78.口論
何となしに首を掻くと、ジャラリと首に巻きついている黒い鎖が音を立てた。
「……」
「お兄様、どうしましたか?まさか私の鎖が邪魔などとは言いませんよね?」
「そ、そんなことはーー」
俺が鬱陶しそうに眺めていたためか、批判するように強い口調で言ってくるキーラに向かって弁解しようとすると、逆サイドからの氷の視線に思わず背筋が凍った。
「…………会話は厳禁である、と言ったはずですが………まさか、もうお忘れに?」
「いやいや、そんなことはないっすよ、侍女長!」
そう言って、俺が侍女長の方を向けば鎖がクイッと引っ張られて強制的にキーラの方に向かされた。首、痛っ。
「視線を魔族に向けてはならない、という約束を私としましたよね、お兄様?」
はい、しました、と口に出せば、またもや侍女長から氷の視線が飛んでくるに違いない。
同じ轍は踏むまい、とただコクリと頷いた。
ジャラリと音を立てて、一緒に動く鎖を眺めながらキーラは満足そうに目を細めた。
相変わらず姫さまは起きないし、アルバは向かいに腰を下ろして我関せずと沈黙を貫いているし……キーラと侍女長は俺を挟んで視線をバチバチさせている。
正直言ってこの空気がツライ。ツライがこうでもしないとこの二人は止まってくれなかっただろうと、先程の光景を思い出していた。
◆
「お兄様を攫った魔族!」
「エルフ……と人間!」
両者が示し合わせたかのように相手の種族を言い終えると、敵殲滅!と言わんばかりにお互いに向かって飛びかかっていった。
キーラは鎖を虚空に出現させジャラジャラと言わせ、侍女長は全身に冷気を纏っている。
お互いがお互いを全力で殺そうとしているが故のプレッシャーに脚が震えるも、何とか二人の間に割って入ることができた。
「ちょっと待ったぁあああッ!」
「「ーーーっ」」
「……久しぶり、マティス」
なんかこの場の空気にそぐわないセリフを吐いたエルフが居たような気もするが、とりあえずは無視だ。
俺は両の手の平を二人の眼前に突きつける形で制止させると、まずは侍女長の説得に入った。
「侍女長、こいつらは俺の仲間で、人間ではあるけど、そんなに悪い奴らじゃない。それに今は姫様の安全が第一のはずで、人間への攻撃なんか二の次な筈だ。だから、ここで戦闘するのはやめておこう」
「……」
一理あるとは思ってくれたのか、若干だが魔力の放出が減った気がする。
今のうちにキーラの説得だな。
「キーラ、アルバ。二人とも助けにきてくれてありがとう。王都を襲撃した魔族にあまり良い感情を抱けないのはわかるけど、ここは堪えてくれ。少なくともこいつらはそんなに悪い奴らじゃないんだ」
「……分かりました」
「久しぶり、マティス」
「え?あ、あぁ、久しぶり、アルバ」
素直に頷いてくれたキーラに対して、アルバはどこぞのNPCみたいに同じ言葉を言うものだから、狂気を感じてとりあえず挨拶を返した。
返したくれたことが嬉しかったのか、アルバはちょっとだけ微笑んでいたが……状況にあってないせいかひどく歪に見える。
話が終わったと思ったのか、侍女長が後ろから近づいて言ってきた。
「………敵対する意思がないので有れば、結構です。はやくこの場から消えてください。……マティス、行きますよ」
「はぁ?何言っているんですか、そこの魔族は?この場から去ってくれるのは良いですけど、お兄様は私たちのモノなので、返してください」
侍女長が俺の袖を引っ張って連れていこうとする所に、キーラから待ったが入った。
普段のキーラからは想像もつかないぐらいに眦を吊り上げて言ってくる姿が、ちょっと怖い。
……後、アルバが侍女長の引っ張った袖とは別の袖を持っているけど、こいつ状況を理解してんのか?
