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91.奥義



「ブゲラッ!?」


高速で拳が顔面に叩きつけられる音と共に、俺は情けない声を上げながら地面に倒れ伏した。


「遅い!もっとはやくうごけ、です」


「む、無茶……言う、な……」


カイリちゃんはただ一直線に俺に向かって走って殴っただけ。

ただそれだけで俺は彼女の姿を見失い、ぶっ飛ばされてしまう。


もうかれこれ3日ぐらいこの光景が続いている。


「ふんっ、今日はここまでだ!です」


そして、カイリちゃんが怒るまでがワンセット。


「お疲れ様です、マティス様」


「あ、あぁ……ありがとう」


カイリちゃんが去ると、遠くで控えていたカリンさん……センコがこちらにやってきて、飲み物を渡してくれる。

微笑みながら持っているタオルで俺の汗を拭いてくれる様はさながら天使のようだが、実態を知っていると全く喜べないのが実情だ。


「ふふっ、かなり無様な訓練でしたが、カイリ様に愛想をつかされないか心配ですわ」


「……もう少し、俺のことを慰めてくれてもいいんですよ?冗談ぬきで」


……こうやってすぐに化けの皮が剥がれるからメイドさんの癒しの余韻に浸ることもできない。


訓練中はカイリちゃんから遅い、鈍間、グズ、と罵詈雑言の嵐。そして、休憩中はメイドからの毒舌をいただくものだから精神的に参ってしまいそうだ。


「……それにしても、マジでカイリちゃん速くないっすか?俺、これでも氣とか全開で使っているのに全く反応できないんですけど」


「お世辞抜きであの娘のスピードはこの国でもトップクラスですからね……。正直に言うと、あそこまでのレベルの者が今回の大会に出るとは思えませんわ」


「というか、出られたらケンリ様の優勝なんてできっこないですし……」と溜息混じりに呟いた。


やっぱりカイリちゃんの強さは獣人族の中でも群を抜いていたか。

……それはそうだよなぁ。

俺だって王国での魔法修行、魔国での人魔化に伴う身体能力の向上に魔導の取得、異能だって以前より使いこなせるようになってきているのに、全然彼女に敵う気がしないんだもの。

あれが獣人族の平均だったら、今頃この大陸は獣人族が支配してるっての。


獣人国全員がカイリちゃんになったときをイメージして思わずブルリと背筋を震わせた。


それと同時にとある疑問も浮かんだ。

カイリちゃんやセンコからは弱い弱いと聞いていたが、ケンリもカイリちゃんのお兄さんにあたる人なのだ。

二人の基準が狂っているだけで、そのケンリとやらも実は結構な実力者だったりして……。


「それはないですわ」


「……へっ?あ、あぁ、あのカイリちゃんのお兄さんが強いかどうかってことっすか?」


「ええ。カイリは確かに強いですが、あのケンリという男は本当にどうしようもないくらいに弱いですわ。おそらく獣人族の平均にも達していないレベル。だからこそ、彼は自分の地位とそれに不釣り合いな実力を嘆き、悲しみ、歪んでいったのですわ」


おほほっ、とお上品に笑いながら醜悪な笑みを浮かべるセンコに思わず物理的に距離をとってしまう。


「あの愚兄は、護身術程度で習っていた妹に追い抜かれたことを心底恨んでいる様子でしたわ。だから、あいつの感情ちょこっとブーストさせるだけでひどく暴走致しましてね。実の妹をヤった挙句に奴隷にして国外追放とは……なんとも醜い兄妹愛ですわ。おほほほほほほっ!」  


「……」


なるほど……そういう事情だったのか。

これは確かにあまり人に言いふらしたいよくな内容ではない。

事の経緯を大幅に省いてでも強引に説明をした理由が分かったぜ。

それと同時にこの女狐がおこした罪のデカさもな。


「すー、はー……」


深呼吸を一つ、精神の鍵を用いて施錠する。


急に視界がクリアになったような感覚に襲われ、さっきまでセンコにあった愛やら熱やらが一気に冷めていくのを感じた。


「俺……ちょっと出かけてくるわ」


「そうですか?どうぞお好きなところに行ってくださいませ」


センコの許可を取り、俺は訓練所を後にする。




「ーーーふふっ、ほんとに間抜けな殿方」


ポツリと呟いた彼女の言葉が、俺の耳に届くことはなかった。







「氣の習得に時間を費やすだけでは限界を感じます!なので、俺にもう一度魔導について教えてください、侍女長!」


「……意気込みだけは評価しますが」


部屋割りで色々と揉めていた俺たちに代わり、カイリちゃんがズバッと決めた部屋に、侍女長は一人椅子に座っていた。

今まで仕える仕事をしてきた彼女にとって、自分の時間を持つという事自体稀であるのか、どうにも時間を持て余しているような感じがある。


そんな彼女は、俺の発言に眉を顰めて溜息一つ吐くとこう言った。


「大会までの時間は?」


「予選があと四日後、本戦までは後十一日後くらいですね」


俺がそう答えると、もう一度大きな溜息をついた。


「……マティス自身、魔導を習ってきて多少なりとも把握しているとは思いますが、魔導は練度がそのまま強さになる技術です。長く使えば使うほど良くなり、逆に言えば急拵えの技術では然程役に立つことはないでしょう。貴方がどの程度を目指しているのかは知りませんが……基礎を既にある程度マスターしている状態でそこまで劇的な変化が出るとは到底思えませんね」


