45.魔法の発現
ギリギリ間に合った……。
さすが王国一の学園と謳われるだけあって、実習室は広かった。
理科室に置かれているような黒い机が何十と並び、机上には実験に使うのであろう機材が所狭しと置かれていた。
シーフェはその中から適当に一個の机を選ぶと、何かのメーターが表示されている灰色の装置を手に取った。
「これは魔力の波長を感知して、その人に適した系統と属性を示してくれる魔導具なんです」
「……へぇ、それは便利な道具だな」
そもそも魔導具って、何だっけ?とは思いはしたものの、話の腰を折る気がしたので、とりあえず先を促す。
「ここに手を乗せれば勝手に魔力を吸い取ってくれるので……試しにやってみてください」
「わかった」
台座のようなところに手を乗せてみると、キリキリとゼンマイのような音を立てて指針が動いた。
指し示したのはーーー
「マティスさんは……発現系統の火、土属性が適正みたいです」
「あっ、はい。ありがとうございます」
画面に表示されている二つの指針が、やたら滅多に揺れ動くものだから、てっきりエラーしたのではないかと思ったが、そんなことは全くなく……。
至って正常な数値が出ているそうだ。
どこをどう見たら、俺の系統や属性がわかるのかは知らないが、とにかく知ることはできたのだ。
次は実践あるのみである。
「マティスさんは見たところ、まだ魔力の扱いに慣れていないようですので、とりあえずは初級の魔法を試してみましょう。魔法は、詠唱文とその魔法の成功形をしっかりと想像するのが重要になります。初めは詠唱文を覚えきれなかったり、魔法の形を想像できなかったりで、失敗することがあるとは思いますが……。めげずに挑戦を繰り返しましょう」
「はい、わかりました」
「では、手本として私がやってみせますね」
そう言うと、机の上に水を入れたビーカーのような容器を置いた。
「では、詠唱します。“我、水を以って、球を象る”ーー『水球』」
「うおっ!?」
シーフェの手に青白い光が灯るのと同時に、容器に入っていた水が一人でに浮かび上がって球体を形作った。
「これは……」
「支配系、水属性の水球の出し方です。支配系は発現系とは違って、周囲にある自然の力を利用して魔法を行使します。そのため、少し手間がかかったりしますが……魔力の消費を節約することができます」
右に左に、と水球を移動させながら彼女はそう言った。
「ただ、私は発現系統の魔法が使えませんので、マティスさんに直接的な見本を見せることができません。誰か、火属性か土属性の発現ができる人がいればよかったのですがーー」
と、彼女が眉を顰めたところで、ドオォンッ!と机を叩いて会話に割って入ってきた奴がいた。
「火属性の発現なら、俺が使えるぜぇ?お姫様ぁ」
毛髪も目の色も火のように真っ赤な男子生徒がそこにはいた。
「あれ?さっきまで誰も居なかったようなーー」
「あーあー、Eクラスの雑魚になんか、話聞いてねぇからぁ。俺はお姫様に聞いてんのぉ?君、確か火属性の発現が見たいぃ、とか言ってたよなぁ?」
「は、はい……そう、ですけど……」
チャラい男子は苦手なのか、若干噛みながらもシーフェは首肯した。
「んっんー、いいよ、いいよぉ〜、見せちゃおうかなぁ、俺の魔法ぅ。何が良いぃ?初級?中級?それとも、上級ぅ?」
「し、初級の火球を、見せてください……」
「おっけーぇ……“我、火より、球を発す”ーー『火球』」
男子生徒が呟くと、目の前にボーリング球サイズの火球が確かな熱量をもって虚空に現れた。
「んー、どうよ?」
「……このような感じで、マティスさんも詠唱してみてください」
火球をチラつかせて自慢気に見せてくる赤髪の男子生徒を横目に、シーフェは何事もなかったかのように魔法の実習を続けた。
……え?それで良いの?
なんか紹介とかあったりするんじゃないのか?
こいつ、シーフェの友達だろ?
というか、シーフェの姫という呼称が気になるんだけど……。
とは思いはしたが、シーフェの真顔に圧されて俺も粛々と詠唱を始める。
「えーっと……“我、火より、球を発す”ーー『火球』」
覚えたての詠唱。
たどたどしくも、完全な詠唱とそれなりの想像力のおかげで、魔法は発動した。
……が。
「あれあれ〜ぇ?俺のに比べると随分とぉ、小さい火球ですねーぇ?というか、そもそも火の体をなしていないようなぁ?」
そう、赤髪の男子生徒の言う通り、俺の火球は不完全な状態で姿を現していた。
大きさはピンポン球ぐらいで、温度はぬるま湯ほど……。
こんなものは、とてもではないが、火球とは呼べないだろう。
失敗だ……。
そう思ったが、シーフェからは賞賛の言葉が飛び出てきた。
「初めての魔法の行使で、ちゃんと魔法が発動するなんてスゴイですよ!マティスさん!」
「……え?」
「発現系統は最も行使するのが、難しいと言われているんです!それを初回でしてみせるんですから、マティスさんには才能があります!」
「でもぉ?俺にはぜんっぜん、レベルが及んでねぇぜ?」
「確かに貴方と比べれば、まだまだ劣る部分が多いですが、そこは練習次第でなんとかなります。だから、気落ちせずに頑張っていきましょう」
「……わかりました」
ねちっこく嫌味を言ってくる、男子生徒の発現も気にせずにシーフェは明るく励ましてくれた。
おかげで、先ほどの失敗がそれほど気にならなくなってきた……ような気がする。
そんな俺たち二人を見て、赤髪の男子生徒は軽く舌打ちをすると部屋から出ていった。
「邪魔者もいなくなりましたし……とりあえずは、教室に戻って詠唱文の勉強をしましょう」
「……わかりました」
先生はいないし、クラスメートも一人だけと寂しい学園生活だと思っていたが……案外、こういった生活も悪くないかな、と思い始めていた。
追記:体調が悪いので、10月14日の分は延期します。15日に二話投稿しようかな、と考えましたが、あんまり二話連続で投稿を予定して成功したことがないので、10月18日に投稿しようと思います。明日には、体調が回復していると思うので、明日の投稿を延期する予定は今のところないです。