32.力試し《中》
「戦うって言ったって、何も殺し合いをするワケじゃあねえんだ。なら、その戦いにはルールが必要だよなぁ?」
ギルドの訓練場。
どこからかこの決闘騒ぎを聞きつけたのか、観客席には冒険者やその他のギルド員がちらほらと腰掛けているのが見える中、フィールドのど真ん中でアキトがそんなことを言った。
「はぁ?ルール、ですか?そんなもの、どちらかがきぜつしたらまけ、でいいだろ、です」
「あぁ、もちろん勝敗を決める点ではそうなんだがなぁ〜?さすがにそれだけだとAランク冒険者として実戦経験を積んでいる俺にとって有利すぎるかなぁ、と思ってよぉ」
「……」
ニヤニヤと笑いながら話すアキトとは対称的に無表情で黙りこくっているカイリちゃんの姿が非常に怖い。
「だ・か・らぁ、俺からビッグなハンデをプレゼントしてやろー、と思ってよ。どうだ?ナイスアイディアだろう?」
そう言って、ガリガリと踵で地面に線を引き始めるアキト。
周りで見ている冒険者たちも決闘が盛り上がるスパイスになると思って、嬉しいようだ。
中には賭け事を行っている奴らもいるみたいで、賭けの内容を更新していた。
半径1メートルにも満たない円を引き終えると、アキトはその円の中心に立って話を続けた。
「俺はハンデとしてこの円から出ないことにする。もし、ここから出たら嬢ちゃんの望む通り俺は護衛兼案内役をすぐさま下りて、地図と馬車だけくれてやるよ。何なら、旅費も出してやってもいい。勿論、俺を気絶させても嬢ちゃんの勝ちだぜ?どうだ?良いルールじゃないか?」
「……わかった、です」
ニヤニヤ笑いを止めないアキトに対して、お前後悔させてやるからな、と怨嗟を撒き散らさんばかりに殺意の籠った表情を浮かべているカイリちゃんは、もうアキトをぶん殴ることに頭がいっぱいになっているようだった。
しかも、彼女の殺意を更に煽ってしまっていたのが周りにいた冒険者たちだった。
賭け事の一環でオッズが公表されたのだが、アキトのハンデを見ても依然アキトの分がいいと判断されていた。
というか、ほとんどの人間がアキト勝利に賭けている模様。
これはAランク冒険者であるアキトの実力が凄まじく高いことを示唆しているのか、それとも獣人とはいえまだまだ幼いカイリちゃんのことを舐めてかかっているのか……。
どちらにせよ、カイリちゃんの精神的にはよろしくない状態となっている。
俺がそんなことを考えていると、今まで沈黙していたキーラとアルバがいきなり話し始めた。
「ここまで狙ってやってるのだとしたら、さすがAランクと呼ばれるだけはありますね」
「……うん、頭良い」
……え?何が?
アキトの今までの行動に何か意味があったのだろうか?
二人は俺の顔を見て、言葉の意味を理解できていないと思ったのか、アキトの戦略について説明してくれた。
「獣人は身体能力が人間よりも高い代わりに、大抵が直情型な傾向にあると言われています。なので、ある程度挑発してやれば視野は狭くなり、冷静な判断も出来なくなります」
「……戦闘において、思考放棄は減点。冷静に戦うのがセオリー」
「よって、冷静さを欠如してしまったカイリさんの現状は、戦闘において非常に危うい状態と言えるでしょう。加えて言うならば、あのハンデについてです」
「……ハンデ?」
アキトが行ったハンデに何か策略でもあると言うのだろうか?
あれは普通にアキトが不利になっただけじゃあ……。
「まぁ、ただの口から出まかせの可能性もなくはないのですが……。むしろ、私からするとあれは自分が有利になるために行った思考誘導な気がしてならないんですよね」
「思考誘導、というと?」
「……アキトがもともと、動き回るのが得意ではない、魔術師タイプだとすると、アキトの言い分にも納得、できる」
「もしも、アキトさんが遠距離戦闘を主に行う方だった場合、ハンデはハンデたり得ない、ということです」
……ん?つまり、どういうことだってばよ?
「つまり、アキトさんは自分が不利になっているように見せることで、相手を挑発する一方できちんと自分の戦闘態勢を整えている、ということです。その証拠に、あの円を作り出した場所は随分とカイリさんから離れているじゃないですか」
「た、確かに……」
最初、決闘騒ぎ云々と言っていたときには二人の距離は大分近かった気がするが、アキトは円を描くためにカイリちゃんから自然と距離を取る羽目になった。
これは接近戦を主に行う奴にとってはハンデになるが、逆に魔術師のような遠距離戦を得意とする者にとっては絶好のポジションにいる気がする。
とすると、今までの言動は全て自分が有利に立つための戦略だったということなのか!?
俺がそこまで理解して顔を青ざめさせていると、審判役を担っているギルド員が戦闘開始の合図を出した。
「まぁ、私の考えすぎの可能性もありますが……。どちらにせよ、これでAランク冒険者様の実力がはっきりしますよ」
キーラがそう言うとほぼ同時に、カイリちゃんはアキトへと向かって駆け出していた。
◆
先手必勝。
開始と共に疾走したカイリちゃんの姿に、その四文字が思い浮かんだ。
ただ、少し予想外だったのは、それに対してアキトがただ棒立ちで突っ立ったまんまだったということだろうか。
アルバ曰く、魔術師は詠唱なる前準備が必要とのことなので、無言で立ったままでいるアキトは、この時点で魔術師ではないことがわかるが……。
カイリちゃんは、アキトのその態度に舐められていると考えたのか、可愛らしい顔を歪めながら、更に加速する。
衝突まで残り1秒もない、そんな刹那の時間にアキトは一言呟いた。
「ーー『着火』」
「ーーッ!?」
その瞬間、カイリちゃんの目の前に全身を包む程の巨大な炎球が発生。
既に最高速度まで加速していたカイリちゃんには避ける手立てもなく、そのまま炎に身を投げる形で衝突してしまった。
ーードガァアアアンッ!
訓練場からそれなりに離れた観客席に座っている俺には、あの炎球にどれほどの熱量が込められていたのかは分かりようがなかったのだが……。
カイリちゃんの全速力の突撃を吹っ飛ばして有り余る威力がある以上、俺では受け止めきれない程の熱エネルギーがあれにあることは理解できる。
そして、理解すると同時に額から冷や汗が流れたのを俺は感じた。
キーラやアルバも、アキトの一撃には驚嘆していたようで、両隣から唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「おーい、これでもう終わりなんてこたぁないよなぁ?」
周囲の冒険者たちの歓声が響く中、戦闘時と変わらず棒立ちのままでいるアキトの姿を見て、改めてAランク冒険者の凄さを思い知った気がした。