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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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十三話 「遅すぎた一手 その2」


「敵は君と【同種】の人間、というわけかね?」



 ヘインシーはまだ二十代後半。この年齢で次官になれることはまずありえない。その『最大の理由』が、特殊な体質に起因しているのだ。


 ヘインシーはアナイスメルに入っても魅了されることはなく、正しい視点で全体を俯瞰ふかんできる。自己と他者が入り混じる世界において自己を見失わないのだ。それは恐るべき精神力でもあった。


 とすれば、相手も同種の人間であると思われた。



「おそらくはそうでしょう。ですが、プロテクトも発動していないようなのです。これはあまりに不自然です」



 仮に侵入者がヘインシーと同種の存在だとしても、アナイスメルの深層意識下にダイブするには、幾重にも存在するプロテクトを解除しながら進まねばならない。


 これは人間の心が持っている自己防衛本能と同じものだ。思い込みや過去のトラウマ、またはアナイスメルに引きこもった人間たちの【妄想世界】が邪魔をしてくるので、一つ一つ分けてから進まねばならない。


 この作業にはどうしても時間がかかる。だが、侵入者はそれすらも完全にすり抜けていた。あまりに不自然だ。


 ただ、唯一にして絶対にありえない方法が一つだけ存在する。


 できるだけ考えないようにしていたが、この状況を説明できるとすればこれしかない。



「【ミッシング・パーツ〈失われた文字〉】を使ったのかもしれません」



 アナイスメルが発見された当時、すでに石版は五つしかなかった。その五つを統御する役割を担った一番大切なものが欠けていた。


 石版を復元しようと試みたことは何千回も記録にある。が、どれも失敗。アナイスメルに拒否反応が出て終わったものばかりだ。


 そもそもあの石版自体が非常に特殊な材質で造られている。半有機的物質と呼ばれる、現在の技術でも解明できない謎の成分で構成されていた。


 その物質は、有機的な側面と無機的な側面を併せ持つ伝説の鉱物【オリハルコン〈黄金の羊〉】という説が有力である。


 そう、あれはいわば【生物】なのだ。


 化石のように生命体としての機能は停止しているが、特定の波長に反応する感受性を持っている。こうした存在は不思議なものではない。存在するものすべてにエネルギーの波動がある以上、石であっても特定の波動を発することがある。


 そうしたものは【魔石ジュエル】とも呼ばれ、コレクターや武器職人の間では高額で取引されている。


 さらに稀少な存在ではあるが、【ジュエリスト〈石の声を聴く者〉】と呼ばれる者たちは、石から力を引き出すことでさまざまな分野で活躍している。


 このダマスカスにはジュエリストたちを認定する組織があり、毎年資格のある者に対して称号を贈っていた。


 ジュエルの中にはランクがあり、最高品質のジュエル、【テラ・ジュエル〈星の意思〉】を自在に扱う者を【ジュエル・パーラー〈星の声を聴く者〉】と呼んでいる。


 テラ・ジュエルはMGのオリジナルとなった【神機しんき】の核にも使われているもので、いまだに材質の特定ができていないものが多い謎の鉱物である。


 テラ・ジュエルもまた意思を持っているのでオリハルコンに似たものであるのだが、実際にテラ・ジュエルを使って石版復活実験をしてみたが失敗に終わっている。


 テラ・ジュエルはオリハルコンではなかった。


 オリハルコンそのものは存在する。しかし、オリハルコンの複製は不可能である。これが現在の統一見解であった。



「では、相手は本物を持っていた、ということかね」



 バクナイアの考えは正論だった。複製が無理ならばオリジナルを持っているというもの。


 しかし、それもありえない。



「百パーセントではありませんが、我々の調査ではオリジナルはすでに崩壊したと思われます。何かの異変で、あの石版は破壊されたのです」



 本来は一つの石版であったことはわかっている。通常の手段ではまず壊れないであろう石版が、なぜあのように割れたのかはわからないが、千年以上に渡る調査でオリジナルは失われたという結論に達していた。