「えぇー、そこを何とかお願いしますよ!なんかこう強い技みたいな……ああ!あの氷結式みたいな技を俺にも伝授できませんか?」


「……マティスの場合だと烈火式のことですよね?それこそ無理な話です。あれは付与、創造、同化の基礎を使いこなせてこそのもの。貴方は習得自体ははやかったですが、練度はそこまで上がっていません。今のままでは身体が木っ端微塵になって灰となるか、もしくは逆に何も起こせずに魔力だけ浪費するかの二つに一つでしょうね」


俺の身体がバンと、ポップコーンのように破裂する様を想像して思わず青ざめてしまう。


「急に新たな力を求めようとしても余計に危険な目に遭うだけです。諦めなさい」


「……」


侍女長の言うことは一理あるが……それでもこの短い期間にやれるだけのことはやっておきたい。

俺が今持てる全ての力で、何か新たなことができればーーー


俺が悩んでいると、侍女長が三度目の溜息をついて言った。


「あの人間の言う通りに動くと言うのも癪ですが……。マティス、貴方は元人間で私達魔族にもそして獣人族にもなし得ないことを一つだけ可能としています」


「魔族にも獣人族にもできないこと……?」


「それがわかれば、もしかしすると今の貴方の役に立つかもしれませんね。とりあえずは、同じ人間であるあの黒髪の娘を訪ねてみては?」


そう言って、侍女長は俺を部屋から追い出した。







「やっと来てくださったんですね、お兄様……」


艶っぽい声音と共に俺を出迎えてくれたのは、この部屋の主であるキーラだった。


「あ、あぁ……まぁ、最近ちょっと忙しかったからな」


普段の彼女とは違う雰囲気に内心ドキドキしながら、そう答える。


「あの獣の訓練がよっぽど堪えたみたいですね?」


ニコニコと微笑みながら毒を吐くキーラ。

部屋に備え付けられたベッドに座り、脚を組んでたりするもんだから、彼女のスカートの中が見えそうで見えない際どい感じになっているんだが……。

俺は努めて気にしない素振りで視線をキーラの顔面へと集中させる。


「別にキツイとかで投げ出してきたわけじゃなくてな……。このまま氣の修行だけを行っていても、大会で闘えるレベルまで強くなれる気がしなかったんだ。だから、まぁ魔導の力も高めつつ何か他に策がないかなぁ、と侍女長のもとを訪ねたんだけど……」


「そうしたら、私のもとに来るようにと言われたんですね?」


クスクスと笑いながらそう言う彼女は、年相応とは思えないほどの色気を発しており、俺は意味もなく赤面してしまう。


「……なんか雰囲気変わったよな、お前」


「そうでしょうか?」


本人に自覚はないのか、可愛らしい仕草で小首を傾げつつ俺に問いかけてくる。

その真っ黒な眼と髪色は以前と変わらず綺麗なのだが、可憐と言うよりも妖艶という言葉が似合いそうな程謎の色気を発していた。


……いや、まぁ男子三日あわざれば刮目してみよとか言うし、年頃の女の子だってどんどん成長していくもんだよな。

大体、小学校上がりたての中学生とか変化が著しい感じがするし……。


俺はそこで思考することをやめ、話を続けた。


「侍女長が言ってたんだけどさ。人間には魔族にも獣人族にもできないことがあるって。それが分かれば俺も現状よりも更に強くなれる可能性があるって……。で、それを知るにはキーラに聞いたほうがいいって聞いたんだけど?」 


俺がそう言うと、一拍置いてキーラが口を開いた。


「なるほど……その侍女長さんとやらがどこまで内情を把握しているのかはわかりませんが、少なくとも私のことについてはある程度想像がついていると言えるでしょうね………油断ならない下女ですね、まったく」


「えっ?なんて言った?」


途中までは聞き取れたが、最後の方が呟くようにか細い声なので聞き逃してしまった。

俺が聞き返すと、キーラが「いえいえ、こちらの話ですから大丈夫ですよ」とにっこり微笑んで話を戻した。


「人間だけが使える奥義……それについては私にも見識がありますし、なんならそれを実践してお兄様にある程度教えることもできます」


「おっ!マジで!?じゃあ、悪いんだけど早速ーーー」


俺が身を乗り出して教えてもらおうとすると、キーラが俺の声に被せる形で声を張り上げた。


「ーーーですが!それには条件があります!」


「……条件?」


疑問符を浮かべる俺に対して、キーラは口の端が歪んだ禍々しい笑みを浮かべてみせた。










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