28.誠意
野営をする上で何も準備をしていない、というのは逆に見れば後片付けをする必要がないということでもある。
焚き火をしていないから、火を消す必要がない。
テントとか寝袋とかを設置してないので、撤去する必要がない、などなど……。
そのため、早朝に起きてちょっとした今後の指針を決めた後、すぐさま街へ向けて出発するという普通の旅人なら考えられないスピードで移動を始めた。
ただ、まだ日が昇る前ということもあって辺りは薄暗い。
そのため、夜目が全く利かない俺とキーラは、それぞれカイリちゃんとアルバに手を引いてもらいながら歩くこととなった。
……小学生女児に手を引いてもらう男子って側から見たらメチャクチャカッコ悪いよな。
道中、全くの無言というのも物悲しいので、俺とカイリちゃん、キーラとアルバがペアになる形で雑談が行われた。
その雑談途中、俺は驚きの真実を聞かされた。
「え!?お前、ずっと起きてたのか!?」
「ふんっ、わたしはおまえみたいにノンキじゃねーんだぞっ、です!だれか一人は、けいかいしないとあぶないにきまってるッ、です!」
当然だろ、と言わんばかりにカイリちゃんは声を張り上げた。
よくよく考えてみれば、夜中だって魔物は活動しているわけで……。
魔物が寝ている人間を前に襲わないわけがない。
野営に不寝番が必要なのは当たり前のことであった。
しかしながら、昨日は疲れていたこともあってかさっさと寝たいという考えしか脳内になかったため、そこまで頭が回らなかったのだ。
「ご、ごめん……カイリ一人に不寝番をやらせてしまって」
「しゃざいをするのなら、せいいを見せろっ、です」
「……誠意?」
そう言うと、カイリちゃんの頭についている犬耳がヒョコヒョコと動いて顔を若干俯かせた。
……ん?何この体勢?もしかして、頭撫でろって言ってんのか?
暗闇であまり見えないが、その体勢は俺に向けて頭を差し出しているように見えた。
いや、でもあのカイリちゃんのことだ……。
俺に撫でて欲しいとかそんな可愛い感情を持っている筈がない。
これは何かの間違い。
きっと、木の根っことかに足を取られないように地面をつぶさに観察しているとかそんなのだろう。
むしろ、ここでいきなり俺が頭でも撫でようものなら手刀で俺の腕ごと切り取ってしまうことも考えられる。
……うん、もうちょっと無難なものにしておこう。
「わ、わかった。じゃあ、ギルドで運良く討伐部位の換金ができたらカイリに合った服を買うから、さ。それで、許してくれよ」
「……ふんっ、まぁ……いい、です」
「……?」
カツ丼を欲しているときに夕飯が親子丼だった子どものような雰囲気を出しながらも、カイリちゃんは小さな声で了承の言葉を口にした。
そんなカイリちゃんの態度に俺は若干違和感を覚えたものの、怒っているわけではないことに安堵のため息を吐きつつ、最寄りの街へと歩みを進めた。
◆
例によって例の如く、この辺りの街のことについて誰も知らない、という土地音痴っぷりを我らパーティメンバー全員が披露してくれたので、ニンゲンの匂いが多くする、とカイリちゃんが言う方向へとテキトーに歩いた。
すると、カイリダウジング(命名、俺)のおかげで日が真上に昇ったぐらいに前回立ち寄った街と同規模程度の街を発見することに成功した。
その後、今朝話した通り、俺たちが指名手配されていることを視野に入れて、俺一人で街へと入った。
街は厳つい門番が立っているところ以外は長閑な雰囲気をしており、その門番についても冒険者カードを出せば、すぐさまどうぞ、と通してくれるぐらいには平和な所だった。
冒険者カードを出しても、門番が何も反応しないということは、少なくとも俺に対して貴族殺害の嫌疑がかけられているわけではないのだろう。
そう思って、しばらくショッピングにでも洒落込もうかな、と考えたところで、急に後ろから声をかけられた。
「ーーマティスさん、こんにちは」
「ーーッ!?」
急な呼びかけに驚いて振り向くと、そこには巨乳でタレ目がちな受付嬢ーークレールさんの姿があった。
「マティスさん……少し話がありますので、一度この街の冒険者ギルドの応接室まで来ていただけませんか?」
「……はい」
……詰んだ。
日本にいた頃によく遊んでいたとあるボードゲームを脳内に思い浮かべながら、俺はそう思った。