「………マティスは、姫様に雇われている護衛です。ちゃんとした給与と食料、寝床を提供し、契約を交わしている私たちについてくるのは当然のことです」
「そちらが勝手にお兄様を攫ったくせに、雇っているとは随分な言い草ですね?奴隷にしてこき使っているの間違いでは?どちらにせよ、お兄様は人間で、貴方達は魔族。一緒に行動する方がおかしいのでは?」
「………残念ですが、マティスは姫様の眷属となり、人魔となりましたので、私たちと行動することになんら支障はありません。むしろそちらと一緒にいる方が都合が悪いでしょう」
「……眷属とはどういうことでしょうか?」
説明する気のない侍女長に代わって、俺がざっくりと説明する。
身体能力、魔力、寿命の変化と、主人のダメージの肩代わりについて……。
説明するうちにキーラが顔を俯かせて、プルプルと肩を震わせているかと思ったら突然鎖が侍女長に向かって飛んできた。
「……ちっ」
しかし、さすがは我らが侍女長。
氷の矢みたいなものを瞬時に発現、そして射出して鎖を叩き落とし距離をとった。
「………これでお分かりいただけたでしょうか?マティスがどちらについていくべきか。姫様が危険になればマティスにも危険が及ぶのですから」
「白々しいですね!元はと言えば、お前たち魔族がお兄様を……っ」
そう言って、もう一度攻撃しようとしたので、俺が正面に立ってとめた。
「キーラ、そんなにイライラしなくても大丈夫だって。俺はこの通りピンピンしてるし、むしろこの力のお陰で強くなれたんだぜ?悪いことなんてそんななかったよ」
「お兄様は……自分の知らないうちに身体を弄られていることを許容できるのですか!?知らないうちに魔族の奴隷にされているのに!もしかしたら、そいつの言っている内容以外にも異常があるかもしれないのに?そもそも何で私から話しかけてくれなかったのですか?もう私はお兄様のモノではないのですか?仲間でも友達でも家族でも恋人でも知人でも兄弟でも学友でも知り合いですらもなく、ただただ挨拶を交わすだけの、そんな程度の仲なんですか!?」
「えっ、いや……えぇ……」
捲し立てられるように怒涛の勢いで、詰め寄られて俺は思わずたじろいだ。
語気が増すのと共に、どんどんキーラは俺との距離を詰め、最後には鼻と鼻がくっつきそうになっている。
ふーっ、ふーっとキーラの吐息が聞こえてくる。
クリクリと大きな黒い瞳は、奈落を思わせるような真っ暗闇で、俺の顔以外何も映し出されていない。
ずっと見つめていると気が変になりそうで、視線を下に向けると、制服のような服装から覗き見える谷間に目が移った。
制服のサイズが合っていないのか、少しだけぶかぶかなそれは胸部を隠すのにあまり役立ってはおらず、キーラの髪色とは対照的な真っ白なブラが見えてしまっている。
別の意味で変な気分になりそうだった俺は慌てて視線をもうちょい上へシフト。
すると今度は首にはまっている首輪が目についた。
「それ……」
「そうです。私が奴隷であることの証であり、お兄様の所有物である証であり、お兄様との繋がりを示す証であるモノです。これがある限りはお兄様との縁は切っても切れないものだと、信じて……私はここまでやってきました」
まだつけてたのか、という言葉を呑み込めたことに最大の賛辞を送りたい。
そう思うほどにキーラはその首輪に意味を見出していた。
首輪はよく手入れされていることが伺えるように丁寧に磨き上げられていて、彼女の言動からもそれは明らかだった。
少なくとも、ただの奴隷の首輪というものではないのだろう。
「お兄様にはあまり実感がないのかもしれませんが……私にとってお兄様の存在は、救済に等しいものだったのです。今まで、悪魔憑きとして村の人々から冷めた目で見られ、友達は勿論のこと、挨拶を交わす程度の関係を持つ者もおらず、実の両親からはトカゲの如く忌み嫌われていました。身体がそこそこ成長するまで育てられはしましたが、それも奴隷商に高く売るためのもの。そこに愛はなく、ただただ物のように冷たく無機質な日々でした。奴隷商に売られてからも変わりません。いえ、むしろ酷くなったと言えるでしょう。誰にも愛を与えられることのなかった私の精神はひどくスカスカで、身体はボロボロ。呼吸すらままならない、そんな有様でした。これから先、私はどう生きていくべきなのだろう、どこで生きるべきなのだろう、いやそもそも生きる必要があるのか?死んだ方がマシなのかも……。日々、そんなことを考え、そしてまたいつの間にかに就寝し、起きて牢屋の中にいることを再認識する。そんな地獄のような日々にーーー」
