17.共同戦線
獣人の少女は焦りを覚えていた。
彼女の計画では、黒髪の奴隷を治療の甲斐なく死亡し、そして悲しみに暮れた少年を“偶然”発見して慰めることで寄りを戻す、というものであった。
しかし、少女が一夜を森の中で過ごし、街へと戻ると健康な姿で少年の隣を歩く奴隷の姿が見えた。
これには少女は困惑を隠しきれなかった。
少女の見立てでは発氣の技術を用いることでの治癒力活性化以外に助かる術はなかったはず。
そして、その技術を習得するには一週間や二週間では到底成しえない。
長い年月……少なくとも獣人の中でも特に筋がいいと言われていた少女でも習得に一ヶ月かかった。
それが一体、何故……?
更に誤算があったとすれば、奴隷の容姿が少女と比較しても遜色のないくらいに綺麗だったことだろうか。
性知識にまだ詳しくない年頃である少女でも、容姿の良し悪しが異性を惹きつける重大なポイントであることは理解している。
獣人国では、あまりの強さ故にアプローチをされることはそれほどなかったが、それでも時々異性からの強い視線を感じることがあった。
家族や他の従者にも褒められたこともあって自分がそれなりに容姿が整っていることを客観的に理解しているつもりである。
そのため、少年もしばらく自分と一緒に暮らせば心惹かれるであろうと楽観視していた部分が少女にはあった。
だが、それも見目麗しい奴隷のせいでそれほどアドバンテージにはならないことが判明した。
むしろ、奴隷の方が歳を重ねている分、女性的な身体つきをしているため、少女よりも好かれる可能性すらある。
このままでは少年は少女と仲直りすることなくこの街を出ていくことになるだろう。
そうなれば、困るのは少女の方である。
帝国内という獣人にとって完全なアウェー状態に続き、それほど食料が残っていないという現状。
帝国を穏便に出るためにはどうしても少年の力が必要だった。
そんなことを考えているうちに、少年とその奴隷はいつの間にかに冒険者登録を済ませ、魔物を討伐するために森へ向かって歩き始めた。
少女も少しでも彼らの会話が聞き取れるようにと、心なし距離を詰めて後を追う。
彼らは歩きながら雑談を交わし、少しずつ良い雰囲気になっていく。
そしてーー
「ふふっ、その様子ですとお兄様を満足していただけたようですね」
「あぁ、俺の能力と交換してほしいくらいだよ」
二人の円満な会話を聞いて、彼女は居ても立っても居られない状態になり隠れていた草むらから飛び出した。
◆
「ーーえ?何で、お前がここに居るんだ?」
「……」
俺の問いかけに対して、カイリちゃんは顔を俯かせて沈黙した。
しかし、カイリちゃんは数秒ほどの間をおいて口を開いた。
「おまえにはーーわたしのきこくをてつだってもらう、です」
意を決して発された一言に、俺は思わず唾を飲み込む。
「俺たちはあのときに決別したと思ってるんだが……?何か俺に手伝うメリットでもあるのか?」
俺がそう問うと、カイリちゃんは唐突に手刀で近くにある木を斬った。
そんな彼女のいきなりの行動に思わず、冷や汗を流す。
「わたしはおまえよりもつよい、です。そんなわたしから、おまえは無キズでその女をまもることができるか?です」
「ーーッ!?」
それは端的に言って脅迫だった。
カイリちゃんの物言いに、不穏な空気を感じた俺はキーラをぎゅっと抱きしめる。
その様を見て、不快げに舌打ちをしたカイリちゃんはなおも俺に問いかける。
「べつにおまえがテイノーすぎてかんがえることもままならない、というのならばきにしない、です。さっさとその女をころすだけ、です」
「くっ……」
「ーーが、もしおまえがわたしに協力する、というのならばとくべつにその女をみのがしてもいい、です」
「……そうか」
そもそもの話、カイリちゃんはここを穏便に出たいだけ。
前回、カイリちゃんと決別した理由はあくまでキーラがお荷物になると判断したからだ。
しかし、今の健康体のキーラならば獣人国まで旅することは可能だ。
だから、カイリちゃんは態々折衷案を出したのか。
俺はしばらく考えて、カイリちゃんの意見に賛同した。
「わかった。どちらにせよ、俺たちも帝国は出ようとしてたからカイリみたいに強い奴が付いてきてくれるのは心強い。ただ……」
「わかってる、です。そこの女にはてをださない、です」
「ああ、頼むぞ」
こうして、俺たちは獣人国に行くまでの間共同戦線をはることにした。