31.力試し《上》
カイリちゃんの余計な一言で場の空気が凍りついてしまったが、挑発した相手は既に成人してから十数年と経っているおっさんだ。
子ども一人の挑発ぐらいでは気分を害したりはしないだろう。
俺はそう考えたがーー
「へぇー、獣人の嬢ちゃんレベルで強いと吐かすたぁ、片腹痛てぇなぁ?お前、そんな大口叩くぐらいなんだから、俺みたいな草臥れたおっさんの一人や二人、余裕で倒せるんだろうなぁ?」
こめかみをヒクヒクさせながら、そう言い放つアキトの姿は、端的に言って大人気なかった。
しかも、言い放った相手が小学生ぐらいの女の子なのである。
もうちょっと大人の余裕というやつを見せてほしいものだ。
しかし、沸点の低さで言えばカイリちゃんだって負けていない。
アキトの喧嘩をすぐに買った。
「そんなのあたりまえにきまってるだろッ、です!なんならここでシロクロつけてやってもいいんだぞッ、です!」
「クカッーー、言ってくれるなぁ〜、獣人の嬢ちゃん?ちょっとギルドの訓練場に顔出せよ。どのくらい強いのか試してやるからよ」
そう言うと、二人は仲良くギルドの訓練場へと歩き始めた。
自己紹介からの唐突の模擬戦。
あまりに展開が速いものだから、事情をまだ呑み込めきれてなかったキーラとアルバは茫然自失といった様子で立ち尽くしているだけだった。
かく言う俺もその茫然自失していた者の一人に入るのだが……。
ただ、俺はこの場をクレールさんに任されていた身である。
二人よりも早めに意識のリカバリーに成功すると、二人の後を追った。
「ちょ、ちょっと!何でいきなり戦う羽目になってるんですか!?今回は顔合わせをしたらすぐに出発するって話でしたよね?模擬戦なんかしてる暇はないですよ!」
カイリちゃんは理屈よりも感情で動く派なので、俺の説得に応じるとは到底思えない。
そのため、主にアキトに言い聞かせる形で言葉を放った。
だが、肝心のアキトは、俺に良い笑顔を向けつつ、
「あぁ、心配すんな。護衛対象に舐められた状態での護衛ってのは、結構やりづれーからよ。ちょっとだけ俺の実力を見せてやるつもりだ」
と言って、話を聞き入れてくれなかった。
「いや、そうは言ってもですね……。カイリは獣人ってこともあってか凄く強いんです。並大抵の人間じゃあーー」
「ーーんなこたぁ、わかってるよ。お前のパーティメンバーの中で一番強いんだろ?おそらく、な。だが、俺もこれでもAランクっていう肩書きがあるもんでな。あんまり舐められるのは、ギルドの威信にも関わるからよ」
尚も言い募ろうとするも、俺の発言をぶった切るような形でアキトは威圧的に言葉を放った。
普段の草臥れた雰囲気からは想像もつかない、ナイフのような尖った空気に、思わず俺は一歩後ずさった。
「大丈夫、大丈夫。これでも手加減には結構自信があるからよぉ。万が一、怪我させたとしてもギルドの治癒班に任せとけば何とかなるさ。だから、少年は安心して俺たちの戦闘を観察しといてくれや」
そう言って、彼はカイリちゃんを連れ立って訓練場内へと入っていった。
ギルドのロビーに取り残された俺は、溜息を吐きながら、後ろで呆然としている二人を連れて観客席へと向かった。