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87.英雄の息子

投稿、遅くなり申し訳ありません。今日からまた再開させていただきます。

できるだけ間隔空けずに投稿できるよう頑張ろうと思います。




◇side ケンリ


『いやー、ケンリ様は幼い身でありながらかなり聡明でいらっしゃる!』


『然り然り!あの年頃ですでに政務がなんたるかを凡そ理解できていると言えようぞ』


『礼儀作法も早々に身につけたようですし……後は、武術さえ修めれば完全無欠ですな』


『ふむ……少々、筋が悪いようですが……まぁ、大丈夫でしょう!何せあの英雄センリ様の長子であらせられるお方なのですからな!』


『それに比べてその妹とくれば……』


『あぁ、今日も礼儀作法の稽古が嫌だとかで外の庭へと飛び出したとか……』


『あんな御転婆では大臣の血筋に相応しい品格というものが損なわれる……』


宮中にいた大人は皆、僕に期待していた。

妹がガサツで言葉遣いもなってないマナーのないやつだったから、それら全般を軽々にこなしてみせた僕に、余計に期待が高まったのだろう。

血筋を重んじる、血統主義なるものが出来てからこの国の歴史はまだ浅い。

皆が皆、己の実力で決めなくていいことに戸惑いと不安を感じているのだろう。

故に、大臣二世であるこの僕に余計にその期待の重圧がのしかかっているのだろう。


『しかし、父上……私に父上の後任が務まるのでしょうか?』


行き交う人々の話を聞く度にいつも不安になる。

私も大臣の息子として、懸命に励んでいるつもりだが、それでも英雄である父には敵わない。

父は敵兵万の軍勢に対し、たった千人で殿を務めてみせた救国の英雄。その功績はきっと後々の我が国の歴史に名を刻むであろう大功績なのである。

その時の功績によって、父は一代でこの地位へと昇り詰めた。

名実ともに認められた大臣なのである。


しかし、二世である僕は違う。ただ、この方の息子として生まれただけ……つまりは運だ。

天命、といえば聞こえはいいけれどおそらくは偶然だろう。

僕は獣人の中でもヒョロヒョロしているし、腕力はもとより操氣術もまだ使えない。

これでは大臣の息子どころか普通の獣人よりもーーー


僕がそう落ち込んでいたとき、大きなガサガサとした手が僕の頭を撫でた。


……父の手だ。


『何に悩んでいるのかあまり分からんが……大丈夫だ。何事も順序というものがある。武を身につけるにはまずは身体、身体を鍛えるには精神、精神を鍛えるには日頃の礼儀だ。既にケンリは礼儀を重んじることができておるのだ。次に精神を鍛え、身体を鍛え、武を磨け。さすれば、ケンリも立派な男だ。なぁ〜に、儂の息子だぞ。そのくらいできるようになる。何事も焦らず、着実にこなしていくことよ』


数多の戦を駆け回り、ボロボロになった皺くちゃなその顔で、そう微笑んで見せる父。

体格の良さも相まってよく怖がれられることも多い父だけども、確かにその手のひらからはじんわりとした温かみを感じる。


『……分かり、ました。私もまだまだ未熟な身。精一杯、武の道に励もうと思います』


『うむ、それでいい』


クシャクシャと撫でられるその感触が、妙に心地良いと思った。





一念発起したところで、現実はそう甘くない。


『反応、遅い!』


『はい!』


『体幹がズレている!ちゃんと教えたとおりにしなさい!』


『はい!』


『ちゃんと受けて!』


『ゲホッ……は、はい……!』


厳しい武芸稽古の日々。先生は殊更に厳しくて、周りの人たちも武芸については手を抜かないから、とても辛い。

でも、僕は大臣の息子だ。次期大臣になる男なんだ。決してここで挫けてはならない。そう、父と約束したんだ。

着実に、一歩ずつ……。


『はい、突き!』


『はっ!』


やった!今のは綺麗にできた!姿勢も威力も申し分ない!……はず。


先生は褒めてはくれないけど、何も言わないということは大丈夫ということ。

このまま、一歩ずつ成長していけば……。


『さて……ある程度型の稽古は済んだので、次は実戦形式の模擬戦を行うとする。ケンリ!ーーーとしてみろ!』


『は、はい!』


出た。僕の苦手な模擬戦だ。

型の稽古では上手くいくはずの突きが、何故かここでは鈍くなる。僕の精神の問題なのか、それとも経験不足なのかは分からないけど……。

とにかく今日こそは上手くやってみせる。


『よろしくお願いします』『よろしくお願いします』


お互いに歩み寄り、礼をする。そして、構える。

相手を正面に見据えて構えた途端、何故か身体中に力が入らなくなったような感覚に襲われる。

手をグッパー、グッパーと開いたり閉じたりしてみるけど、調子は良くならない。


『では……始め!』


そうこうしているうちに試合が始まった。

相手は先手必勝と言わんばかりにこっちに突っ込んでくる。


『ひっ……』


あまりの気迫に思わず腰が抜けそうになる。でも、だめだ。ここで引いたら……僕は負けてしまう。

必死に構えを姿勢を維持し、間合いに入ると同時に突きを繰り出す。


『ふんっ』


『ゴハッ!』


僕の突きは容易くいなされ、相手の拳が僕の鳩尾に突き刺さる。


痛い、いたいいたいイタイ!


