探し物
ねえ、私の話聞いて?
こっち向いてちゃんと聞いてよー。ほら、逃げないで。
やだな、突然のツンデレ?まあ、そういうところも好きだからいいんだけどさ。
やった、やっとこっち向いた!
なによその目はー!冷たいわねー
まあいいや。
あのね、私の話を聞いてほしいのよ。
いつもみたいに、近所のおばさんの世間話みたいな、くだらない話じゃあないわよ。絶対ビックリするような話なんだから。
え?最近の近所のおばさんは面白い話をしてくれるって?
ふふ、そうかもしれないわね。おばさんも時代とともに進化しつつあるわ。
じゃあ、おばさん進化版よりも面白い話をするから。
ねえ、ちゃんと聞いてね。
ほら、この前ね、私本屋さんに行ったの。
私って昔から本が好きなの。小さいころはお母さんによく読み聞かせしてもらってた。その時にすごくお気に入りだった、絵本の国に住んでいた女の子が現実世界に逃げ出してしまって、その子を絵本の国に連れ戻すために追いかける…?みたいな内容の絵本が急にまた読みたくなっちゃってさ。
あはは、そう。変わったお話でしょう。なんか独特な世界観で気に入っていたのよね。
最後にどうなってしまったのか、覚えていないのだけれど。
こういうのたまにないかしら?
それで、その絵本を探しに本屋さんに行ったの。
いっぱい探したんだけど、その絵本は見つからなくって。随分昔の絵本だったみたい。店員さんに聞いても、素っ気なくされてしまったの。
最近の店員さんってすごく不愛想だわ。これも時代ね。とか思いながらも、探していた本はないし、仕方なくその本屋さんから出てきたの。
それでも、どうしても読みたくて、色々な本屋さんを梯子して回ったんだけど、全く見つからないし…店員さんに至っては、質問しても無視されたりしたわけ!
目当ての本が見つからないことはまだいいとして、店員さんが無視するのは許せないわよねぇ。
でも私、あなたが知っている通り、そんなに出しゃばるタイプじゃあないし、どちらかというと人見知りだし。とてもじゃないけどお店の人にクレームなんて言えないわ。
その時は「困ったなぁ」程度だったんだけど、さすがに何件か回って無視されたらイライラするわよ。腹ただしく思いながらも、どうしても諦めきれない想いを抱えながら町中を行ったり来たりしていたの。
探し物が見つからないと寂しい気持ちになるわね。
寂しい気持ちになりながら駅前の商店街に差し掛かったとき、そのお店にたどり着いたわ。
そのお店はね、古本屋さんっていうのかしら。古びた本がたくさん並べられていて、おじいちゃんが一人、木のカウンターに座って分厚い本を読んでいてね。すごく小さなお店なの。
活気のある商店街の端っこでひっそりと息を沈めて、小さく体育座りをしている。そんなイメージがわくような静かなお店。こんな騒がしい私だけど、その時はなぜか、その静かなお店にひきつけられてしまった。磁石にひきつけられた金属のように店内に入ると、おじいちゃんが読んでいた本から顔をあげて、物珍しそうに私を見つめてきたの。
おじいちゃんといえども、男性に見つめられたらドキドキするわよね。
え、しない?
えぇ、しないのー?
ごめんってー!逃げないで。最後まで聞いてよ。
そのおじいちゃんがね、私に話しかけてきたの。
「あんた、何処からきたんだい」って。
その質問に答えようと思ったんだけど、私、うまく言えなくて。どこからかは来たのよ。でも何処から来たのか思い出せない。頭の中が真っ白になってしまった。
最初に行った本屋さんは、隣町だったかしら。ということは、案外近くから来たはずなの。
しばらく考えても思い出せないもの。私は小さく首を振って、「ごめんなさい」って謝った。 おじいちゃんの、老眼鏡から覗く優しそうな目が笑いかけてくれたから、安心したわ。他の本屋の店員さんとは大違いね。
私、そのおじいちゃんが大好きになったわ。女の子はいつの時代でも、優しい人に惚れるのよ。
それで、おじいちゃんに探していた絵本のこと聞いてみた。
そうしたらね、おじいちゃんは少し黙ってから、すごく不思議なこと言ったの。
「あんたが探しているのは本じゃない」って。
私は子供のときに読んでもらった絵本をずっと探していたのよ。
おかしいでしょう。
私が首を傾げていたら、おじいちゃんは急に怖い目をして私を怒り始めたの。「はやく見つけて、戻りなさい」って。
それですべてを思い出したの。
私ったら、忘れん坊さんになっていたのね。
これも歳のせいかしら。
そうよ。だって随分と昔のことだったもの。
あなたも忘れているんじゃないの。
私のことも。
絵本のことも。
でも、もういいのよ。私はやっと見つけられたわ。
ごめんなさい。やっぱりあなたにとっては、あまり面白い話じゃなかったかもしれない。最近の近所のおばさんのほうが、もっと面白い話をしてくれるわね。
戻りましょう。