 ヘインシーは、それがアナイスメルを用いた【何かの実験の失敗】によって生じたものであると推測している。


 アナイスメルが本来の使い方をされ、その負荷に耐えきれなかった結果、こちら側のデバイスが破損したのではないか、という推論だ。


 それならばすべてが納得できる。


 アナイスメルが【破棄】された理由が。


 これはあくまで推測だ。バクナイアに説明したところで同意は得られないだろう。


 重要なのは、アナイスメルはまだ機能を維持しており、その有用性は人類全体に影響を与えるものであるということ。


 そして、もし石版の複製が造れるとすれば、これもまた推測だが一つだけ思い当たるものがある。



「もし本当に『賢人』がアナイスメルを造ったのならば、あるいは…」



 そこまでヘインシーが言えばバクナイアにも答えがわかる。



「賢人が複製を造った、と言いたいのかね」



 その問いにヘインシーは答えることができなかった。


 賢人自体、まだよくわかっていない存在なのだ。簡単には肯定できない。


 それでも現状を正確に把握しなければならない。事実として起こっているならば、それに相応しい理由が必ず存在しているのだ。



「一つだけ言えることは、ミッシング・パーツがあれば研究は飛躍的に進むということです。あれは実に貴重なのです」



 今まで難航していたのは、まったくの未知の文明を手探りで調べていたからだ。


 文字も数字も公式も、あるいは思想もわからない文化を最初から観察しなければならないのは、非常に大変である。


 しかし、もしそこに【辞書】があったらどうだろう?


 わからない単語は調べればいい。公式に当てはめてみれば解ける問題も多いはずだ。


 そう、ミッシング・パーツはそうした役割を果たすのだ。アナイスメルの【取り扱い説明書】といえる。



「それがあれば、君も同じことができると?」


「同じとは言えません。相手は間違いなく天才でしょう。ただ、完全に劣っているとは思いません」



 ヘインシーは特殊な人間だ。彼の上をいく人材はいるだろうが、圧倒的大差をつけての勝利が可能な人間がいるとは思えないのだ。


 もしそんな人材がいるならば、世界はその人物一人によって成り立ってしまうだろうから。



「つまり、相手がそのミッシング・パーツを使っているのはまず間違いない、というわけだね」



 バクナイアは再度確認。


 それがヘインシーが言った「制御室が制圧されている可能性」であった。


 外部からの操作を受け付けない以上、直接接触するしかないからだ。



「アピュラトリスのセキュリティは万全だ。しかも制御室は最下層だろう? 正直、君の予感が外れていることを願いたいな」



 バクナイアはいまだに地下に敵が侵入したことを信じきれていなかった。まずありえないのだ。


 仮にあったとしても、その間には多数の軍の人間が守っており、地下の階層だけで六千人以上の武装した兵がいる。そこを突破できるものだろうか。



「私もそこだけが疑問なのです。そこだけが解けない。その点では長官とは同じ気持ちです」



 ありえない。


 まずあるはずがない。


 それが通常の考えなのだ。


 しかし、あくまで凡人の考え。


 ヘインシーは特殊ではあるが、【悪魔】と比べれば凡人なのだ。


 そして、ヘインシーには、もう一つだけ気になることがあった。



(なぜ深く潜る必要があるのだろうか)



 侵入者が学術的探求心を持っているのならば価値はあるが、アナイスメルのオリジナルに蓄積されている情報は、地上の人間にとってあまり意味を成さないものが多いと思われる。


 金融や個人データは百層に到達した時点でほぼすべて得ているはず。金や知識が必要ならばもうとっくに十分なのだ。


 その段階で全世界の情報を得たことになる。売るなり焼くなり好きにすればいいはず。


 しかし、侵入者はさらに奥を目指している。


 探りながらではない。明確な意思をもって先に進んでいるのだ。これがヘインシーには気になって仕方がない。


 相手は、その先に何があるかを知っている。知っていて、それを欲している。銀行強盗は金を欲する。だから金庫を狙う。中身を置いて金庫だけ抱える泥棒はいないだろう。


 では、この相手は何を欲しているのだろうか。



(もしかすれば私は、思い違いをしているのかもしれない)



