非常に破壊的なのだ。仮に一瞬到達できても闘争本能で自我が呑まれ、精神が崩壊してしまうだろう。
これを操れる武人は、総じて高い闘争本能を制御できるだけの忍耐力と精神力を持っていることが多い。
(この男には、それだけ背負うものがあるということか)
怒気によって生まれた戦気である以上、その根源が存在するはずだ。
少なくともユニサンが武人の本能だけで戦っていないことは確実だ。彼の背後にある大きな力は、その程度のものではない。
「うおおおお!」
再びユニサンの虎破。
しかし今までと威力が違う。左手に集まった力は今までの二倍に匹敵。
アズマは接触は危険と判断して必死に回避。
幸いながら速度までは上がっておらず、かろうじて回避は可能であった。
だが、回避しても闘気の余波によって強い衝撃がアズマを襲う。壁に叩きつけられ、一瞬呼吸が乱れた。
(しまった…隙が)
アズマは致命的なミスを犯したと思った。戦いにおいてこの一瞬が命取りになる。
だが、ユニサンは追撃にこなかった。いや、こられなかった。
戦気のグレードを上げたことで、その反動が彼にも襲いかかっていたからだ。
「ふっ、ふっ!!」
溢れ出るエネルギーを制御するので精一杯。
ハンドルが異様に重い車で連続したヘアピンカーブを曲がっている気分だ。こんな調子ではいつ事故を起こすか知れたものではない。
だが、ユニサンの怒りは収まらない。それどころか増え続けていく。
(怒り。怒りだ。これがなければけっして対抗できない)
ユニサンは自らの力の源泉をよく理解していた。
目の前の男は強い。この感情の爆発がなければ到底太刀打ちできない相手だ。
だから思い出す。怒りを忘れてはならない。怒りが彼にとっての力なのだ。
ユニサンの生まれは難民が集まる名もない自治領区であった。人々は貧しく、金も物もない苦しい生活を送っていた。
こうした自治領、より正しく表現すれば、【吹き溜まり】は世界に何千何万と存在しているのが実情である。
不安定な国家が崩壊すれば難民が生まれる。他の国家は巻き添えを怖がって国境を閉鎖して彼らを突き放す。そうなれば空いている土地に住むしかない。
されど、そこはすでに見捨てられた土地である。
彼らには資本がないのだ。もともと物がないうえに体力も気力も奪われていく。それでも子供は産まれる。生命とは増え続けることを目的としているからだ。
ユニサンは幸か不幸か武人として生まれてきた。生まれた時から微弱ながら戦士の因子を発現させていたのだ。だから他の子供よりも身体が大きかった。
食べなくても身体が縮まることはなかった。本来ならば利点なのだが、ユニサンにとっては忌むものである。
痩せ細っていく母や兄弟たちを見ては「なぜ自分だけ太っているのだ」と嘆き苦しんだ。
この苦しみをどう理解すればよいだろう。生まれた場所が違ったならば彼は快く迎え入れられたに違いない。
しかし、この場所では自分はお荷物でしかないのだ。ただ無駄に食べるだけの役立たずであった。
それでも母は言うのだ。「それは女神様からの贈り物だよ。大切にしなさい」と。そして、自分のわずかな食事をユニサンに与える。
涙を流しながら彼は食べた。
無駄にしないようにと幼い頃から幼馴染みと一緒に身体を鍛えた。
この身体は皆の役に立てる。重い物を持ち上げ、怪我をした人を運ぶことができる。女神様からの贈り物なのだからと大切にしてきた。
そんな、苦しくも慎ましく、ささやかな生活が彼の日常であった。もしこのまま過ごすことができれば、ユニサンの未来はまた違ったものになっていたはずだ。
いつかは心優しい青年になっていった。そう思わずにはいられない。
だが、否応なしに世界は変わっていく。
世界は、彼が変わることを欲したのだ。
だから彼は―――変わったのだ!
「これは…何事だ!」
こうした激闘に対し、ついに兵士たちも事態に気がついた。
地下十五階の格納庫を中心に武装した兵士たちが続々とやってくる。
「俺はお前たちを許さん! 絶対に許さない!!」
兵士を見て、ユニサンの膨れ上がる戦気が今にも爆発しそうだ。目は怒りに満ち、破壊することしか頭にない。
ユニサンはすでに闘気に呑まれている。やはり破壊的な力をそう簡単には制御できなかった。
彼が見ているのは【過去】。
かつて自分たちの大切なものを奪っていった憎い敵の視線が、今でも彼を追い詰めていた。
「貴様らは、死ね!!」
ユニサンに尋常ならざる戦気が集まっていく。すでに血は燃え始めていた。
(この男、すでに【オーバーロード〈血の沸騰〉】を引き起こしているのか!)
