72.お守り
後、もう少しで俺が書きたい展開に辿り着くのに……今日も断念しました。
明日に投稿できるかは分かりませんが、近いうちにまた投稿します。
「特別任務を課すヌシには、我直々に仕込んだ方がよかろう」
そう呟いた魔王様は、ここまで案内してくれた兵士を下がらせると、私を連れて訓練場へと向かった。
「さて、今からヌシに課す任務は我にとって最重要任務といっても過言ではない。それ故に、ヌシに超えてもらうハードルはかなりの高さになるが……やれるな?」
妙に重みを感じる問いかけ。
しかし、そのプレッシャーが私への期待故と思えば、むしろ心地良いものに思えてくるから不思議だ。
私は出来るだけ真摯な態度で肯定した。
「よし。では、今から訓練を始めようぞ。どんなに血反吐を吐こうが泣き言を喚こうが逃すつもりはないのでな。心してかかるように」
そう言って始まった一ヶ月は正に地獄のような有様であった。
かなり魔力量が多いはずの私の魔力を限界ギリギリまで使い果たし、ゲロを吐くまで肉体トレーニングをさせられ、同化率を高めるために極寒の地を裸体で過ごさせられた。
どれもこれも父母の小さな嫌がらせなんて比べ物にならない所業であったが、苦しむ肉体とは対照的に心は満たされていた。
何故なら、魔王様の仕打ちには愛が感じられたから。
魔王様はおそらく魔族の平均、平常というものを分かってらっしゃらない。
故に、命の危険に陥るような修行を平気でさせようとしてくる。
普通ならば逃げ出しているだろう。
だけど、私には魔王様の思いやりを感じた。
より強くなってどんな困難にも立ち向かえるようにと気遣いを感じた。
必ず任務を達成できるようにと期待を感じた。
信頼されるという感覚を初めて知った私は、魔王様の思いに絶対に応えたいと必死に努力したのだ。
成果を出せば出すほど褒めてくれ、窮地に陥れば心配し、助けてくれる。
今までの人生の中で最も充実した一ヶ月だったと思う。
ーーーだけど。
……だけど、そんな一ヶ月はまやかしに過ぎないのだと、私は知ってしまった。
◇
厳しい修行を乗り越えた丁度一ヶ月後。
訓練場ではなく、従者の館に呼び出された私は、魔王様に護衛すべき相手を紹介された。
重大な任務だ。魔王様が私にだけ期待をしている任務……なんとしてでも成功させなければ……。
侍女用の衣服に着替え、コンコンコンと重厚な扉をノックし、中に入るとーーー
「おう、よく来たな。この娘じゃ。この娘が我の可愛い孫娘、シーフェじゃ。ほら、シーフェ、この魔族が新しくヌシの教師兼護衛となる方じゃ。挨拶なさい」
ーーなんだ、この娘。
「は、はい……はじめまして。シーフェと言います。あ、あんまり、魔導は、得意じゃないですけど……精一杯がんばりますから、その……よろしくお願いします」
「うむ。よくできたのう」
そう言って、あの大きい手でゆっくりと女の頭を撫でた。
……えっ、なんで?
こんな簡単な自己紹介をした程度で、なんで貴方様が頭を撫でる必要があるのですか?
もしかして、その女には私を超える力があるとでも……?
身体の隅々まで観察するも、そんな気配は全くない。
貧相な身体つき……青白く細いその身体は、私の拳一発でゴミ屑になりそうなほど脆そうだ。
魔力も……私はおろか、下級兵士にすら及んでいないほどの脆弱さ。
おそらく練度もさほど高くない。
創造ができれば良い方だろう。
なのに、魔王様は。
魔王様は、そんな愚図を猫でも可愛がるように頭をグリグリと撫で、慈愛に満ちた視線を向ける。
おかしい。
おかしい、可笑しい、オカシイ、オカしい、おかシイ、おカシい、おかじい、オカシイぃぃぃぃッッッ!!?
魔族は実力主義社会。
強き者が好かれ、弱き者が蔑まれる。
現にこの魔王城の兵士たちも下級より上級の方が尊ばれる。
この醜い肌を持つ私ですら、上級兵士並みの実力を発揮したときには、兵団から尊敬の眼差しを向けられた。
であるならば、当然そこの小娘よりも私の方が、私の方がッ!!愛されていなければオカシイ!おかシイはずなのだ!なのに何故!?どうして?
