9.治療《上》
川辺でカイリちゃんと決別したすぐ後に向かった先は、薬屋だった。
「いらっしゃいませ、何をお買い求めですか?」
「銀貨8枚で買えるポーションの中で最も品質の良いやつが欲しい」
金貨一枚の内、残り銀貨二枚は宿代として持っておきたい。
そう考えてのこの値段だ。
「ポーションはライフポーションとマナポーションの二種類ございますが、どちらですか?」
「……ライフポーションで」
「かしこまりました。では、銀貨8枚とのことなので中品質のポーションを一つお持ちいたしますね。少々、お待ちくださいませ」
一瞬、言い淀んだが、字面通りならば怪我に聞くのはおそらくライフポーションのはず。
そう思って後ろから聞こえる弱々しい息遣いに焦った様子で口早に言葉を発する俺に対して、店員は慣れた様子で手早く作業を済ませる。
「はい、こちらが中品質のポーションになります。お会計は銀貨7枚となります」
「金貨一枚からで」
「かしこまりました。では、こちらがお釣りの銀貨3枚となります」
受け取ると同時に俺は店を出る。
そんな失礼な客に対して、店員はほのぼのとした声音で「またのお越しをお待ちしております」と定型句で見送った。
◆
カイリちゃんの見解が正しいと仮定するならば、俺が背負っているキーラの状態は非常に危険な状態であるらしい。
それを考えると、やはり身体を洗うよりも先に治療を行うことが先決だろう。
あまり身体に負担をかけないようにゆっくりと木陰に寝かせると、俺はすぐさま中品質のポーションを飲ませた。
銀貨8枚のポーションの効き目は素晴らしく目に見える切り傷やすり傷のような傷跡はすぐに消え去り、血色もマシになった。
しかし、依然として荒い呼吸を繰り返している。
いや、先ほどよりも呼吸が荒くなっていることを考えるとむしろ呼吸できるだけの生命力が少し戻ってきた、とプラスにとることもできる。
今ならば少しは水浴びをさせても問題ないだろう。
そう判断した俺は、キーラを背負いあげてカイリちゃんが居ないであろう川の上流を目指して歩いた。
川辺に着いた俺は、キーラをもう一度地面に寝かせると先ほどと同じ要領でゆっくりと服を脱がせた。
「……ッ」
ポーションによってある程度小さな傷は消えたものの、身体の奥深くにつけられた大きな傷、特に左肩から右脇にかけてつけられた魔物の爪のような三本線の傷跡は、グジュグジュと化膿している。
こんな傷だらけの状態で水浴びなどをしたら、傷にしみるのは間違いない。
しかし、綺麗な様相をしていないと基本的に宿屋は泊めてくれない。
こんな状態のキーラに野宿などは無理に決まっている。
絶対に宿で休ませる必要がある。
俺は覚悟を決めて、キーラに一声かける。
「今からお前に痛い思いをさせることになる。我慢できなかったら叫んでもいいから、とりあえず耐えてくれ」
「…………」
無言だから了承したかどうかはわからない。
でも、待ってる時間はないので俺はさっさと始めることにした。
金を入れていた皮袋に水を入れ、まずはキーラの髪の毛に流す。
「…………」
黒髪だからほとんど汚れは目立たないが、それでもグチョグチョとヘドロが練りこまれたかのような感触だったので、念のためだ。
髪は特に痛くないので、キーラも無言だ。
次に、上半身。
「ーーーッヅアァッ!!!」
傷が一番多い部分だったので、キーラの抵抗が最も激しかった。
全身を痛みで痙攣させて、俺の肩に噛みついてくるほどの痛みを訴えさせたが、これも何とかクリア。
彼女本来の肌の白さを取り戻した。
そして、最後に下半身。
これは俺の方にダメージが大きかった。
というのも、どうやら奴隷時代にマトモに便を排出させてもらっていなかったみたいで、服やら何やらに色々と茶色い物体がこびりついていたのだ。
怪我はそれほどなかったので、本人はほとんど声をあげていなかったが……。
前世で看護師みたいな特殊な職に就いていなかった俺からすれば、異性の下のお世話というのは精神的にかなりくるものがあった。
しかしながら、その甲斐もあってキーラから放たれる悪臭はほとんど改善され、見た目もちょっと傷だらけ程度にしか見えないほどになったと思う。
これなら大丈夫だろう、とキーラに服を着せ直すと改めて宿屋へと向かった。