3.じゃあ、行くか
サブタイトルが完全にテキトーですけど許してください。
うん、しばらくしたらサブタイトルのつけ方考えますんで……。
この世界では、野営をする場合はできるだけ水辺で行うのが常識らしい。
それは奴隷商人だった彼らも例外ではなく、きちんと綺麗な水源が近くにある地点を野営場所に選んでいたようだった。
ただ、俺たち元奴隷はその水源の場所を教えてもらっていなかったので、獣人であるカイリの鋭い五感をフル活用してもらうことで発見に至ったわけだが。
水源は、池というか泉というか……とにかく川が多い日本ではあまり見られないタイプの光景で、ここが異世界なんだなー、と改めて思い直すような幻想的な風景だった。
まぁ、これから俺がその風景を小汚い身体でぶち壊しにしてしまうのだが……。
水浴びをした後、えらく硬い黒パンと干し肉を水で流し込むようにして無理やり食し、今後の方針を定めることとなった。
「わたしたちは今、帝国とよばれるニンゲンたちが調子にのってる国にいる、です。ここでおろかなニンゲンどもを一掃ーーしたいところ、ですが、いくらニンゲンが弱いといっても、さすがにわたしひとりではかてない、です。なので、まずは故郷へかえることを優先する、です」
「なるほど」
獣人は一人で人間十人分の身体能力を発揮する、と言われるほど驚異的なフィジカルをしている。
その身体能力の高さは全種族中随一という話もあるくらいなのだ。
奴隷商人三人や四人、簡単に蹴散らせてしまうだろう。
ちなみに、単体では完全に勝っている獣人に対して、俺がタメ口で話しているのは本人の意向によるものだ。
なんでも、あまり従者然とした付き人は好きではない、ということだ。
おそらく、獣人国は帝国とは違ってあまり上下関係がない国なのだろう。
実際、俺も敬語は得意なわけではないので、その提案をありがたくのませてもらった。
閑話休題。
しかし、だからと言って獣人が無敵なわけではない。
人間には獣人に存在しないある圧倒的な力がある。
ーーそれは数である。
俺は家が、というか村全体(村長を除いて)が貧しかったのでろくに勉強もさせてもらえなかったが、それでも人間この世界の人類の六割を占めるという話ぐらいは聞いたことがある。
そのため、大抵一種族につき1カ国であるのに対して人間だけは三ヶ国も存在しているのだ。
そして、その三ヶ国の中で最も人口が多い国こそがここ、帝国である。
総人口が何人なのかは知らないが、噂に聞いた話ではよその国の三〜四倍近くあるらしい。
そんな国と全面戦争を起こそうと考える他種族はまずいないだろう。
カイリは悔し紛れにかてない、と控えめに表現していたが、そもそもの話戦うこと自体実現できるような相手ではない。
最低でも獣人国の他に後二種族の戦力が必要になるだろう。
「ということは、とりあえずは王国方面から陸地で獣人国に帰る、ってことか?」
「その通り、です」
帝国から獣人国まで行けるルートは主に二通り。
そのうち一つが海路からの帰還になるが……。
帝国の乗船制度はかなり厳しく、他種族に当たるカイリはもちろんのこと、身分不詳な俺ですら乗船は許されない。
仮に乗船が許可されたとしても、乗船代が高すぎて支払えない。
それこそ、この国の貴族ぐらいしか使うことができない代物なのだ。
よって、必然的にもう一つのルートを通るしかないのだが……。
これがまあ非常に厄介だ。
帝国と獣人国の間には、標高10,000メートルを超えると言われる超巨大山脈が存在している。
この山を越えようとして死んでいった冒険者たちは数知れず……。
中にはAランクの上級冒険者でさえ帰らぬ人となったケースも存在している。
一説によると、山頂には龍族最高峰と呼び声の高い天龍がいるとかなんとか……。
とにかく、そんな命がダース単位であっても足らないような道を進むほど俺たちは命知らずではないので、陸路となると必然的に王国を経由して帰還する方針となる。
王国は帝国ほど他種族蔑視な国ではないので、そこまで着けばおそらく安全なのだろうが……。
「差し当たってはどうやって帝国を安全に脱出するか、だよな……」
「……」
先ほど馬車に置いてあった食料やらその他荷物を調べてみたが、ほとんどが酒などの趣向品で、俺たちが持っていく価値がありそうだったのは黒パンと干し肉がセットで三日分ぐらい入った袋(×3)と、金貨一枚のみ。
そして、水約一リットル入った水筒三つ。
どこの村にも街にも寄らずに王国に行こうとしたら、最低でも一ヶ月はかかる。
これは、道中盗賊にも魔物にも襲われず、病や怪我にもならずに全くの無傷で過ごせた場合の時間である。
それだとしても、目の前の食料では圧倒的に足りない。
明らかに道中での食料やらなんやらの調達が不可欠だろう。
「……まずは服がいる、です」
「なんで、服?」
それよりも食料とか暖をとれる毛布とか必要なものがあるだろう?
ちなみに、馬車の中に入っていたそう言った毛布類は血が染み込んで不快な臭いがしたので、捨てました。
「今のかっこうのままだとだっそうした奴隷だとまるわかりだ、です。とりあえず、わたしはこのみみとしっぽをかくせるローブがひつようだ、です」
「なるほど……」
確かに言われてみればそうだ。
俺からすればパンツがほとんど丸見えになってしまうほど際どい長さの貫頭衣は、眼福すぎて血涙が出るほど嬉しい衣装なのだが……。
このままの服装で歩いていたら、まず間違いなく帝国の軍に怪しい奴として捕まるだろう。
たとえそれがなかったとしても、他種族への当たりが強いこの国では、カイリの容姿を無駄に晒す行為は避けた方が良いだろう。
「つけくわえていうなら、帝都ふきんでのかいものもひかえるべきだ、です」
「そうだな。生活必需品はあらかたここら辺の田舎町で買っておいた方が良いだろうな」
田舎町なら獣人の一人や二人歩いていたとしても、気に留めない連中が多い。
というか、日々の暮らしを支えるため毎日を必死に働いている奴らからすれば、村に獣人がいようがいなかろうがさしたる問題にはならない。
「とりあえずの方針は決まったな。早速、近場の村へと向かうとしようぜ」
「じゃ、マティス。あんないしろ、です」
「ーーー」
そんな何気ないカイリの一言を聞いて、俺は絶句した。
いや、初めてカイリに名前を呼ばれたことに感動して……じゃないぞ。
ーーー俺が近辺の村を全く知らないことに、だ。
考えてみれば、当然も当然。
日々を生きるのに精一杯だったこの俺が、近隣の村がどこに位置しているかなどと気にするはずがない。
しかし、今は俺の事情なんかどうでもいい。
問題はーー
「ん?どうした、です。はやくあんないしろ、です」
「…………」
そう、問題はどうやってカイリに打ち明けるべきか、ということだ。
こんなキラキラした目で俺を見てこられたら、村の場所を知りません、なんて言えない。
「どうした、はやくしろ、です」
ーー言えない。
そんな俺の想いに押される形で口を突いて出た言葉は、「ーーじゃあ、行くか」だった。
行くか、って何処にだよ!?
と、ツッコミたくなったものの俺はそれを必死に堪えて歩き出した。
その足取りは、俺の人生史上最大に重かった気がする。
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