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68.俺のターン



もう一度炎の魔導で防ごうか迷った。

しかし、これを防いでもまた同じ攻撃が来るかもしれない。

そうして、また炎の魔導で防ぐ。

俺にとって負のサイクルが続いていくだけなのだ。


今は鍵の異能によって、出力が上昇してくれているが、魔力量は変化していない。

つまり、この我慢比べは俺にとって不利にしか働かないということだ。

おそらく防戦一方のままでこの戦いは終わりを告げるだろう。


その結末を直感した俺は、身を屈めて地面に手をついた。


「……?」


俺の姿勢に一瞬訝しげな表情が浮かぶも、侍女長はそのまま氷の刃を射出した。


俺はその瞬間に土の魔導で壁を創造した。


現れた壁は一枚。

敵の攻撃を防ぐ城壁のようなものをイメージして作ったそれは、侍女長が以前に作った氷の壁よりも遥かに巨大で堅固である。

厚さはおよそ人間三つ分くらいで、高さは少なくとも10メートルはあるだろう。


まさに圧巻と言わんばかりに威圧的なその壁は、何百と存在する氷の刃を防ぎ切った。


「……なるほど。そう言えば、貴方には炎以外に土属性の適性がありましたね。あまり訓練でも使わせていなかったので忘れていましたが……どこかで練習でもなさっていたのですか?」


ーー健気ですね、と壁の向こうから聞こえるくぐもったその声は、幼児を褒めそやすかのような声音で、明らかに嘲笑の意味を含んでいた。


どうせその言葉の後には無意味ですが、とか続くんだろう?

俺だって分かってるさ、こんな壁がいつまでも保つわけがないことを。


だが、あくまでこれは俺が攻勢のきっかけを得るための布石でしかないんだよッ!


俺は出来るだけ足音を立てないように静かにその場を離れると、土壁を出来るだけ派手に破壊した。


「なっ!?」


ーードオオォォォン!


音は先ほどの氷と炎の衝突の比ではない。

四属性の中で最も質量のあるそれは、耳をつんざくような爆音を響かせ砕け散った。


そして、崩れた土壁からは朦々と土煙が舞い上がった。


「これは……なるほど、目眩しのつもりですか。確かにこれでは私には貴方を補足する術はないでしょうが……それは貴方も同じなのでは?」


立ち込める砂煙は体育館並みに広い訓練場内一杯に広がっていた。

そのため、俺を補足するどころか、審判や観客の人影すら視認できない有様であった。

おかげでこの決闘に関係ない審判役のカナちゃん様とシーフェがゴホゴホと咳き込んでしまっているが、それはまぁ仕方がない。

これで氷の刃による狙い撃ちは無くなった。


「ーーこれからは俺のターンだ」


そう呟くと、スペードの鍵を出現させた。







「なぁ、カイリちゃん。いつもめっちゃ速く魔物を狩ってくるけどさ、どうやって魔物の位置とか特定してんの?」


馬車での旅の途中、味気ない携帯食料は飽きたとか言って、魔物を捕まえて調理し始めたカイリちゃんにふとした疑問が思い浮かんでそんなことを聞いていた。

寝起きのためか、ぼけっとした顔をしている俺に対して、カイリちゃんは背中を向けながら淡々と説明してくれた。


「操氣術というのは、氣をかんじとる、たいないの氣を動かす、そしてその氣を発するの三段階がある、という話はおぼえているか?です」


「あぁ。で、俺は確か氣を動かす作業、練氣まで習ったんだよな?」


「そうだ、です。操氣術は発氣までふくめてセットのものだ、です。練氣までしかつかえないハンパもののおまえにはまだできないだろうが、他者やほかの生きものの氣をかんじとるには発氣と感氣をかけあわせるひつようがある、です」


「掛け合わせる……?」


しれっと毒を吐いてくるのはいつものことなので、そこはスルーしつつ疑問を呈すると、退屈な表情を浮かべながら彼女は教えてくれた。


「イメージとしては自分のテリトリーをひろげている感じだ、です。たとえば……おまえ、発氣はできないだろうが、たいないの氣をかんじとるときになにかべつのふじゅんぶつを感じないか?です」


「不純物……?うーん……」


眉間にシワを寄せて、体内にある氣に集中してみる。

すると体表に何か膜のようなものが張り付いているのがわかった。

これは……?


