64.我慢
「はぁー?それ先週も同じこと言ってなかったっけー?」
「も、申し訳ありません……し、しかし、我が王国の戦力を魔国まで進軍させるのは非常に厳しい状況でして……。前回の魔族たちの襲撃により、復興にも力を注がねばなりませんしーー」
「ふーん……」
額に汗をたっぷりと滲ませながらしどろもどろに弁明してみせる、ガマガエルのように肥え太った騎士団長の姿を横目に、勇者は爪垢をフッと飛ばしてみせる。
「その復興とやらは、どのくらいかかる予定なんですかぁー?」
「ふ、復興の目処はまだ立っておらず……最低でも後半年はかかるかと……」
「随分とかかるんだねー」
「申し訳ありません……っ」
スッと目を細めて追及してくる勇者に対して、戦々恐々の思いで騎士団長は頭を下げる。
勇者の胴体程に太いうなじを確認した勇者は、フッと笑って謝罪を受け入れた。
「オッケーでぇーす。じゃあ、マティスくんの奪還は僕たちだけで行ってくるんでーー」
「ーーお、お待ちください!もしかして、勇者様単独で魔国まで出陣なさるおつもりですか!?」
「いやー。一応、何人かお供は連れていく予定だけどー?」
一瞬、否定の言葉が出て安堵する彼だったが、続く言葉で更に青ざめる。
「ゆ、勇者様……どなたを連れていくおつもりなのかはわかりませんが……兵力を損耗している王都は、非常に危険な状況にあります。そのようなときに勇者様がここを離れられるというのはーー」
少し考えれば分かるだろ!と怒鳴りつけたくなるのを堪え、彼は必死に下手に出て勇者の出陣を阻止しようと試みる。
「しかも、隣国である帝国がいつここを狙うかわからない状況にもある訳です。ですので、遠征はお控えにーー」
「ーーはあ?」
「ひぃっ!?」
温度が二、三度下がったのではないかと錯覚するほどの冷たい疑問符に思わず騎士団長は、悲鳴を漏らす。
「僕さぁ、これでも結構我慢してるつもりなんだよねー。君たちと違ってプレイヤーには代えがないからさぁ、マティスくんに死なれると全部がおじゃんになるわけですよねー。だから、はやく助けに行かなきゃいけないと思ってるのにさぁ。君たちときたら、今は時期じゃないとか埋伏の時だとか訳のわかんないことゴチャゴチャ言ってさぁ?その上、僕の単独行動にまで制限をつけるつもりかい?一体、何様なんだよ?」
勇者の怒りに呼応するかのようにバチバチと銀色の線が周囲に出現する。
「大体さぁ?僕が何で君たちの言うこと聞かないといけないわけぇ?僕はあくまで魔王退治をするのが役割だよねぇ?王都とか言うクソどうでもいい所を守る役割じゃないと思うんだぁー?じゃあ、僕がする必要ないよねー?君らが勝手に守りなよ。ね?聞いてる?」
無駄に装飾がついた騎士団長の襟を掴んで揺さぶって見るも、反応はない。
後ろで控えていたアキトが溜息を吐きながら、言う。
「もうやめてやれ。そいつ、死んでっから」
「あ、ホントだ。さっき苛立った弾みで殺っちゃったかな?」
実力ではなく、ほとんど金と血筋でこの地位まで上り詰めたお飾りの団長には、勇者の怒りの余波に耐え切れなかったようだ。
やべー、失敗しちゃったよ、と軽めに反省する勇者にアキトは問う。
「それで?どうすんだよ、軍部の責任者的な奴を殺しちまってよ。これでもうこの国は頼れないぜ?」
「んー、元からそんなに当てにしてなかったからなぁ。良いんじゃない、僕と君の二人で」
「はぁ!?俺たち二人で魔国に突っ込むってのか!?冗談じゃねぇぞ!」
「えー、でも他に方法ないじゃん。この国の奴らは頼りになんないしー」
「……手伝ってくれそうな奴に何人か心当たりがある。だから、そいつらを誘うまでちょっと待て。……無理だったら、仕方ねぇから二人で行くけどよ……」
本当は行きたくないけど……とぼそりと呟くアキトを無視して、勇者は立ち上がる。
「オッケー。じゃあ、期限は一週間だから。それ以上は待てないよー」
「りょーかい。一週間後にギルド前な」
「はーい。じゃ、その間僕はテキトーに暇つぶしでもしておくよー」
そう言って二人は騎士団の応接室を後にした。
尚、騎士団長の死体はそのまま放置された模様。