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70.知らない天井

今回も短めなので、明日も投稿します。

良かったら、また読んでください。



「……知らない天井だ」


薄暗い室内。

先ほどの肌を刺すような氷の檻とは対照的に、柔らかくてそれなりに暖かいベッドの上で、俺は目を覚ました。


「……っ!?」


起き上がろうと上体を起こす仕草をしてみれば、まだ侍女長にやられた傷が残っているのか、痺れるような刺激が身体中に走った。


しばらくは動けそうにないな……。


そう思った俺は、もう一度天井に目を向けてみる。

照明、灯りの類は見当たらず、窓から差し込む鈍色の月明かりによって多少見える程度の明るさ。

魔族の中には夜目が利く者もいるため、設置されていないのだろう。

俺は当然、照明がないと何も見えないので自室には照明がある。


次に顔を傾けて左を向いてみると、壁よりに小さな机とその上に水差しが置かれていた。

水差しを見て、額を意識してみれば、どうやら水で濡らした布のようなものが置かれていることがわかった。

おそらく、誰かが看病してくれたのだろう。

俺の予想としてはシーフェかな、と思う。

カナちゃん様はあの可憐な容姿に似合わず結構冷淡なところがあるので、怪我しても寝せとけば大丈夫じゃろ程度にしか考えていないし、侍女長はそもそも論外。

俺が死にそうになってたら、むしろ嬉々としてトドメをさしにくるだろう。

後は大穴としては馬面のシェフかなぁ……。

シェフはなんだかんだ言って元人間の俺にもかなり優しくしてくれる良い魔族だ。

決闘の話を聞きつけて、俺のことを看病してくれるくらいはしてくれてもおかしくない。


……まぁ、馬面の化け物に介抱される絵面っていうのは、あんまり嬉しくないんだけど。


それでも助けてくれるのは嬉しいし、感謝しておくべきだろう。

いつも美味しい飯も食わせてもらってるし……。


滔々とそんな益体もつかないことを考えていると、右からシュルシュルと衣擦れのような音が聞こえてきて何となくそちらを向いた。


ーーーそして、俺はその光景に思わず息を呑んだ。


ギリシャ彫刻のように真っ白な背中を晒した彼女は、月光により銀色に光り輝いている髪を右肩にかけ、スルスルと衣服を着込んだ。

着込んだそれはベビードールとでも呼べばいいのか、あまり服に詳しくない俺にはわからなかったが、スケスケのイヤらしいデザインをしているのは確かであった。

下半身を覆うデルタ型のショーツは、辛うじて彼女の小柄なヒップを隠してはいるものの、それ以外はほとんどが丸見え。

黒色のカーディガンのような上着は、半透明のせいで上半身がほとんど見えている。


「あっ……えっ……?」


驚愕というか疑念というか感嘆というか……とりあえずは何らかの内に秘めた感情を漏らすように出た俺の一音に、彼女はゆっくりと振り返ってみせた。


前のデザインも背中同様やはりほとんどが透けてみえており、一応それなりに膨らんだ胸部の部分だけ下半身を覆うデルタのように黒い布があった。

しかし、夜のように暗いベビードールは、彼女の真っ白な肌を強調しており、余計に肌が目立ってしまっていた。

というか、全裸よりもエロいかもしれない……。


俺がゴクリと唾を飲み込んだところで、氷のように冷たい容貌をした彼女は呟いた。


「ようやく目が覚めたようですね。まったく、私はかなりの手加減をして差し上げたつもりなのですが、貴方の紙装甲ぶりには参らされますよ」


「……」


あぁ、この流れるように言葉で人を刺す感じはあきらかに侍女長で間違いない。

いくら女神像のような容姿をしていても、彼女の毒舌が俺に冷静さと安堵を与えてくれる。


俺は渇いた口内を湿らせるようにもう一度唾を飲み込むと、口を開いた。


「えー……結局、この怪我を介抱してくれたのは侍女長ってことで良いのか……でしょうか?」


「……あんまりにも貴方が無様な姿を晒すものですから、姫様が心配なさいましてね。そのまま訓練場に放っておくと私が叱責を受けそうだったので、誠に遺憾ながら手当てさせていただいた次第です」


慇懃無礼という言葉がそのまま擬人化したのではないかと思うぐらいに堂に入った様で煽られた俺は、額に浮かんだ青筋を抑えつつ謝意の念を伝える。


「そう……ですか。では、お手を煩わせてしまいすいません。後、治療をしていただきありがとう、ございます。おかげで助かりました」


「……」


俺が素直に礼を言うとは思わなかったのか、少し目食らったような顔をする侍女長。


何だよ、俺が礼も言えない野蛮人だと侮っていたのか?

流石にそれは舐めすぎだ。


身体をよくよく観察すれば、額に置かれたタオルだけではなく、傷が酷かったであろう右腕や首回り、その他全身にも湿布のような薬効の類がつけられていることに気づいた。

いくら俺をこの状況に追い込んだ元凶とはいえ、ここまで手当てしてもらって礼の一つも言わないなんて有り得ない。


俺は受けた恩に関してはそれなりに礼儀を尽くすタイプなのだ。

それに言葉なんていくら言ってもタダだしな。

どれだけ言っても俺に損はない。


「……まぁ、いいでしょう。それよりもいつまで不躾に乙女の肌を凝視しているつもりですか?あまりに露骨ですと物理的に見えないようにして差し上げますが?」


パキンッ、と氷の剣が出現し、俺の喉元へと迫る。

俺は冷や汗でドバドバになった首筋を拭いながら、慎重に言の葉を紡ぐ。


「えっ……い、いやですね……魔王城の従者ともあろうものが、そ、そんな女性の肌を不躾に見たりなんかーー」


ーーヒュンッ!


侍女長は、俺の言い訳ごと一刀両断とばかりに目先数センチのところで剣を振り下ろしてきた。

前髪がハラリと何本か落ち、思わずひょえッ!と声を出しそうになった。

そして、彼女は次はないぞ、と言わんばかりに険しい目つきで睨みつけてきた。


ヤベー……あんまりにもエロ……じゃなかった、綺麗だったから会話中も目を離せなかったのだが……流石に露骨すぎたか!?

と言っても、弁明のしようもないし、ここは誠心誠意素直に言うしか……。


「綺麗だったから……」


「は?」


「綺麗だったから!すっごい、美人だな!って思ってたから思わず見惚れてました、マジすいませんでした!!」


日本伝統芸能、DO・GE・ZAに俺は賭けた!


痛む身体に鞭打ってベッドの上で土下座した俺に対して侍女長はーーー




ここまできたらお約束の展開だと俺は思うが、皆はどうだろうか?

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