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紫陽花の下のひみつ

作者: 坊

「紫陽花の下に死体が埋まってると、花の色が赤くなるんだって」

「桜の木でもそんな話あるよね」

 そんなたわいないことをしゃべりながら、俺たち二人、学校の裏庭まで出向く。裏庭は、今を盛りと紫陽花が咲いていた。青、紫、濃いピンク。そこらじゃお目にかかれないくらい、見事な数だ。

「なあ、センセ」

「僕はただの用務員だから、先生じゃないんだって」

 つなぎ姿の出川さんは、いつものようにそう言って苦笑する。そうは言っても、俺にとって出川さんは先生なんだ。

 出川さんは俺が高一の時、この学園に教育実習生としてやって来た。そのまま教員になるのかと思いきや、翌年用務員として採用されたので驚いた。実習生の中でも群を抜いて分かりやすい授業をしてくれたのに。

「……出川さん、俺、俺さ」

 わざわざここまで呼び出しておきながら、次の言葉が出てこない。逡巡しながらブレザーの裾を握りしめる。そんな俺を、出川さんは優しい顔して見守ってくれてる。だから余計、何も言えなくなる。

 紫陽花に見守られながら、俺たちはただ、静かに対峙していた。

(俺が出川さんを好きになんかならなければよかったんだ)

 彼のことを知りたいなんて思わなければ、今、こんなに苦しい気持ちにならずにすんだのに。

 クラスメートに窓から筆箱を投げ捨てられた俺は、それを拾うため初めて裏庭を訪れた。二年の春先のことだった。色とりどりの花に目を奪われ、思わず立ち尽くしていると、シャベルを持った男性がこっちを振り返った。それが出川さんだった。

 用務員としてやって来た出川さんと話したのは、そのときが初めてだった。

 出川さんは、俺のことを覚えてくれていた。去年もクラスにうまくなじめないでいたから、悪い意味で目立っていたんだろう。出川さんは、なんてことないように自然に、「クラスでうまくいってないの?」と聞いてくれたから、俺も自然にそうだと答えることができた。人に告げることで、なんとなく肩の力が抜けた気がした。

 その日から、俺はふらりと裏庭を訪れて、出川さんに話を聞いてもらうようになった。出川さんは先生をやっていたときと同じで、そっと寄り添うように俺の話を聞いてくれた。

 一緒にいる時間が増えるたび、どんどん出川さんを好きになった。でも、どれだけ出川さんが細腰で、女の人みたいな顔立ちだとしても、彼は男だ。好きな気持ちは膨らんでいったけれど、気持ちを伝えようなんて思えなかった。話を聞いてくれる友達もいなくて、悶々としていた俺が取った行動は、図書室で出川さんの卒業した年の卒業アルバムを探すことだった。出川さんは、うちの学園の卒業生なのだ。

 若い頃の出川さんを見てみたい。そんな軽い気持ちで司書のじいちゃん先生にアルバムの場所を聞いたのだけれど、じいちゃん先生は遠くを見るように目を細めて、その学年の生徒が一人、卒業直前に失踪した事件のことを教えてくれた。だから、当時は失踪事件を面白がってアルバムを借りようとする生徒が多かったんだって。

 六年前のその事件は、ネットで調べたら簡単に概要を知ることができた。失踪した生徒は、出川さんと同じクラスの女子だった。

(あ……)

 この名前、知ってる。裏庭のもう使われていない百葉箱の柱に彫られてたのを見た。文字通り草の根を分けながら筆箱を探していたときにたまたま見つけたんだ。相合傘の相手は出川さんだった。

 てっきり最近用務員になった出川さんに恋した、俺みたいな生徒のいたずら書きだと思っていたけど、少なくとも六年以上前からあったものらしい。

(それじゃあ、出川さんたちは当時付き合ってたのかな?)

 裏庭で待ち合わせて、一緒に話したりしてたんだろうか。今の俺たちみたいに。

 それを考えると胸がモヤモヤして嫌な気持ちになる。だからそれ以上想像するのはやめて、アルバムを返却した。

 そこで、もうやめておけばよかったのに。俺はまた我慢できなくなって、その失踪事件について検索してしまった。

(出川さんが関わってるかもしれないなら知りたい)

 その一心だった。そして出てきたのは、当時失踪した少女の彼氏が失踪に関わっているのではないかという噂の数々だった。どれも証拠があるわけじゃない噂だったし、彼氏の名前すらわからなかったけど。

 ただ、その中の一つがどうしても気になった。

 裏庭に死体が埋まっている。

 そこで、出川さんが休みの日曜日、学校に侵入した。最初から、掘り起こす場所は決めていた。裏庭の一番奥、紫陽花が真っ赤に咲いている場所だ。

 でも数時間かけてそこから出てきたのは、ブレスレットだけだった。失踪した生徒が卒業アルバムの写真で身につけていたのとそっくりだったけど、同じかどうかまではわからない。

 それでも、と俺は思う。出川さんが、嫌な思い出である彼女、あるいは元カノが失踪した現場に教師として戻ってこようと思ったわけ--そして、教員になれなかったのに用務員としてでもこの学園で勤めようと考えた理由。

 この紫陽花のそばにいたかったんじゃないのかな。もしそうだとしたら、俺は。

「出川さんの紫陽花の秘密、俺にも共有させてください。なんでもする覚悟があります」

 出川さんが何か罪を犯してるかもしれないなんて信じられないし信じたくない。だって、初めてこんな俺を受け止めてくれた人なのだ。でもだからこそ、今度は俺がお返ししたい。

 それなのに、出川さんは口の端だけ持ち上げて小さく笑う。俺はこの顔が苦手だ。やけに達観したような大人びた表情は、俺との年の差を感じさせるから。

「君は困った子だな……まったく、どこで何を聞いたんだか……」

 呆れたように、少し突き放すように。でも瞳だけは、俺をひたと見つめている。初めてだ、出川さんからこんな熱い視線を送られるのは。

 出川さんへの疑いが嘘でも本当でも。もし本当なら、気づいた俺は死んでしまうかもしれない。

 それでもいい。この視線が手に入ったのだから。

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