88.妖術
◇side センリ
『あの小童は次期大臣として、些か武力が乏しいのではないでしょうか?現大臣殿』
儂に負けず劣らず厳しい面持ちをしている老人が一人、そう言って儂の方を見つめる。
『まぁ、あの子はまだまだ育ち盛りの年。背だって伸びてはおらんし、武の道に関しても道半ばにも達してはいない。そう焦ることはないでしょう』
『……それにしても、弱すぎるように感じるのだが?先程の道場での試合も拝見させてもらったが、同年代の子どもにも負ける始末。そのような体たらくでこの国を任せられるだろうか』
その言葉に、この場にいた他の重役達も同意の声を上げる。
この場にいる者は全員、己が力を示してこの地位に昇りつめた猛者どもである。故に血筋による次世代への引き継ぎという体制に疑念を抱くのも仕方がないと言えよう。
『しかし……王が代わり、現国王になってから体制は大きく変わった。他国への侵略の禁止、血統を重んじた世代交代、拳闘制度の変更……それらを命じたのが我らの王である以上、従う他ないのでは?』
『それは、そうだが……』
『しかし、あのような小童に大臣の座を……』
『陛下も異なことをおっしゃられる』
『まったく、これではあの脆弱な人間のようではないか!』
『然り然り!』
儂が王命を盾にして反論すると、次々に愚痴のような反論が出される。
……が、明確に王命に対して否と言うこともない。
強き者に従う。この国のボスである現国王がそう命じた以上、儂らに逆らうことはできない。
話はこれでおしまい、儂にはあの子どもたちの相手があるのでな、と早々に席を立ちあがろうとしたところで、一人の臣下が突飛な提案をしてきた。
『仕方があるまい。弱い以上、強くする他ないであろう。ーーあれをここに!』
そう言って、何やら部下に指示を出した。
待つこと数分。ガタンと扉が開かれ、一人の女性が現れた。
『名はセンコ。見ての通り、あの妖術使いの生き残りじゃ』
『何ッ!妖術使いだと!?』
この国がまだ侵略と戦争を繰り返していたあの戦乱の時代、獣人国の中で最も戦果を上げていたと恐れられていたあの妖狐族の生き残りか……。
儂が視線を向けてみれば、確かにその血筋を感じさせる。
狐のような見た目をした金色の耳と尻尾、胸元には気味が悪い目玉を象ったネックレスが一つ、そしてあの部族特有のヒラヒラした謎の衣装に身を包んでいた。
『しかし……このような者を使ってどうされるおつもりで?』
『妖術には他者を強くする術があるらしい……そうだろう?』
『はい、わたくしの術の中には、その者の感情に起因した身体能力の強化を可能とする術がございます。しかも、人間どもの一時的な強化ではなく永続的なものです』
『なんだとッ!それはつまり術のかけ直しを必要としない、ということか!』
『はい』
周囲がざわつくのを感じる。
通常、他者を強化する術と言えば、かけ直し前提のもの。
人間たちが扱っている強化魔法というものもそれに分類する。
強くなるのは構わないが、その代わりに効果が切れればまたかけ直してもらわねばならない。言うなれば一時的な力。そんなもの獣人族にとっては何の意味もない。
しかし、それが永続的となれば話は別。ずっと強くなれるということはその妖術師にかかるのは一回限り。それで強化が得られるならば、この場にいる者であっても喉から手が出るほどほしいもののはず。
実際に何名かは物欲しそうに彼女を見つめている。
『……ということだ。センコには今後、次期大臣であられるケンリ殿の強化を行ってもらい、この国に相応しい大臣へと成長してもらおうではいないか!』
『『『『おおおおおぉぉぉぉぉッッッッ!!!』』』』
この場にいる大半が妖術による強化に賛成してしまった。
儂も努力の割に成果が伴っていないと嘆く息子の手助けになるのであれば、喜ばしい限りなのだが……。
チラリと妖術使いの女を見て、何とも形容しがたい不安に襲われるのだ。
本当に、あの者に息子を任せてしまってもいいのだろうか?
『では、センコ。頼んだぞ』
『はい、かしこまりました』
そう言って、傅く彼女の口角は三日月のように歪んで見えた。
◇side ケンリ
『今日からケンリ様の専属使用人になります、センコと申します』
『は、はぁ……知っているとは思いますけど、大臣センリの息子、ケンリです。よろしく、お願いします』
僕の挨拶に合わせる形で、目の前の狐人族の女性も静々と頭を下げる。
その際、ヒラヒラした緩い服を着ているものだから胸元がチラリと見えてしまう。
『……っ』
僕は慌てて視線を背け、気を紛らわせる意味も込めて質問をした。
『えー、っと、専属使用人、なんて言ってたけど、僕はその制度についてあまり詳しくはない、というか初耳なんだけど、それって何をする方々なんですか?』
『専属使用人は言うなれば、ケンリ様の武力向上をサポートする専門の使用人という役回りです』
『……はい?』
武力向上のサポート?
想定していたものと違う言葉が出てきて、思わず疑問符を浮かべてしまう。
『えー、じゃあ身の回りのお世話とかそういったことをする普通の使用人とは違う、ってことですよね?』
『はい。もちろん、わたくしのできる限りでケンリ様の生活のお手伝いもさせていただく所存ですけれども、主な業務は武芸指南並びにケンリ様の身体能力の強化ですね』
『武芸指南……』
この国は女尊男卑国家としてかなり厳しい政策を取っている。そのうちの一つに女性の武力の保持の禁止があったはず……。
少なくとも目の前にいるこの人は、華奢で強くなさそうに見えるんだけど……。
『ふふっ……わたくし、こう見えても戦争経験者ですよ?それなりに武芸への心得はあります。あと、身体能力の強化についてですが……こういうことですよ』
スッと、僕の腕に手を添えたと思ったら淡い光が輝いた。
すると、全身に感じる重みが少し軽くなったような気がする。
『どうでしょうか?』
『……なんか軽くなったような気がする?』
『……まぁ、最初はあまり自覚がないでしょうが徐々に効果が出てくるでしょう。このように、わたくしはケンリ様に妖術を行使し、身体能力の強化を行います。武芸に関しては……実践形式で行っていきましょうか』
『……そうか』
もしかしたら、父が僕の悩みに気付いてこうして手助けをしてくれているのだろうか?
……なんとなく違うような気もするけど、手助けしてくれるのはありがたい。
僕は次期大臣として相応しい実力を身につける必要があるんだ。
利用できるものは何でも利用させてもらおう。
『わかった。今後ともよろしく頼む』
『はい、よろしくお願いします』
そう言って、僕は彼女の手を取った。