29.事情説明
今日中に、もう一話投稿する予定です。
「マティスさん達に対する捕縛依頼は発注されていませんので、どうかご安心ください」
「へ……?」
応接室に入って開口一番、クレールさんの口からそんな言葉が出てきた。
突然の言葉に、俺は思わず間の抜けた声を洩らす。
「マティスさんが恐れているのは、おそらくグレディール様殺害の件ですよね?それでしたら、王国の勇者様が対応なさっていますので、何の問題もありません」
「……そ、そうですか」
赤髪の貴族の名前がグレディールだったのか、とか王国の勇者が何で出張ってきているのか、とか、そもそも俺たちが貴族を殺害したことに関しての情報漏れが速すぎるだろ、とか。
色々、言いたいことはあったけど、それらを呑み込んで俺はクレールさんに問いかけた。
「では、今回は何用でこちらに?」
「はい、用事としては主に二つ。まずは勇者様の伝言と報酬についてです。『よくやってくれた。お前がどこの誰かは知らないが、とにかくお前のおかげで俺の寿命が少し延びることとなった。感謝する。これは少ないがちょっとした謝礼だ』とのことです。それとこちらが報酬金貨十枚になります」
「えっ……!?」
そう言って、それなりに硬貨が入っていそうな皮袋を手渡してきた。
俺が混乱しながら、それを受け取ると彼女は矢継ぎ早に次の言葉を口にした。
「二つ目の用事は、マティスさん達に直ちに王国へと向かってもらう、というものです」
「王国に向かう……?」
「はい、正確に言うと逃亡してもらう、という形になるのですが……」
そう言って、クレールさんは俺たちの現状について大雑把に説明してくれた。
「王国の勇者様はマティスさん達の貴族殺害について無罪放免、という姿勢を取っているようですが、帝国の皇帝、並び貴族達は難色を示しています。いえ、勇者様がおっしゃる以上基本的に表立って反対する訳にもいかないのですが……。少なくともこの国にいる限りでは、グレディール様のご親族、もしくは派閥内の誰かに暗殺される可能性があります」
「暗殺……っ」
「そのため、勇者様が救済処置としてマティスさん達の身柄を王国側で保護する、とのことです」
「な、なるほど……」
いや、口では『なるほど』とか言ってるけど実際は全然理解できてないんだけどな?
とりあえず、王国にいる勇者様は俺たちを助けようとしている方で、帝国にいる貴族とか皇帝とかその他諸々は敵という認識でオーケー?
「えーっと、非常に有難いことではあるんですけど……一つ質問が……」
「はい、何でしょう?」
「いや、何で他国の勇者様が一般市民である俺たちにそこまでしてくれるのかなーぁ、って思いまして」
その申し出は願っても無いもので、俺としても非常に助かるものだ。
だから、断ろうという気にはならない。
ただ、あまりにも俺にとって都合が良すぎるが故に、その行動理念が気になってしまうのである。
そんな俺の疑念に対して、クレールさんは嫌な顔一つせずに教えてくれた。
「はい、王国の勇者様はそれはもう高潔なお方であり世の理不尽を嫌うお方なのです。そのため、グレディール様がマティスさんに行った無礼な行為に対しても、快くは思いません。もちろん、だからと言って殺人自体が許容できるかというと、それはまた別なのですが……。おそらく仕掛けてきたのは、グレディール様からだったのでしょう?」
「え、えぇ、まぁそうですけど……」
「なら、大丈夫です。ちゃんと正当防衛として成立しますから」
「はぁ……えっと、ありがとう、ございます?」
何だかよくわからないが、とりあえず助かった、のだろうか?
だけど、殺人を犯した側の申告だけで正当防衛が成立するなんていくら何でもチョロすぎないか?
ただ、それをここで言うのは自分の立場を悪くするだけなので感謝の言葉だけを口にしておく。
「そうですか、とりあえず俺たちが王国に行かないといけない理由はわかりました。ただ、俺たちはそこまで土地に明るくありません。王国まで道案内をしてくれる人を付けてくれませんか?」
「それについては、問題ありません。護衛兼案内役の冒険者を一人、ギルドから提供させていただきますので」
「護衛兼、案内役?」
「はい。ーーアキトさん、入ってきてください!」
クレールさんがそう言うと同時に、一人の男性が応接室へと入ってきた。