33.力試し《下》
諸事情により、9月21日と22日は投稿できません。
アキトが生み出した炎球によって、訓練場にはもうもうと煙が立ち込めており、カイリちゃんの安否がはっきりとは視認できない。
一応、煙の向こう側にカイリちゃんらしきシルエットがフラついている様が見えるので、おそらく致命傷までには至ってないのだろうが……。
審判役のギルド員も止めないことだし、まだ大丈夫なのだろう、と楽観視する。
それに、今はカイリちゃんの安否よりもアキトの魔法の威力に目がいっていた。
魔法名を唱えるだけであれほどの威力が出せるものなのだろうか?
だとしたら、魔術師が世界で一番強い職業ということになるが……。
俺がそう言った旨の質問をアルバにすると、彼女は即座に否定した。
「……私に限らず、魔法は長い詠唱を唱えるほど、強い。逆に短いやつは、弱い。魔法は、そうできてる。だから、省略詠唱であれ程の威力を出すのは、ただの人間には不可能」
「ただの人間には不可能、ってことはそれなりに才能のある奴なら可能ってことだろう?」
凡庸な魔術師では詠唱が必要なのかもしれないが……。
それこそ、Aランク冒険者ともなれば無詠唱であろうとあれくらいの炎球なら出すことが可能なんじゃないか?
そんな俺の問いに対して、アルバはまたしても否定した。
「……私の言う、特別な人間とは、神に選ばれた者のこと。即ちは、勇者や聖女」
「勇者や聖女……って、そんなのは物語に出てくるような伝説の存在じゃないか!?そんな奴が冒険者なんて仕事をするかッ、普通?」
「ついでに言うと、今代の勇者様は既に王国にて召喚されていると聞きます。勇者は一人しか存在しませんので、アキトさんはただの冒険者でしょう」
キーラの補足でアキトが勇者ではないことが証明された。
ましてや、聖女なわけがない。
少なくとも、あんなヒゲボーボーの聖女様なんて俺は認めないぞ!
「アキトさんの正体がどうあれ、Aランク冒険者としての実力は十分に発揮されたとみるべきでしょう」
そう呟くキーラの横顔は、アキトに対して感嘆や驚愕以外の感情が見え隠れしている気がした。
◆
戦局は突然動いた。
アキトから炎球を喰らった後、嵐の前の静けさのように沈黙を保っていたカイリちゃんが、急に獣の雄叫びのような叫び声を上げて襲いかかってきたのだ。
スピードは先ほどとは桁違い。
しかも、アキトの炎球によってできた煙幕が目眩しになっていて、容易に彼女の姿を捉えることができない。
……まぁ、あのスピードならば視界が良好だとしても俺には視認することは不可能だろうが。
ただ、観客席から訓練場を俯瞰的な視点で見れる分カイリちゃんの発見も早かった。
しかし、その頃にはいつの間にか伸びた爪をアキトの背後目掛けて振り下ろす姿だった。
ーー避けられないッ!
誰もがそう思ったその時。
「ーー獣化、か。その年で習得するたぁ、驚いたなぁ」
「ーーッ!?」
「ただ、まだまだ身体のコントロールが甘いけどな」
いつの間にカイリちゃんの位置を察知していたのか、グリンと首を傾けて背後にいるカイリちゃんを視界に収めると、突き出された右手に両手を添えるように掴むと背負い投げのような要領で彼女を投げ飛ばした。
「ガァアアアアアッ!?」
「いやぁ、悪い悪い。まさか種族の奥義を持ち出しちゃうほど大マジになるとは思わなくてよー。おじさん、ちょっと煽りすぎたかねぇ」
地面に背中を叩きつけられた痛みで喚く彼女に対して、普段と変わらないダラダラとした口調でアキトは話しかける。
「服とかもボロボロにしちまったし……ちょっと大人気なかったかぁ?」
「グッ!ガァアアアアアッ!?」
グイグイとカイリちゃんの身体の関節を極めにかかると、更に大きな声で彼女は叫んだ。
アキトの炎球によってボロボロにされた衣服は、カイリちゃんの全身を隠すには布地が足りておらず、彼女が動く度にチラチラと白い肢体が露わになる。
アキトが彼女の関節を極めるために抱きつくような姿勢になっているのが、何とも官能的になっている。
観客席にいる他の男性陣も頬を赤らめている者が多い。
そうこうしているうちに、締めに入ったようで、アキトが周りに聞こえないくらいの小さな声で何かをポツリと呟くと、麻酔銃で眠らされた毛利小○郎のように大人しくなった。
「うーし、俺はこの円から出ずに嬢ちゃんを気絶させることができたわけだ!よって、今回の決闘は俺の勝ちだ!」
アキトが勝利宣言をすると、審判役のギルド員はそれを承諾しカイリちゃんに向けてすぐさま医療班を送った。
彼は確かにAランク冒険者足る実力を俺たちに見せつけることに成功したようだが、戦闘最後の絵面(少女におっさんが覆い被さるようにして気絶させていたこと)がキーラやアルバの好感度を下げていた。
更に言えば、観客席に座っていた他の女性陣もゴミ虫を見るような目でアキトを見ていた。
この戦闘以来、俺は彼のことを心の中で勇者(笑)と呼ぶようになった。