魔王様は何を基準にーーー
「では、ラルファよ。シーフェと仲良くしてやってな」
「……はい、かしこまりました」
とりあえず分かったことは、私がこのグズのお守りを任されたこと。
そして、どうやら私は魔王様の一番ではないということ。
ただ、それだけだった。
◇
あれから何年か経って、偶々私が護衛に着任していない日に勇者の襲撃があった。
あの姫君につけていた護衛が全て惨殺されるほどの実力を持っていたらしい勇者は、私たちに知られることも一瞬で姫君を拐っていったようだ。
魔王様は取り返そうと必死になって王都に向かおうとしたが、当時若干の謀反が起きている魔国内で、王がいなくなるという状況を避けたかった魔王様の側近たちによって阻止された。
というか、私も一緒になって阻止に回ったのだが……。
もしかしたら、時間稼ぎをすれば勇者が姫君を殺してくれるのでは?という暗い期待があったからだ。
何故か、勇者は殺さずに交換留学生という形で生かしていたが……。
どっちにしろ魔王様の目が私に向くことはなかった。
毎晩毎晩、姫君に持たせたらしい通信の魔道具に呼びかけて安否を確認する魔王様の姿に、私も流石に諦めがついたらしい。
一周回って清々しい気分になったというか、なんというか……。
ただの機械のように、何かの抜け殻のように精魂が尽きた有様で、日々を無為に過ごしてきた。
そうして、しばらくの間過ごしていると、男連れで姫君が魔国に帰ってきた。
最初、見たときははぁ?って思った。
こいつ、人質の分際で人族のオスと乳繰り合う余裕すらあったというのか?
そう考えると無性に腹が立った。
しかも、さらに苛立つことにその男を護衛にすると言い始めたのだ。
眷属化して多少魔力が上がったとはいえ、精々下級兵士並み。
身体能力もあまり高くないそいつを護衛に選ぶメリットなどほぼ皆無。
大体、魔王様の眷属となって大幅に実力を上げた私がいれば、大抵の事態は解決するというのに……。
明らかに姫君の目は曇っていた。
どうやらこの人族のオスに懸想した模様。
しかも、タチが悪いのがこのオス(マティスと名乗っていた)の方は全くと言っていいほど姫君を意識していなかったことだ。
……これは早めに目を覚まさせてあげた方が良いな。
経験上、片思いというのは実ることはない。
むしろ長く持てば持つほど、精神的に大火傷をすることになる。
私の場合……消すのに4、5年はかかった。
ならば、小さな火傷に済むうちにさっさと消化してやった方が良いだろう。
そう思って、今日遂に私が正面からオスをボコボコにしてやった。
これで姫君も目が覚めるだろう。
そう思って彼女の方を振り向くと、そこにはマティスのことを心配する姫君の姿があった。
◇
仕方なく私が看病することにした。
姫君も途中まで治癒の魔導を使ってマティスの世話をしていたが、魔力を使い果たして眠ってしまったので、後は適当に民間療法だ。
怪我をして(まぁ、私のせいなのだが)全身の熱が上がっているので、熱冷まし用の濡れタオルを額にのせ、傷が酷いところから順次塗り薬を塗っていく。
飲み薬は……まぁ、気絶している状況では、飲めそうにないか。
一応、口移しで飲ませられなくもないけど……そこまで私がする義理はない。
死んだらそのときはその時だ。
悲しむのは姫君ぐらいのものだろう。
なんなら若干清々する気すらしている。
服を脱がし、ペタペタとある程度塗り終わったら、また服を着せ、ベッドに寝かせる。
一応、監視役として名乗り出た以上近くにいないわけにもいかず……私も隣のベッドに腰を落ち着かせた。
……こんなつもりじゃなかった。
訓練中に毒を吐きながら嬲っておけば嫌気がさしてやめると思っていたし、こいつの無様な姿を見れば姫君の熱も冷めるものだと思っていた。
だけど、結果は真逆。
こいつは訓練に必死になって食らいついたし、姫君もそこまで冷たいやつじゃなかった。
まぁ、姫君の方は半ば想像してたけど……。
しかし、こいつの健闘には驚いた。
魔導の訓練の時点で結構驚異に感じていたが、今日の決闘での粘りには驚嘆させられた。
あそこまで善戦するとは思っていなかったし、こいつの発現量に急激に跳ね上がったのも気にかかる。
もしかして、マティスは普通の人族ではないんじゃないだろうか……?
……まぁ、どうでもいいか。
たとえ、普通でなくとも弱いことに変わりはない。
何か不審な動きをすれば私で十分殺せるし、それでなくてもこいつには眷属化の代償について知らないわけだし……どう足掻いても死にしか繋がらない。
であれば、姫君の護衛として精々働いてもらいましょうか。
「明日も仕事がありますし……早めに着替えて寝ますか」
そう独言て、寝巻きへと着替えはじめた。
ブクマ、ポイントありがとうございます。
あれからかなり以前に比べてかなり増えて嬉しいようなビビっているような……とにかく、エタらないようにこの調子で頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。