第三十四話「愛しきの幸せ」
数日後、大陸北方での大きな動きが伝えられる。魔族領と国境を接するクロノクトリ王国が、領内に降下したトライポッド二機の強襲を受けた。
北部の街は壊滅したが、越境して救援に駆け付けた魔族部隊と共同で、その二体の撃破に成功したのだ。避難誘導も迅速に行われ、民衆の犠牲は最小限で済んだそうだ。
新聞の記事と噂話を耳にしたユーキとシンヤは、カナの屋敷に呼ばれワインで乾杯した。
「犠牲が出たのは残念だけど、撃退に成功したのは良かったわ。奴らは南側ばかり狙うかと思っていたけど、最北に二機も降下するなんてね」
「ああ、南での作戦が上手くいかないんで、北部の偵察に切り替えたのか? それにしても魔族の戦力は豊富だな。機動力もあるようだ」
「驚いたよ、北部にもトライポッドと戦う部隊を用意していたなんて。それだけズベルアフは準備していたんだな……」
カナ、シンヤ、ユーキ共に、この動きは予想外だった。クロノクトリ王国と魔族はこれを切っ掛けとして、同盟を結んだと伝えられる。そしてユーキたちの国は民衆も含め、三国同盟を締結すべき、との意見が支配的となった。
「火星人の動きは不気味よ。中途半端な強行偵察が、かえって私たちに結束を促しているような気がするわ」
「奴らはその気になれば簡単にこの星を押し潰せる。余裕なんじゃないのか? 大気の分析データーも上に送っていると思う。先発隊は偵察をしつつ後続の本隊を待っている……。そんなところだな」
どう話をしても楽観論は出てこないだろう。現実に進行を受けた世界では、多くの人類が犠牲となった。頼みの微生物も既に無害、との結論がでているかもいれない。
「やつらは水晶で掌握できなかった国に、トライポッドを進撃させたんじゃないのかな?」
「どういうこと?」
「この国、アーヴィア王国で卵が見つかったのはここ、イヤーフェウスだけだ。たいした話題にならなかったので、王都に運ばれることはなかったんだ」
シンヤは説明を続ける。
「そしてフレイトス連邦共和国。しかし革命は未然に防がれた。クリフォードが注意していたからだ。魔族領は、発見はされたけど内戦が続いていた。毎日が革命みたいなものだから、たいした意味はない。そして卵の影響を受けなかった魔族の王が全土を統一した」
「最北のクロノクトリ王国にはトライポッドが現れ、魔族共同で撃破した――ですか……」
静かに話を聞いていたヴィセンテが口を開く。
「つまり水晶の影響下にあるのはアーシラドゥン王国と、同盟国のヴァスパーラ共和国!」
「どちらも我が国と国境を接していますね……」
ユーキが叫び、ヴィセンテは早くも次の思考に移るように考え込む。
「ああ、これから何かあるとすればこの二国だと俺は読むね」
「アーシラドゥンの王室に親書を送りましたが、無視をされている状態です」
「決まりだなど……」
偵察任務で簡単に越境を許すアーシラドゥンを目の当たりにしているで、シンヤは断定した口調で話す。ヴィセンテは親書が無視されたと言って憤る。
「先手を打ちましょうか? 我が国は隣国にはそれなりの情報網がありますから」
「防諜か……」
「相手が話してくれないのなら、勝手に中を覗き見ましょう」
ヴィセンテは似合わない笑いを見せる。彼は王族だが具体的にどのような仕事しているかは明かさない。カナも知っているのか知らないのか、よく分からないと言ってとぼけていた。
◆
予備会談が終わり、魔族の使節団が帰国の運びとなった。クリフォードたちは貿易協定見直しのため、あと少しこの地に留まる予定だ。
入場は非公式会談との前提だったため民衆の出迎えとの体裁をとったが、今後は同盟への前向きな調印を目指すとの結論になり、解散式は公式行事となる。
一団を見送るために、政府と軍の高官が赤い絨毯の脇に一列に並ぶ。そして正装に身を包んだ魔族の使節団は、ズベルアフを先頭にして居並ぶ人々の方を向きながら進んだ。
ユーキもカナが用意してくれたマントを羽織って見送りの列に立ち、隣にはチェリッツが並ぶ。
魔族の威容は圧倒的な存在感を放ち、静まり返るなか突然ズベルアフがマントを跳ね右手を上げた。列は停止し周囲に緊張が走る。ズベルアフはユーキたちの前に停まりチェリッツの顔を凝視し、そして訳も分からず彼女は憎しみの眼差しで返す。
ズベルアフが更にチェリッツの前に歩み寄り、彼女は燃えるような瞳で魔族の王子を見上げた。ユーキは緊張する。一体何が――と……。
彼は上着の内ポケットに手を入れ、一通の手紙と一枚の絵らしき紙片を取り出す。
「似ている。そっくりだ……」
絵を見て呟き、チェリッツは意味が分からないと少し首を傾げた。
「あなた宛ての手紙と、差出人の遺品です」
「えっ!」
チェリッツはハッとして、ズベルアフを睨んでいた視線をその絵に落とす。
「あっ!」
そして小さな悲鳴とも、叫びとも取れない声を上げ、両手で顔を覆った。
「私が四年前、捕虜収容所の病院に視察に行った時、ある負傷者の兵士から託された品です」
「えっ?」
ユーキも驚いて手元を見た。その宛名には愛するチェリッツへ、と書かれている。ズベルアフは跪き手紙と絵を差し出す。
「あなたに渡してくれと頼まれました。最後の言葉は、残った左手でもう一度あなたを描きたい――でした」
「あっ、うっ、うっ、ああぁ……」
受け取ったチェリッツは、その場で嗚咽を発し泣き崩れる。訳を知った周囲は複雑な表情で成り行きを見守っていた。
顔を上げた彼女にズベルアフはハンカチを差し出すが、チェリッツはその手を払い除ける。
「彼らは今、我らと同じ戦没慰霊地に埋葬されています。訪問と遺骨、他の遺品の返還は引き続き外交ルートを通じて交渉いたします。もう少し御辛抱ください」
ズベルアフはそう言って立ち上がり、踵を返して魔族の列に戻った。
◆
式典は終わり、二人は城の最上部にあるバルコニーにいた。眼下には帰途に着く魔族の使節団と、見物の群衆が見える。遙か遠くを見るチェリッツの髪が、どこからか流れてきた風になびく。
「絵、見せてくれる?」
「うん……」
そこには少女のように、満面の笑みを見せるチェリッツが描かれていた。それはユーキがただの一度も見たことのない笑顔でもあった。
「いい笑顔だね」
「うん……、何だか吹っ切れたわ……」
チェリッツは遠く絵の作者が埋葬されている、魔族領の方角を眺めたままだ。
「新しい恋人を見つけるわ。今度はまったく別のタイプの人がいいわね」
ユーキは、結局は恋人にはなれない面影だけの存在、生きている幻だったのだ。
この日以来チェリッツは訓練のために、飛竜の基地に用意された宿舎へと移動した。