 ヘインシーは今になって気がついた。


 今侵入しているのは盗人ではなく、もしかしたら【正統なる者】なのかもしれないと。


 その者こそが、アナイスメルの本来の持ち主であるのかもしれないのだ。


 それならば拒否反応が出ないこと、アナイスメルが快く迎え入れている事実がすべて説明できる。



(ますます興味深い。できれば会ってみたい)



 ヘインシーは久しぶりに心に炎が灯った気がした。湧き上がる情熱と知的探求心が抑えきれない。


 冒険家が誰の手にも汚されていない遺跡を見つけ、その奥で黄金の仮面を見つけたとしたら。


 長年恋焦がれた一目惚れの女性と明日結ばれることがわかって眠れない夜を過ごす男の心情がわかれば、ヘインシーの気持ちが幾ばくか理解できるかもしれない。


 そこにあるのはロマン。損得ではない情熱的なものなのだ。



「うむ、もし君の言う通りだとすれば、ガナリーにも伝えたほうがいいだろうな。まあ、バードナーが連絡を取るとは思うがね」



 そのバクナイアの言葉で、ヘインシーも今が重要な場であることを思い出す。


 彼が発したガナリーという人物はヘインシーも知っていた。



「ガナリー・ナカガワ准将は、長官の友人でしたね」



 一ヶ月前からアピュラトリスの防衛司令官に命じられた海軍将校だ。ヘインシーも一度挨拶したことがある。穏和で部下にも慕われるタイプの良きリーダー、といった印象だ。


 もっとも、ヘインシーは基本的に自分のオフィスがある最上階以外からは出ないので、会ったのはその一回である。今日ここに来たことさえ一ヶ月ぶりの外出であった。



「友人というよりは悪ガキ仲間だよ」



 そう言うバクナイアの顔は少し嬉しそうで、少し寂しそうでもあった。


 バクナイアとナカガワは幼馴染みである。幼い頃より二人とも軍人に憧れていたが、バクナイアは陸軍を選び、ナカガワは海軍を選んだ。


 バクナイアは陸軍のほうが出世も早いと誘ったのだが、彼は「男は海に出てこそ一人前」と言って譲らなかったそうだ。


 同じ軍には進んだ。しかし、こうして所属が離れてしまえば会う機会も激減する。海軍は海外派兵することも多いし、彼と再会するのは数年に一度あるかないかである。


 結果としてはバクナイアが国防長官となり、彼はいまだ軍人だ。それだけを考えればバクナイアのほうが正しかったのかもしれない。


 だが、少しだけナカガワが羨ましいと思うときもある。



「ああいう生き方も悪くはないだろうな」



 狭い島国だけに囚われない生き方。彼が求めたのは自由だったのかもしれない。



「ナカガワ准将は海を愛しておられるのですね」


「いやいや、それはまったくの美化だよ。あいつは本当に女にだらしがないんだ」



 これだけは譲れないとバクナイアは訂正する。


 バクナイアが妻一筋であるのに対し、ナカガワは海軍ということもあって港ごとに愛人を作っていたという。今でこそ落ち着いたが、そのあたりで微妙に価値観が異なるところもあるようだ。


 ナカガワをアピュラトリスに入れたのは、バクナイアの考えによるところも大きい。退役間近ということもあり、【みそぎ】の意味も含めて送り込んだという。



「あいつは少し反省したほうがいいんだ。ちょっと痛い目に遭わないと理解しないからな」



 ヘインシーには男女的恋愛感情が存在しないので、そういうものかと思ったにすぎない。


 それでもやはり親友だ。「無事だといいが…」とナカガワを心配もしていた。


 当然、ヘインシーも無事を祈っていたが、急速に変化する事態に胸騒ぎを感じていた。


 それはアピュラトリスに限ったことではない。世界そのもののありようが、何か変わっていくのではないかという予感である。



(アナイスメルは受け入れた。ならば、これもまた定められたことなのだろうか)



 アナイスメルの意思は侵入者を受け入れている。ダマスカスから見れば困った事態であるが、逆から見ればどうだろう。



(世界が変わることを欲しているのだろうか。だとすれば人間にはどうしようもない。それは【神の思考】が決めたのだから)



 世界は変わる。


 ただし、人の手によって。



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