59.成功体験
もう一話は、ちょっと遅くなります……というか、多分夜中になると思います。
草木も寝静まった深夜。
俺は与えられた部屋のベットからゴソゴソと起き上がると、寝ぼけまなこのまま庭園へと向かった。
理由は早く魔装を習得するためである。
習得には凡そ二週間ほどかかる、と侍女長は言っていた。
特に急ぐ用事がないのであれば、俺もそのままダラダラと練習を続けていたが、自分の拳を見つめながら魔力を込める練習など退屈でしかないし、何より俺には女神より任せられた仕事がある。
勇者の支援して潤滑に魔王を退治する、という仕事が。
まぁ、と言ってもロクに15年間鍛え上げてなかったので俺の今の身体はさして強くはないし、あの侍女長がそれなりに強いとは言っても、たかが従者にあしらわれる有様である。
ここで修行をして強くなっておくというのは、手ではある。
……が。
それほど時間は掛けられないだろう。
勇者陣営はおそらく、王国が魔族から攻撃を受けた今回の件(侍女長から話を聞いた)を受けて、戦力を整えているところだろう。
特に、勇者は魔王討伐に向けて本腰を入れてくるはずだ。
今のままの実力で、そんな勇者の手助けが果たしてできるだろうか?
いや、むしろ足手纏いにしかならないだろう。
それではさすがに女神に申し訳が立たない、というか何というか……。
俺としては、15年間の自由という報酬を前借りしているわけだし、その分くらいの働きはしておきたいところだ。
と、すれば、今の俺がやるべきことは迅速に実力を伸ばすことだろう。
こんな魔装などという中級者レベルの技で手こずっている場合ではないのだ。
しかし、訓練時間を倍に増やしたところで一週間程度しか縮まらない。
しかも、睡眠時間を犠牲にしている分昼間は集中力が減るだろうし……それほど夜中の特訓は功を奏さないように思える。
そこで、取り出したるは俺の神から授かりし異能!『なんでも開閉可能な能力』の出番である!
これを使えば、俺の潜在能力を一気に解放することができるため、真の全力というやつで魔装習得に取りかかれるわけだ。
これならば習得スピードは何倍にも跳ね上がることだろう!
そして、将来敵になるであろう相手に異能を見られないようにする意味においても夜間の訓練が効率的なのである。
というわけで、庭園の管理人さんから使用許可を貰いにいく。
「すいませーん、庭園の使用許可をくださーい」
「ンー?キミって、夜勤のひとだっけ?」
「いやー、ちょっと訓練で使いたいんですけど」
「アー、そうかぁ……モしかして、最近ここに入ってきたっていう新人くんかい?」
「はい。そんな感じです。ここの侍女長の訓練についていくためにもっと練習をしたくて……」
「アー、そっかそっか……ウん、いいよ。熱心なのはいいことだからね。コこの利用許可を出してあげようじゃないか?」
「あっ、ありがとうございますっ!」
「ウぃ〜、ドういたしまして〜」
チャリ、と投げつられた鍵をゲットし、俺は庭園の中へと入っていく。
少し最初の言葉のイントネーションが変なこと以外普通の魔族である。
ここに勤めているコックさんなども含めて、この国の魔族たちは気前の良い人が多い。
おかげで無駄な嘘を吐く必要がなくなる。
庭園の中央まで来ると、握りしめていた拳をゆっくりと開いた。
それと同時に魔力を込めると、右手に微かな熱が篭るようになった。
おそらく火属性の付与に成功したのだろうが……。
「ふんっ………ンンンンッ!!!」
手首から先がどうしても付与することができない。
やはり、昼間と同じくここで詰まってしまっているようだ。
しかも、熱量も明らかに足りてない。
侍女長の手のひらにされた氷属性の付与は、一瞬にして壁を凍結させるほどの威力を誇っていた。
だったら、俺のこの拳にだって一瞬で壁を灰にさせるほどの熱量が込められていてもおかしくないはずだ。
だが、実際はポカポカと懐炉のような緩い熱を発するだけ。
「おそらく魔力の発現量が足りてないんだろうな……」
だから、全身を纏うほどの大きさにできないし、込められる熱量も低くなるのだ。
であれば、その閉じている発現量を解放すればいい話だーーー俺の全知全能の解鍵で。
◆
記憶がない状態とある状態での一番の違いは、自身の異能についてきちんと理解しているか否か、という点である。
記憶がない状態では、女神から受け取ったときの説明も全て吹き飛んでいるため、手探りで自分の力を把握しようとしていたが、今の俺にはそんなことは必要ない。
これは全てを開け、全てを閉じることができる万能の代物である。
よって、自分がどのようにこれを使えば魔装を効率よく使いこなせるようになるかを瞬時に理解していた。
「ーーんッ!」
カチャリ、と胸に刺さる僅かな痛みを感じながらも、俺の魔力発現量が爆発的に上がったのがわかった。
これで魔装を十全に使いこなせるだろう。
だが、この力は完璧ではない。
これはあくまで肉体の危険信号を無視して、肉体が本来出してはいけない出力まで無理やり出させているだけに過ぎない。
言うなれば、火事場の馬鹿力を故意に引き出しているようなものである。
そして、当然ながらその無理の代償は後の俺の身体にくることとなる。
そのため、バカみたいにはしゃいで無駄に身体に負担を掛けるわけにはいかない。
なるべく最短且つ最効率で事に当たらなければならない。
「……もって、おそらく3分ってところか。まるでどこぞのウルト○マンみたいだな」
俺が本来扱える魔力の限界を超えて引き出されているその量は、今にも全身を焼き尽くさんばかりに激しくまとわりついてくる。
これを魔装として正しく付与することが今回の俺の目的だ。
3分しか魔装が使えないなら意味がない、と思うやつもいるかもしれないが、俺がこの3分間に欲しているものは正確には成功体験というものである。
自転車に乗るにしろ、逆上がりをするにしろ、二重跳びをするにしろ……これらの技は一度成功した経験を得れれば、習得の難易度は通常の何倍も低くなる。
いや、むしろその経験さえあれば習得したも同然だというレベルだ。
魔装はその人の想像力によって形作られる、という侍女長の言葉が本当ならば、魔装も自転車や逆上がりと同じく成功体験が重要になるはず……。
つまりは、この3分間で得た経験は必ず俺の魔装習得を早めてくれるはずなんだ。
……と、根拠も推測もあやふやなまま暴走する魔力を必死に抑えつけ、3分後ーーー
確かに俺は、魔装の成功体験を手に入れることに成功した。