カウントダウン
3
「よし、爆破しよう」
坊ちゃまは宣言なさいました。
先ほどまで御覧になっておられた外国映画の影響でしょう。背後で大爆発がおきたのに、まったく意に介さない登場人物が、振り向くこともなく歩きだすシーンがありました。
よくある演出です。
製作側の意図としては、その人物がどれだけ危険な存在かを伝えたい、とくに意味はないけれど派手に格好つけたい、の中間あたりでしょうか。
「なにを爆破されるのでしょうか?」
「例のアパートを」
坊ちゃまの場合、意図としては100%後者でしょう。
無自覚に前者なのが坊ちゃまクオリティですね。
「わかりました」
「そして、その一帯を」
「至急、工作部隊を派遣いたします」
坊ちゃまは肯かれ、ワイングラスを口もとに運ばれました。
2
不快な臭いが漂う町の一角に、坊ちゃま、および仕事人一同が位置取りました。
そして、
「……私になんの用ですか?」
坊ちゃまを睨みつけるお嬢さんがいます。
前方にみえる木造二階建て、築七十年のボロアパートに暮らしていた、元住民。
立ち退きを求めたとき、一番うるさかった小娘です。
「用地買収が終了したことを、きみに報告しようとおもった」
「そんなこと! 私に、なんの関係があるんですか……」
「気になっていると思っていたのだが?」
海外富裕層が求めるホテルを建築するために、土地が必要でした。
ちょうどよい場所だったのです。
貧民であるお嬢さんが日々を過ごしていた、この土地が。
「……そんなことを言うためだけに、私を拉致したんですか?」
坊ちゃまが目を向けられたので首を横に振りました。
バイト先のスーパーを出たところで「お願い」をしただけです。
乱暴なことはしていません。
「いや、本題はべつにある」
坊ちゃまがふたたび目を向けられましたので、今度は肯きました。
懐よりスマートな機器を取りだします。
お嬢さん、坊ちゃま、ボロアパートの位置取りを再確認。
爆破、スタートです。
1
元気のいいお嬢さんは、ずっと母親と二人暮らしであったそうです。
母娘ふたり、ずっと同じアパートで暮らしており、母親が亡くなってからも、お嬢さんは同じ部屋で暮らしていた。
離れがたき、大切な場所だったのでしょう。
古い建築物です。あらゆる面で不備があった。倒壊する危険すらあった。いずれは離れなければならない場所であった。用地買収の流れは、稀にみる好機でしかなかった。頭では理解できていたのに、心がそれを拒んでしまった。
幼稚な感情であったことは自覚していたとおもいます。だからこそ、文句のつけようがない立ち退き料金、およびアフターフォローを、彼女は最後まで拒みきれなかった。
ほんの少し、大人になったというわけです。
天国へ旅立った彼女の母親も、きっと喜んでいることでしょう。
いろいろあったアパートですが、無事に爆破できました。
お嬢さんのみつめる先で炎上しています。
あたりの家屋も爆音とともに次々と燃えていきます。
優秀な工作員たちが綿密な計算をしたうえで計画をたて、実行した爆破です。危険な破片や火の粉がこちらに飛んでくることはありませんが、爆音と衝撃までは消しきれません。多少は熱波もきますね。
さすがのお嬢さんも腰を抜かして座り込んでいます。
ですが、いけない。
坊ちゃまも膝をついておられる。
すぐさま坊ちゃまのもとに向かい、様子を確認しました。お嬢さんとは違い、放心状態は一時的なものでしたので、回復なされた坊ちゃまに用意していたアイテムを渡します。
我々仕事人一同は、坊ちゃまとお嬢さんから距離をとりました。
一時、離れたところから様子を見守ります。
位置取りも万全です。
しばらくして、坊ちゃまの手をとり、お嬢さんが立ち上がりました。
坊ちゃまは、いまだ呆然とする彼女の前へ。
堂々とした態度で立たれ、彼女に捧げられるのは、青いバラの花束。
燃えさかる炎を背景に、青い薔薇の花束をはさんだ、見つめあう男女。
そしてはじまる、愛の告白が──。
0
坊ちゃまはグーで殴られました。