武人とは、偉大なる者から与えられた因子を覚醒させた者である。つまるところ、無限の因子には今までの全武人のデータが入っている。
通常、それは開示できない。自分に合った遺伝子の情報を参照して、あるいは複写して引き出していくしかない。
しかし、限定的ではあるが、そこに強制的にアクセスして力を引き出す禁断の技が存在する。
それを『オーバーロード〈血の沸騰〉』と呼ぶ。
因子と同時に血には、代々受け継がれてきた武人の家系の情報が宿っている。それを媒介にアクセスを始めるのだが、この過程で激しい逆流が起きる。
その激流は想像を絶する痛みを引き起こし、遺伝子そのものを破壊していく。破壊された因子は二度と戻らない。
そう、これはいわば【自爆】と同義である。
相手を倒す代償に自分も死ぬのだ。自爆以外の何物でもない。
ユニサンはもう生き残ることを想定していない。自分もろともすべてを破壊するつもりなのだ。
それを見たアズマが、兵士たちに警告を発する。
「寄るな! お前たちが敵う相手ではない! それよりも司令室に伝達だ!」
「て、敵…なのか」
兵士たちはまだ状況を呑み込めていない。
このアピュラトリスの内部に敵が来るなど、絶対にありえないことなのだ。少なくとも彼らにとって安全神話は絶対であった。
この点についてはアズマにも反省の余地はあった。侵入者を侮っていたのは事実なのだ。
正直、ユニサンたちがここまでの相手とは思っていなかった。自分だけで処理できるはずであった。自己の剣技への慢心と状況認識の甘さを悔いる。
だが、過去を悔やむほどの余裕はない。アズマはそんな兵士たちに活を入れる。
「呆けるな! 貴殿らも戦士であろう! 誇り高きダマスカスの兵士ではないのか! 国を愛し、民を守る者の責務を忘れるな!」
その声は鬼気迫るもの。そして鼓舞するもの。兵士の心の奥底に響く何よりの【活力】である。
この力はユニサンが放つものとは正反対に、他者を守るための力なのだ。
「させるか! ここで消えろ!」
ユニサンが兵士たちに向かって炎龍掌を放つ。
格納庫で武装兵を一瞬で焼き殺した技だ。忘れてはならない。アズマだからこそ防げているが、一般の兵ならば即死である。
「させぬ!」
とっさに風雲刃を発生させ炎の渦を散らす。
が、掌撃はそのままの勢いでアズマに衝突し、吹き飛ばされる。
(ぐっ…たいした威力だ)
ユニサンの拳は重い。散弾のダメージもあり、今のでいくつか肋骨が折れ、内臓にダメージを負ってしまった。戦気は呼吸で練るので、これでかなり劣勢になるだろう。
そして、そんな自分に苦笑いをする。
(この俺が、まさか誰かをかばうとはな。やはり腐ってもエルダー・パワーだった、ということか)
剣だけに生きてきた。俗世にも関わらず極めることだけに集中してきた。それは常に自己との闘いである。それゆえに他者に対しての興味を失いつつあった。
そうした感情、人として当然にあるべき感情を捨てなければ強くなれないとすれば、武人とはあまりに哀れな生き物である。
目の前の怒りに満ちた男も、自分と同じなのかもしれない。
ただ一つのことだけに興味を奪われ、人生を捨ててきた男なのだ。自分は剣に、相手は怒りに。
だからこそ命を捨てたときが怖いのだ。多くの人々を巻き添えにしてしまう存在と化すのだから。
だが、やはりアズマはエルダー・パワー、守るべき側なのだ。叩き込まれた愛国の念が彼を突き動かす。
「内線が通じません!」
近くにあった塔内無線を手にした兵士が上擦った声を上げる。
すでにマレンによって連絡手段は封鎖されていた。
「声が通じないのならば走れ!! 行け!」
アズマは兵を追い払う。この場にいては死人が増えるだけである。
「邪魔をするな! あいつらを殺すために生きてきたのだ!」
「亡者よ、貴様は俺が倒す! それこそが慈悲だ!」
「この怒りは止められん!! お前たちが絶望に打ちひしがれるまではな!!」
両者の激しい奔流がアピュラトリスを揺らす。
この勝負、どちらかが死ぬまで終わらない。