涙目になるも必死に我慢。相手の突き出した腕を掴んで投げようとするも、まるでびくともしない。


『なんで……ッ』


『オラッ!』


『ゴッ!?』


投げようとしてガラ空きになった僕の顎に相手の拳がガッ、と当たる。

ぐわんぐわん、と世界が歪んでみえるような衝撃を受けてたまらず僕は尻餅をついた。

見上げる僕、見下ろす相手……勝負はついたと先生が止めの合図を出す。


『ありがとうございました』『あ、ありがとうございました』


……結局、今日も勝てなかった。






家へ帰る道すがら、今日の試合について考えていた。

僕の拳はあっけなく簡単にいなされるのに、相手の拳は深々と僕に突き刺さった。同じ打撃なのにえらい違いだ。

体格の差もあるだろうけど、そんなこと言ったら僕よりも小柄で強い子もいたりするし……僕にはまだ武を磨く上で足りてないものがあるに違いない。

それが何なのかわかれば良いんだけど……。


『はぁー……』


『どうしたんだ、です。そんなためいきなんてついて』


僕の溜息につられて、舌足らずなよくわからない口調で頭上から話しかけられた。

見なくともわかる。塀の上に乗った我が妹である。


『……またそんなところに乗って……落ちたら危ないよ?』


『ふんっ、きさまとはちがって、わたしはどんくさくないのだ、です。このくらいよゆうなのですよ〜』


奇怪な口調でそう言いながら彼女はスイスイと塀の上を歩いていく。

確かに体幹良さそうだな……。


『……それで?なにかに悩んでたんじゃないのか?です』


『あぁ……まぁ、ちょっと武芸について、ね』


『ふーん……です』


一気に興味の失せた顔つきになった妹。

ふーん、にですはいらねぇだろとは思ったものの、僕の一言に一瞬で興味を失った妹の態度は当然と言えば当然のことである。


この国では何故か男が戦い、女がその男を支えるというシステムで成り立っている。狩や戦は男が行い、女は家事等をこなすのが当然。故に男には武芸が必須項目であるし、逆に女は礼儀作法及びその他の家事のスキルが求められている。


この時間ならば、武芸はともかく家事の稽古事がまだ……。


『カイリ……さてはサボったね?』


『……べつに』


普段の妙な口癖が治るくらいには動揺している、と。

今日は確か料理を担当しているマツバ先生だったっけ?


……カイリは女の身でありながら、礼儀作法は勿論家事についてもほとんどをこなすことができない。なんなら男である僕の方が上手い始末だ。

故に、女性として欠陥品だと周りの大人たちが騒ぎ立てているのだが……。


『ふんっ、べつにりょうりが嫌いなわけじゃねぇぞ、です。わたしのすきにさせてくれないから、いやなだけだ、です』


『そう言って、この前は砂糖と塩を間違えてたよね?』


まぁ、料理下手あるあるってやつだけどね。

何で、料理が下手な人って味見をしないんだろう。

見た目はともかく味で確信できるだろうに。


僕の言葉に一瞬キョトンとしてみせた妹だったが、すぐに思い出したように口を開いた。


『べつに砂糖と塩なんてまちがえないぞ、です!いれたのはきんじょでてにいれたすなだ、です!』


『なお悪いわ!』


なんだよ、砂って……そもそも食材ですらねぇのかよ!

しかも、よくそれを父は食べられたな……さすがは英雄、ということか?


『もうそんなはなし、どうでもいいだろ、です。それよりもこのまえおっきなきのしたにすんでいる、ちいさなくまをみつけた、です!こんどいっしょにみにいくぞ、です!』


『あー、はいはい。よく分かんないけど、分かったから。とりあえず、行くから。だから、落ち着いてくれ』


なに言っているかよく分かんないよ、ホント。

大きな木は分かるけど、小さなクマって……クマは皆デカイだろ。小熊でも危ないし……。


でも、まぁ武芸ができない()と料理ができない()の組み合わせも悪くはないかな、なんて……このときはそう思っていたんだ。





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