55.侍女長
まるで従者のような格好だ、と感じた俺の勘は案外外れではなかったらしく、実際にここは従者の館であるらしい。
ただ、何で俺が魔王の従者の館にいるのか、とか従者の制服を何故俺が来ているのか、とか王立魔法学園はどうしたのか、とか色々聞きたいことはあったが、とりあえずは俺の案内役であるらしい彼女の指示に従い、館内の案内をしてもらっていた。
「そして、ここが従者の館に設置された庭園です。鮮やかな緑と綺麗な造形をした噴水によって、幻想的な空間となっていますので、休憩中の際に精神的な疲れを癒すスポットとして従者の間で人気となっております」
「はぁ……そうですか」
確かに日中であれば、ここは彼女の評する通り幻想的な空間として人気の癒しスポットの体をなしているのかもしれないが、少なくとも現在時刻は深夜である。
草木も眠る丑三つ時、という言葉からもわかる通り、草木たちの日中の活発さは見る影もない。
一応、夜も昼も姿形は変わっていないのだろうが……暗闇の中では随分と萎れて見える。
更に言えば、庭園の中央に設置されている噴水らしきオブジェクトは、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ奇怪な何かとしか表現できないような状況であり、この時間帯の庭園を癒しの空間とはとてもではないが言えない有様であった。
……どう考えても、案内する時間を間違えてるだろ。
そう思ったものの、決して口に出すようなことはしない。
それは道中で軽口を叩いたときの絶対零度の視線を向けられたことからも、悪手であることを理解しているからだ。
おそらく、無駄な事は一切省いて、全てを効率的に済ませたいタイプなのだろう。
夜間に案内をしているのが、良い証拠だ。
しかし、だからと言って不平不満を漏らすわけにはいかない。
現在の俺の立ち位置がどういったものであるかわからない以上、軽率な発言は控えるべき。
まぁ、手当とかしてもらっているから、そこまで悪いものじゃないんだろうが……。
「では、これから食堂の方へご案内致します」
「……わかった」
もう何度目になるかわからないほどに聞き飽きた彼女の味気ない案内に、機械的に返事をすると、彼女の後ろをついていった。
◆
およそ体感で2時間。
館内が広大なせいか、彼女の短すぎる案内でもかなりの時間を要した。
その間、私語は一切なし。
苦行のごとき沈黙であった。
しかし、それもこれで終わりである。
「最後に、ここがあなたが無様に寝そべっていた医務室になります。通常は、狩りや戦争などで傷ついた兵士たちを癒す場所です」
言外に、「テメーみたいな役立たずが利用していい場所じゃねぇんだよ!」と言われている気がしてならないが、言っても藪蛇になるだけなので、ここはスルーの方向性で。
「さて、これで館内の案内は終了しましたので、あなたの今後について話していきたいと思いますが……何か異論はありますか?」
あっても認めないとばかりにガンと睨みつけられては、誰も異議を唱えられないだろう。
実際、俺はバカみたいに首を縦に振ることしかできなかった。
「……よろしい。では、早速説明に入ります。あなたは、従者の館に勤務していただく事となりましたが、ここの従業員とは異なり、主に姫様の護衛役として働いてもらうことになっています。……まぁ、姫様の眷属なのですから当然ですよね」
「……」
「ですので、一ヶ月間の育成期間を設け、侍女長である私自らが直々にあなたを鍛えさせていただきます。よろしいですね?」
「えっ、ちょっと質問がーー」
「ーー返事は?」
「……………はい」
ようやく俺自身の説明という事で、やっと今までの謎が全て解けると思っていたのに、むしろ彼女……いや、侍女長の無駄を端折りすぎた説明のおかげで謎が増大してしまった。
しかも、今回も質問は受け付けないというね……。
「チッ………あなたの聞きたい事が何であるかは、ある程度見当がつきます。……が、あなた程度の時間に割いている余裕はこちらにはないのです。私の言う事を理解したら返事。理解できなくても返事です!いいですか?」
「はっ、はい!」
有無を言わさず、とは正にこのこと。
横暴すぎる侍女長の圧に俺は抵抗できなかった。
それと、舌打ち怖っ……。
「後、魔王城に住んでいらっしゃる上級魔族は勿論の事、私を含めここにいる従業員全てに敬語で話していただきます。先ほどのような舐めた口調で話せば、命はないと思いなさい。では、朝の鐘が鳴ると同時に庭園の前でお会いしましょう」
そう言ってギロリと睨みつけると、侍女長はその場を後にした。
結局、俺が知りたかったことは何一つとして知ることができなかった。