「……」
「ーーーお兄様が、来てくださったんです」
思わずゴクリ、と固唾を飲んだ。
少しだけタラリと汗が流れるを感じていたが、キーラは構わず話を続ける。
「お兄様に買われてから、私の日常は一変しました。まずは痛くない身体。お兄様は習得したての操氣術を使って、気絶してまで私を癒やしてくださいましたね。私の身体は勿論のこと、心の傷も癒えていく想いでした。その次にはお兄様が見せてくれた悪魔憑きとしての力……お兄様は異能、と言っていましたね。これの発現が私に安心感を与えてくれました。今まで一人もいなかった自分の同類が見つかったんです。どれほど嬉しかったことか……私は一生、お兄様についていこうと思いました。この時から、お兄様は私にとっての主人兼家族になったんです。そしてなによりもお兄様は、今まであった誰よりも私に優しかった。奴隷だからと何か命ずることもなく、私が年下の女の子だからと気遣ってくれましたよね?……ちょっとエロい視線は感じてましたけど、まぁ特に気になりませんでした。男はそういうものだと村で教わっていましたし、何なら自分の身体に興奮してくれているお兄様の姿になんとも言えない優越感を抱いてもいました……」
なんか段々話が逸れているような気がするんだが……。
というか、俺の視線に気づいていたのかこいつ!?
てっきり何も言ってこないからバレてないものだと思っていたんだが……。
「ふふっ、お兄様が思うより女性は男性の視線に敏感ですよ。見るのでしたらもっとバレないように工夫しないと……」
「……はい、すみません」
「別に大丈夫ですよ。何でしたらもっと先のことをーーー」
「ーーーそれで?貴方にとってマティスが家族と同じくらい大事なことが分かりましたが……それが何か関係あるのですか?彼はもう姫様の眷属となった身。貴方がいくら感情論を語ったところで何も変わりません。マティスは私たちと行動を共にし、貴方達はこの場を去る、それだけの話なのでは?」
「……ッ」
ギリッと大きく歯軋りの音がした。
思い出を語っているときは聖母のように穏やかな表情をしていたというのに、一瞬で悪鬼の如き苛烈な怒気を孕ませた顔つきに変化した。
あまりにも一瞬すぎて仮面でも付け替えているかのようだった。
「……このまま、話し合っていても埒があきません。どうせ貴方はマティスから離れることを許容できない。……しかしながら、こちらも姫様を守るため彼の力は必要になります。とすればもう……」
後は殺し合いしかないな、言わんばかりに、互いに構えを取った。
俺としてはお互いが自分をかなり必要としてくれていることに嬉しさを覚える反面、その二人が争い、傷つくことを恐れてもいた。
……ここに来るまでの俺だったら、当然キーラを応援していたと思う。
いきなり王都を襲って、メチャクチャにした挙句、俺をこんなところまで連れてきて下働きみたいなことをさせられていたんだ。
そりゃあ、俺だって少しは腹が立つってもんだ。
でも、ここでの生活がそんなに嫌なものだったかというとそうでもない。
ちゃんと飯は出てたし、トイレ休憩は自由、屋根付きの綺麗な部屋で寝泊まりできて侍女長の言う通り給与をもらっていた。
戦闘訓練は結構キツかったけど、それだって半ば俺のためでもあるから問題はない。
それに侍女長も姫様も、他の連中も……そんなに悪い奴らはいなかった気がする。
だから、勝手にここに連れてこられたことに憤りを覚えたことはそんなにない。
あのままあの学園にいてもあんまり成長しなかっただろうし、むしろ俺としては願ったり叶ったりだったのかもしれない。
だからまぁ、どっちの味方をするとかどちらの応援をするとか決めきれないわけで……。
そんな優柔不断な考え方してるものだから、ついつい口を挟んでしまったのだろう。
「なぁ、みんなで一緒に行くわけにはいかねぇのかよ?」




