4.消毒
俺はなんとも運が良い男のようで、日が天辺に昇ったあたりで最寄りの村という集落みたいなところに辿り着いた。
人の姿を発見したので、これ幸いと近くに大きな街がないか聞いたところ、ここから歩いて約二日ぐらいのところに店やら何やらが豊富にある街があるらしい。
日用品を買うならそこがオススメだ、と自分たちのことを訝しげに見つめながらも丁寧に教えてくれた。
「ここから約二日ぐらいなら食料は普通に持つな」
「もんだいはこれだけのおかねでたりるのか、ということです」
現在の所持品は金貨一枚。
日本円で換算すると、おそらく一万円ぐらいなんじゃないかと思われる。
服は、特にカイリが欲しがっているローブはこの世界では高級品に当たるので、新品を買おうと思えば普通に2桁単位で金貨が飛んでしまう。
だから、中古を買うことになるのだが……。
彼女は臭いから着たくない、と頑なに言うのだ。
いやいや、そんな贅沢言ってる場合じゃないでしょう?とは思うものの、俺もおっさんのお下がりを着たいとは思えないので、ここまで有耶無耶にしてきたが……。
「まぁ、もしかしたらローブは超安いのがあって、金貨一枚ぐらいかも知れないけど……」
「それだと他のにちようひんがかえない、です」
「……そこなんだよなぁ」
日用品。
少なくとも食料は必須。
今の俺たちの食料では精々持って二週間ぐらい。
たとえ俺たちが最短で王国に辿り着くにしても、一ヶ月はかかるのだ。
魔物に襲われたときに自衛できる体力を残すためにも、食料を削るわけにはいかない。
となると、どう考えても金貨一枚じゃ足りなくなるのは目に見えているのだが……。
「しょうがない、です。とりあえず、どうちゅうの魔物をかってうるしかない、です」
わお、カイリちゃん、なんてワイルドなんだ。
お兄さん、ほとんど戦闘経験皆無の農民Aだから魔物なんかと戦えないぞ?
戦えるのは精々、チワワかポメラニアンぐらいの小型犬だけなんだからな?
そして、それらすら前世では敗北に終わってるんだからな?
そこんところ、ドウユー、アンダースタンド?
「かとうなニンゲンよりもわたしの方がすぐれているんだから、かりはわたしがする、です。おまえはじゃまにならないようにみてればいい、です」
うわっ、今胸キュンしました!
カイリちゃんの男前すぎる発言に胸キュンしましたよ!!!
「へんじは……?」
「はい、わかりました!」
というわけで、俺たちは道すがら魔物を狩っていくことにしましたとさ。
◆
よくラノベとかで、最弱系主人公にありがちなんだが……。
奴らは見てるだけ、戦闘とか辛いことは全部ヒロインに任せっぱなし。
それなのに複数人の女の子からイチャイチャしてもらえる。
そんなの俺でもできるやんか!とは、主人公に突っかかっていったモブBのセリフだったりするんだけど……。
しかしながら、戦闘をただ見守るというのも相当大変なんだなぁ、ということを理解した今日この頃であります。
少しだけ回想、というダイジェストで説明します。
あの後、俺たちは日が沈むまで街の方向目掛けてひたすら歩き続け、そしてあたりが薄暗なったくらいで、野営を始めることにしました。
と言っても、俺たちには火種とか薪木があるわけじゃないので、ちょっと安全そうなところをカイリちゃんに選んでもらって、後は就寝という流れだった。
ちなみに、不寝番は基本的にカイリちゃんがしてくれるらしい。
少女が寝床を用意し、少女が見張りをし、少女が護衛をする……。
うん、こうやって客観的にみると俺ってばメチャクチャ屑じゃん?
ま、それは置いておくとして、さぁ寝るぞという段階になったところで奴らは現れたんです。
ーーーワォオオオオオンッ!!!