「……もしかして、俺が着ている服に反応しているのか?」


「それだけじゃない、です。からだについたホコリ、びせいぶつ、はてはくうきまで……自分の氣のテリトリーにあるものはすべてかんじとれる、です」


「なるほど。じゃあ、この感覚を外に向けて少しずつ発していけばーー」


「やがてはテリトリー内にはいったまものの気配にもきづけるようになる、です」


そう言って、俺が背もたれにしていた木をスパッと切り裂いた。


ーーグジャアアアアアッッ!!?


一瞬、何事かと驚いたものの背後から聞こえる魔物の悲鳴を聞いて、得心する。


「助かった……ありがとう」


「ふんっ、べつに、です」


後ろを振り向かずに手だけを背後に振り向いた姿勢を取っていた彼女は、姿勢を元に戻すと、また黙々と魔物を解体する作業に入った。


俺はそんな小さな後ろ姿を静かに眺めていた。







他人の気配を感じとることができるというのは中々のアドバンテージだ。

特に相手が俺の姿を見失っているような現状では、殊更に有利に働くだろう。


あの馬車の旅からカイリちゃんとは会ってないけど、それでも彼女から教わった操氣術についてはかなり修練を重ねた。

一応、発氣まではできるようになったし、鍵なしでも狭い部屋ぐらいなら気配も感じ取れるようになった。


そんな俺にとって、鍵の異能を用いた状態であればこの視界不明瞭な状態でも侍女長の位置を知ることなど造作もないことだ。


「よし、いくぞ」


声で位置がバレないように静かに自分を鼓舞すると、地面に手を置いてイメージする。

創造したのは、この土煙を乱さない土の魔導。

蟻地獄のように地表に大きな穴を作り、巨大な土の顎を持って敵を噛み砕く魔導。

それを侍女長の足元に設置して……発動!


「……よく、場所が分かりましたね」


ーーーパキンッ!


不思議がるようにそう呟くと、侍女長は足元の蟻地獄に引っかからないように地面を凍らせた。

下に設置していた顎はその分厚い氷を噛み砕かんと牙を鳴らしていたが、どうやら威力不足のようだ。


仕方ない、次だ、次!


侍女長の言葉には耳をかさずに、すぐさま次の魔導に入る。


今度は彼女を取り囲むように作った土の大砲である。

これは俺がどこにいるかを分からないようにするためと、先ほどの氷の刃による物量戦に対する意趣返しのようなものである。


ーー射出。


ボソッと呟くと、ドォンッ!と鈍い音がして筒に入った巨岩が次々と侍女長目掛けて飛んでいった。


「ふふっ、奥の手を持っているのはお互い様、というわけですか」


巨岩が発射された音に比べて、その声は蚊の鳴くようなか細い声だった。

なのにも関わらず、明確にはっきりと俺の耳に届いていた。

これは氣で強化した聴力によるものなのか?それともーーー


ーーーパキンッ!!!


そこまで思考して気付いた。否、気付かされた。

先ほどまで荒ぶっていた砂埃が、敵を打ちのめさんと攻撃していた大砲が、そしてそれらの魔導を発現している俺の右腕が……。


ーーその一切が氷漬けにされていることを。


「これで漸くお話ができますね」


「……は?」


今までの俺の全ての攻撃が、全ての布石が、全ての努力が……まるで無駄だったと言わんばかりに嘲笑してみせる侍女長に対して、俺は間の抜けた声を出すことしかできなかった。









おっ、主人公の無双回か!?と思わせて実は全部侍女長の手のひらの上だったと言うね……。



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