元悪役令嬢は人生最高の夜に人生最悪の客を迎えました
この世界に生まれて初めての私の演奏会は大成功だった。
まあ、前世で弾きこんだ楽聖や巨匠達の楽曲を披露するのだから、当然だけど。1人の人間から生み出されるとは思えない多彩さとの評価を受けているが、それも当然である。様々な天才の楽曲を弾いているんだから。
だが、魔法等のファンタジー要素のない世界で、チートも持たずに、どうやら乙女ゲームの悪役令嬢らしきポジションに転生してしまったのだから、身を立てるためにこれは許してほしい。そして、見事悪役令嬢として断罪寸前までいったのだから、今世では前世でのピアニストとして身を立てる夢をかなえさせてほしい。
等と私は誰に言い訳しているのだろうか。少なくとも今目の前にいるこの人生最大の成功の夜を台無しにした輩に、ではない。
思わずため息をつくと、目の前の奴らはびくりとする。どうしても会いたいなどと騒ぐから、会うことにしてやったというのに会話の口火を切ることすらできないのか。
このままでは埒が明かない。
「で?」
とはいえ、親切に会話を始めてあげる筋合いもないから、一言どころか一文字だけ発した。
「悪かった!」
がばっと目の前の男が頭を下げる。
何をいまさら感しかない。思わずため息をつくと、男は、
「俺はあの女に騙されていたんだ!」
なぞと真実の愛の相手の悪口を言い出す。せめて潔く非を認めれば良いものを。思わずまたため息をついてしまう。
「そうおっしゃいますけど、わたくしの友人達は信じていてくれましてよ?」
学園で一緒だった友人達は、私がこの男の運命の相手をいじめるなどするはずがないと信じて、この男の断罪の噂を知り、その前に私が隣国に逃れ拠点を作る手助けをしてくれた。
「それは・・・」
男はぐっと言葉に詰まる。この程度で言い返せないくらいなら、潔くただ謝れってんだ。・・・内心とはいえ、今世では高位の貴族の令嬢として育てられたのに、思わず言葉が乱れてしまっているわ。まあ前世で嗜んだ悪役令嬢ものをなぞるみたいに、卒業パーティーでこいつの最愛をいじめたと断罪して婚約破棄をしようなぞと企んだこいつ相手ではやむを得まい。
「確かに家族でもわたくしを信じない者もいましたが」
ちらりと目の前の男の隣にいる、家族だった者に視線を向けると、
「それは・・・!」
こちらも言葉に詰まる。
しかし、厚顔無恥な目の前の男は、
「そうだ!家族でもだまされたのだから!」
などと世迷言を繰り出してくる。
「そうおっしゃいますけど、他の家族は信じていてくれましてよ?」
我が家は貴族らしい貴族で、別に心からの愛で信じてくれたというわけではないのだが、本来婚約者に近づくものを追い落とすべきだがしそうにない、嫌がらせなどしそうにないと私の性格を理解していたのだ。
「それは・・・」
元々は私が王家に嫁ぐことになってしまったので分家から迎えられた養子で家族だった男はうつむいた。そういえば、他の輩はどうしたのだろうかと考えかけて、思い出した。
宰相の息子は、証拠の数々を突き付けられてさすがに冤罪を認め、廃嫡を素直に受け入れ、実家の領地の片隅の小さな町で代官を勤めているらしいと聞いたことを。まあ、あれは元々は合理的な思考ができる人だったはずだからなぁ。盲目的な恋って怖いね。
あと騎士団長の息子は、父親に有無を言わさず辺境の騎士団に送り込まれたと聞いた。まあ、腕はいいから、一兵卒としては役に立つんじゃなかろうか。
で。残った断罪軍団がこの2人ということか。全く何で野放しにしておくんだか。我が実家は既に別の分家から養子を迎え、今度こそ跡継ぎにふさわしく育てると意気込んでいるから、もうこいつのことはどうでもよかったのだろう。・・・迷惑な。
だが、王家は何を考えているのだ。密偵ですらないただの上昇志向の強い少女に引っかかって有力貴族の娘である婚約者に冤罪をかけるという、どこから突っ込んでいいのかわからない失態に、王位継承者の資質なしと廃嫡されたことまでは聞いたけど。どこか小さな領地を与えられたんじゃなかったか?
「大体ここに何をしにいらしたのです?領地に行かなくてよいのですか」
こいつらの話にいつまでもつきあってはいられない。今日は私の初めての大きな演奏会の成功を祝ってパーティーをする予定なのだから。
ざくっと聞いてみても、2人はもじもじとしてたが、こんなやつらにもじもじされてもうっとうしいだけだ。冷ややかに見つめていると、
「・・・お前に許してもらえば、その・・・」
もじもじしたまま、それでも言い始める。・・・ああ、なるほど。私に許してもらえばまた同じ地位に返り咲けるとか夢を見ているのか。甘い。
「私が許しても何も変わらないと思いますわ」
そもそも許さないけど。
私が肩をすくめたところへ、
「それはそうだろうね。既に資質がないことを明らかにしてしまったことは取り返しがつかない」
待ちかねたのか開いたままだった扉から入ってきた王太子が口を挟んできた。こちらはハニートラップになどひっかかりそうにもないこの国の王太子だ。
「お前やはりこの男と・・・!」
あーあー問題発言を重ねてるわ。しかも、間違ってるし。
「私は、王太子様と何かあるわけではありませんわ」
ため息交じりに私が説明していると、
「私が、この素晴らしい芸術家のパトロネスになったのよ」
今度は続いて入ってきた王太子妃が口を挟んでくる。
そうなのだ、この王太子との仲も良好な(一緒にいるとたまにお腹いっぱいになるほど良好な)王太子妃が私のパトロネスなのだ。自分で言うのも口幅ったいが、私のように才能ある芸術家を抱えていることは、王族貴族にとって一種のステータスだ。
「だから、そちらの国になど帰させませんわ」
これ以上議論の余地がない、と王太子妃は言って、騎士達に合図をし、どうしようもない2人を連れ出させた。
それでもグズグズ言いながら奴らが連れ出されていった後、
「お手数をおかけして申し訳ありません」
私が、頭を下げると、
「いいのよ!あなたのせいではないわ」
王太子妃が寛大なお言葉をくれる。・・・私も私のせいではないと思っているけど、一応ね。
「それにこれで「あれ」らも国を出ることができなくなるだろうから、私としては大切なあなたが過去に煩わされることなく演奏に集中できることになったのだから、満足よ」
確かにこのことがあちらの国に報告されれば、少なくとも彼らは国を出ることができなくなるだろう。王族が隣国で問題を起こすことなどあってはならないことだから。
「さあ、不愉快なことは忘れてパーティーに行きましょう」
そう、本当は今頃パトロネスが用意してくれた初演奏会の成功を祝するパーティーに出席していたはずなのだ。王太子妃のお言葉通り気持ちよく奴らのことを忘れて、私は心行くまでパーティーを楽しむことにした。
・・・後日。元王太子と元弟はまとめて、さらに小さくされた領地に問答無用で送りこまれ、生涯領地から出ないよう命じられたと聞いた。
自分が自由に生き延びられることだけを目指していたので、ざまぁとかは求めていなかったつもりだったけど。自分を嵌めた奴らが滅びゆくのは気持ちのいいものだ。
ざまぁ!
そうして、私は末永く幸せに暮らしましたとさ。