56.戦闘訓練
「あなたには姫様の護衛としての戦闘能力が不足していますので、この一ヶ月は主に戦闘訓練を行う事とします」
まだ、食堂も開いていない早朝。
朝の鐘の音と共に庭園へと呼び出された俺は、ショボショボする目を擦りながら、侍女長の話に耳を傾けた。
「勿論の事ながら、あなたには戦闘能力依然に礼儀作法、魔国語の習得、魔国史の暗記など、足りない技能は多くあるのですが、特に必要不可欠になるのが姫様を護衛する力です」
薄紅色の目をガッと見開きながら背筋をピンと伸ばしている侍女長の姿は、夜間に案内をしていたとは思えないほどに溌剌としていた。
しかも、俺の事を散々にディスってるというね……。
「というわけで、これから昼の鐘の音が鳴る間に致命打を与えてください。それができなかった場合は、夜まで補習となりますので」
「致命打……とは?」
「本来ならば、敵を行動不能に陥らせるほどの決定的な一撃を指しますが、私とあなたとでは実力に差がありすぎますので、急所に当てることができれば良しとしましょう」
「急所……」
「はい。頭、目、鼻、口、喉、鳩尾など人体の急所であると考えられるところであればどこでもオーケーです。ただし、私はハンデとして魔導は使いませんし、あなたに対して急所を狙うような真似は致しませんので、ご安心を」
無表情でそんなこと言われても誰も安心できねぇよ、とは思ったが、無駄口はたたかずにさっさと終わらせることにする。
「わかりました。早速、始めましょう。場所は庭園で良いんですか?」
「はい。ここは訓練場も兼ねているので、問題ないです。お互いが5メートル程距離を置いてからスタートとしましょう」
訓練場を兼ねてるって、ここは心を休める癒しスポットだったんじゃないのかよ!
「では、1、2、3、4……」
ゴクリと固唾を飲み、俺は構える。
そしてーー
「ーー5」
◆
5と数えると同時、侍女長は一足跳びにこちらへと突っ込んできた。
ハンデ云々と言っていたために、てっきりこちらの攻撃を待ってくれるのかと思っていたが、彼女にはそんな思考はないようだ。
「ふっーー」
「おあッ!?」
側頭部目掛けて放たれた鋭い蹴りを頭を抱えながら、必死に回避する。
……というか、急所を狙うような真似はしないんじゃなかったのか!?
思いっきりの俺の頭蓋を狙ってたぞ!
「この程度の鈍い攻撃など避けられて当然です。よって、これはただの牽制にあたりますので狙ったわけではありません」
「……そうですか」
何食わぬ顔でそう呟く侍女長の表情を見て、俺はますます油断ならなくなったと気を引き締めたいところだったが、ミニスカートでハイキックを繰り出したがために、純白のショーツが丸見えになっていてそれどころではない。
「ただの侍従の下着に赤面するなど……さてはあなた、童貞ですね?」
あぁ、そうだよ!童貞だよ!!
前世も含めて女の子とマトモに手を繋いだことすら両手の指ほどしかない、本物の魔法使い(笑)ですよ!
「だから何だって言うんだ……異性との付き合い云々が戦闘の何の役に立つってーー」
「ーーいえ、冷静さを失わなければ問題ないですよ。マティス」
「ほぇ……?」
先ほどまで正面にいたはずの侍女長の声が、真後ろから聞こえた。
すぐさま振り向こうとしたが、首を掴まれて断念する。
「この一瞬で背後に……っ!?」
「これが魔導抜きでの私のトップスピードとなります、マティス」
ひんやりと冷たい彼女の手が、何故だか死神の鎌を連想させる。
一応、外してみようと両手で動かそうとしたがコンクリで固めたかのようにビクともしなかった。
「あぁ、そういえば言い忘れていましたね。私は鬼族のラルファと言います」
ーーこれから長い一週間となるでしょうが、よろしくお願い致します。
その言葉と共に、目の前が真っ暗になった。