そうです、ウルフです。
正式名称が何なのかは俺にもよくわかんないけど、とりあえず見た目がウルフです。
そんなウルフさんズは、俺たちを格好の獲物と見たようで、五匹が円状になって俺たちをぐるりととり囲みました。
一方、こちとら貧村生まれ貧村育ちのただの農民ですからね、そりゃもうガタガタブルブル震えることしかできませんよ。
第一、戦闘能力が皆無であるからして……。
さて、そんな情けない従者に対して、意外にもカイリちゃんは優しげな笑みを俺に向けて、そのあったかいおててで俺を軽く撫でると、韋駄天の如きスピードで目の前にいたリーダー格っぽいウルフの首をちょん切りました。
ええ、それはもう真っ暗闇の中、鮮やかな赤い花が咲き誇ったかのような光景でした。
さすがにいきなり殺されるとは思いもしなかったのか、ウルフさんズも動揺して動きが止まってしまいました。
その隙をついて近くにいたウルフをもう一体首チョンパ。
ここで初めてウルフさんズはカイリちゃんを攻撃しようと動きますーーーただ一体を除いて。
そうまさかの一体だけ、何を考えたのかは知らないが、ウルフが俺目掛けて襲いかかってきたのです。
カイリちゃんが二匹を首チョンパするスピードよりもウルフが俺を攻撃するスピードの方が些か速い。
そして、不意を突かれて全く動けなかった俺の顔目掛けて鋭い刃をーー
ーーズシャアアアアッ!
ウルフがひっ掻く前にカイリちゃんがウルフを攻撃していたようで、顔面の負傷を避けることには成功したが……。
その代わりに、右肩がざっくりとウルフの爪によって抉られてしまいましたとさ。
以上、回想終わりです。
いや、こんな冷静に言ってるようだけどマジで痛いからな?何なら現在進行形で痛いから!
「ごめん、です。まさかヨワいヤツからおそってくるとはおもわなかった、です」
「……」
いや俺もまさかとは思ったけど、よくよく考えてみたら弱者から倒していくのは狩りの鉄則だ。
そのことを一切考慮せずに、敵前でのほほんと構えていた俺が悪い。
だからカイリちゃんが謝る必要はない。
……なんてかっこいいことが言えたらよかったんだけど、俺は絶賛痛みにもがき苦しんでいる最中なので、容易に口を開くことができない。
というか、ふとした瞬間に叫んでしまう可能性すらある。
いくら俺よりもカイリちゃんが強いとは言っても、さすがにそこまで情けない姿を見せたくはなかった。
なんて、こんなのはくだらない男のプライドに過ぎないだろうが。
現在、ウルフさんズによって襲われた場所から少し離れた水辺に俺たちは腰を下ろしていた。
理由は俺の怪我の消毒だ。
頬を軽く切ったとか、切り傷が少しついた、とか。
その程度の軽傷であればそこまで必死に消毒する必要もないんだろうが。
今の俺は何気にシャレにならないレベルの怪我を負っている。
具体的に言えば、肉が抉られすぎてもう少しで白い何かが見えかかりそうなレベルだ。
……当然ながら、白い何かとは骨のことだ。
前世では、比較的平和な生活を送っていたので、骨剥き出しのレベルの怪我なんか負ったことがない。
だから今やっている消毒方法が正しいかどうかはわからない。
それでも、素人には水で洗い流すことしかできないのだから仕方がない。
そんなことを胡乱気に考えながら、水の痛みに堪えていると突然断続的にかけられていた水が止んだ。
「何してーーー」
「ーーーピチュ、クチュ、クチャ……」
「んっ!?」
疑問を口にするよりもはやく、カイリちゃんは次の行動に出ていた。
それは、俺の傷口を舐めることだった。
ーークチャ、クチ、ピチュ……。
フサフサした大きな耳が俺の頬をくすぐりながら、絶え間なく水音を奏でる。
痛みはーーーあまりない。
というか、意識すらが少しあやふやな状態だ。
謎の酩酊感……もしかしてアドレナリンでもドパドパ脳内から出てたりするんだろうか?
なんて、益体もつかないことを考えながら、俺はいつの間にかに眠っていたーー
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