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カウントダウン

作者: 京本葉一



「よし、爆破しよう」


 坊ちゃまは宣言なさいました。


 先ほどまで御覧になっておられた外国映画の影響でしょう。背後で大爆発がおきたのに、まったく意に介さない登場人物が、振り向くこともなく歩きだすシーンがありました。

 よくある演出です。

 製作側の意図としては、その人物がどれだけ危険な存在かを伝えたい、とくに意味はないけれど派手に格好つけたい、の中間あたりでしょうか。


「なにを爆破されるのでしょうか?」

「例のアパートを」


 坊ちゃまの場合、意図としては100%後者でしょう。

 無自覚に前者なのが坊ちゃまクオリティですね。


「わかりました」

「そして、その一帯を」

「至急、工作部隊を派遣いたします」


 坊ちゃまは肯かれ、ワイングラスを口もとに運ばれました。





 不快な臭いが漂う町の一角に、坊ちゃま、および仕事人一同が位置取りました。

 そして、


「……私になんの用ですか?」


 坊ちゃまを睨みつけるお嬢さんがいます。

 前方にみえる木造二階建て、築七十年のボロアパートに暮らしていた、元住民。

 立ち退きを求めたとき、一番うるさかった小娘です。


「用地買収が終了したことを、きみに報告しようとおもった」

「そんなこと! 私に、なんの関係があるんですか……」

「気になっていると思っていたのだが?」


 海外富裕層が求めるホテルを建築するために、土地が必要でした。

 ちょうどよい場所だったのです。

 貧民であるお嬢さんが日々を過ごしていた、この土地が。


「……そんなことを言うためだけに、私を拉致したんですか?」


 坊ちゃまが目を向けられたので首を横に振りました。

 バイト先のスーパーを出たところで「お願い」をしただけです。

 乱暴なことはしていません。


「いや、本題はべつにある」


 坊ちゃまがふたたび目を向けられましたので、今度は肯きました。

 懐よりスマートな機器を取りだします。

 お嬢さん、坊ちゃま、ボロアパートの位置取りを再確認。

 爆破、スタートです。





 元気のいいお嬢さんは、ずっと母親と二人暮らしであったそうです。

 母娘ふたり、ずっと同じアパートで暮らしており、母親が亡くなってからも、お嬢さんは同じ部屋で暮らしていた。


 離れがたき、大切な場所だったのでしょう。


 古い建築物です。あらゆる面で不備があった。倒壊する危険すらあった。いずれは離れなければならない場所であった。用地買収の流れは、稀にみる好機でしかなかった。頭では理解できていたのに、心がそれを拒んでしまった。


 幼稚な感情であったことは自覚していたとおもいます。だからこそ、文句のつけようがない立ち退き料金、およびアフターフォローを、彼女は最後まで拒みきれなかった。

 ほんの少し、大人になったというわけです。

 天国へ旅立った彼女の母親も、きっと喜んでいることでしょう。


 いろいろあったアパートですが、無事に爆破できました。


 お嬢さんのみつめる先で炎上しています。

 あたりの家屋も爆音とともに次々と燃えていきます。


 優秀な工作員たちが綿密な計算をしたうえで計画をたて、実行した爆破です。危険な破片や火の粉がこちらに飛んでくることはありませんが、爆音と衝撃までは消しきれません。多少は熱波もきますね。

 さすがのお嬢さんも腰を抜かして座り込んでいます。

 ですが、いけない。

 坊ちゃまも膝をついておられる。


 すぐさま坊ちゃまのもとに向かい、様子を確認しました。お嬢さんとは違い、放心状態は一時的なものでしたので、回復なされた坊ちゃまに用意していたアイテムを渡します。


 我々仕事人一同は、坊ちゃまとお嬢さんから距離をとりました。

 一時、離れたところから様子を見守ります。

 位置取りも万全です。


 しばらくして、坊ちゃまの手をとり、お嬢さんが立ち上がりました。


 坊ちゃまは、いまだ呆然とする彼女の前へ。

 堂々とした態度で立たれ、彼女に捧げられるのは、青いバラの花束。


 燃えさかる炎を背景に、青い薔薇の花束をはさんだ、見つめあう男女。


 そしてはじまる、愛の告白が──。





 坊ちゃまはグーで殴られました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も素晴らしく楽しかったです。 [一言] 今回の様な題材であれば、普通なら心理描写や背景等をあとひとつ盛り込もうか?いや、もうひとつ削ろうか?等と迷われると思います。 なかなかこのレベ…
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