67.想定外
普段からの訓練相手である侍女長ラルファとの決闘。
率直に言って、正攻法で勝てるとは全く思わなかった。
お互いに日々の手合わせでお互いの手練手管を知っている間柄であると同時に、俺と相手との力量差もはっきりとわかっている。
当然、俺の方が圧倒的に劣っている。
鍵の異能を使えば瞬間的には勝るかもしれないが、それも一時的なもの。
相手が奥の手でも出してきて少しでも粘られれば、その時点でタイムオーバー。
持久力に難のある俺は、すぐにへばってしまうことだろう。
となれば、搦手でいくしかない。
開く力がダメなら閉じる力に賭けるしかないだろう。
算段としてはこうだ。
基本的に侍女長は、近接戦を好む。
一撃目は跳び膝蹴りやハイキックによる奇襲。
その次に拳か氷弾が飛んでくるというルーティン。
今までの訓練全てがその流れだった。
大抵は強烈な侍女長の蹴りに反応できずにぶっ飛ばされるか、次の一手に対応できずにその場に叩きのめされるかのどちらかだったが……。
俺も俺で一応訓練中にほとんど使わなかった力がある。
それは、カイリちゃんに教わった氣の力である。
いや、まぁあんまりにも攻撃が激しかったときには使ってしまったことも若干あるが……ほとんどその存在を露呈するような場面にはなっていない、筈だ。
一応、侍女長と本気で敵対する場面を想定して、鍵の異能と氣についてだけはそれなりに隠し通してきた。
今こそこの力を解放するときであろう。
最悪、異能も露見させていい。
今はこの決闘に勝ち、この場を安全に離脱することが最重要案件だ。
段取りとしてはこうだ。
俺が手繰れる氣の全てを反射神経に集中し、侍女長の蹴りを回避しつつ四肢のうちどれかの機能を異能で閉じる。
流石の侍女長も四肢の一部を十全に扱うことができなければかなりの戦力ダウンになる筈。
その後は慎重に侍女長の身体機能を少しずつ封じることで完封勝ちを狙う作戦だ。
閉じる能力は、強力な能力であると同時に敵に接触しなければ使えないというかなりのデメリットも存在している。
特に侍女長のような近接戦タイプに使用するには多大なリスクが生じるだろう。
少なくとも無傷で勝利するなど不可能であろう。
まぁ、とにかく今回は勝ちさえすればいい。
そうすればここを出ることは可能な筈だ。
そのためには多少の怪我など気にしない方針で行こう。
ーーそんな俺の想定は簡単に覆された。
◆
初手の飛び蹴りを警戒して反射神経に氣を集中させた俺は、ゆっくりと動く侍女長の姿勢の変化に違和感を覚えた。
彼女は普段の訓練で見せるような跳びあがるような姿勢を取ることなく、その場で地面を蹴った。
ーーーパキンッ!
その瞬間。
彼女の足先から動線をなぞるように、俺に向かって一直線に氷の刃が飛んできた。
「うおぁッ!?」
ヒュン、と鋭い音を立てて飛んでくるそれは、普段の俺で有れば絶対に反応できないほどのスピードであった。
現に避けられた侍女長自身も若干驚愕の表情を浮かべている。
しかし、それも一瞬のこと。
すぐにいつもの鉄面皮に戻ると、連続で何本もの刃を俺に向かって蹴り出した。
先ほどの一本の刃が試運転であったことを悟らせるほどの幾百に及ぶ白い刃の群れ。
まるで視界を真っ白に覆われたのではないかと錯覚させるほどの多大な量を誇るそれらは、控えめに言って避けられる気がしなかった。
故に、切り札を一つ切った。
「おぉぉぉッ!魔力解放ッ!!!」
胸にはハートのマークが描かれた鍵が一つ。
ゆっくりと胸に飲み込まれていく。
それと同時に敵の魔導の弾幕を打ち破らんと必死に炎を荒ぶらせる。
ーードオオォォォンッ!
質量を持ったその氷の刃を熱量で溶かし尽くす。
何かが熱せられたような、あるいは何かが衝突したかのような巨大な音が鳴り響いた。
「はぁはぁ、はあ……」
いきなりの全力。
身体が追いついていないのか、息切れのようなものを感じる。
とりあえずは攻撃を防いだ。
……が、これで安全安心の完封勝ちは無くなった。
ここから急戦だ。
俺がいかに体力を消耗するより速く敵を倒せるか。
その一言に尽きる。
とはいえ、流石に相手も俺の全力には多少怯んだ筈。
その隙をついて一気に押し込めばーー
そう考えて顔を上げれば、そこには既に次の攻撃を構えた侍女長の姿があった。




