第45話:最強賢者は見守る
十一時ちょうど、第一試合が始まった。ティアナの相手はスティーナ。直前の選手変更で若干戸惑っているように見える。
こちらが意図したことじゃなかったが、多少試合が有利に運ぶことになるかもしれない。実戦――特に対人戦では心の安定が何よりも重要だ。圧倒的な実力差がなければ格上だろうと呆気なく負ける。
俺とリーナとエリスは三人並んで見守っていた。
ティアナは開幕から【剣製】を使った。どんな相手であっても本気で臨む姿勢の表れだ。
スムーズな流れで光の粒子が剣になっていく。
ほんの数週間前からかなり進化して、滑らかかつ鋭利な剣に仕上がっていた。苦手としていた実体化もほぼ完璧な状態だった。もう少し改善の余地はあるが、もう時間の問題だ。
この短期間でここまで上達するとは大したものである。
スティーナは慎重な性格をしているらしい。剣を持たない彼女は、ティアナをずっと観察し、ついに踏み込んだ。数百の火球を繰り出しながら、接近する。
これだけの魔力球を同時発動するのは熟練の魔法スキルと、卓越した空間把握能力を必要とする。この世代の普通の生徒なら完全に処理能力をオーバーしているくらいの魔法だ。
やはりティアナを起用して正解だった。
これをS組とはいえ素人同然の生徒にやらせても大怪我を負うのは間違いない。
ティアナが慢心せず開幕から奥の手を出したのと同じく、スティーナも決して侮ってはいない。
二年生や三年生とはレベルが違う――そう肌で感じた。
「ティアナが!?」
「大丈夫だ、リーナ。あれくらいの数は捌ける」
ティアナは落ち着いた動きで剣を一閃。
すると、風を切って近づいていた火球が全てその場で爆発した。
魔法を撃った張本人は顔を歪ませ、かなり驚いているように見える。想定外だったのだろう。
「い、今の何!? 剣当たってなかったよね!」
「普通の剣なら直接刃を当てるか、空気の刃を当てないとどうにもならない。だけど、ティアナの剣――魔力剣は違う。魔法が物理法則を無視した動きをするのは分かると思うけど、剣の形をしていても同じなんだ。正確な座標を捉えれば、一閃だけで攻撃の手数を増やし、ベクトルを自在に操って遠隔から攻撃することも容易い。ただ単に刃が鋭いってだけじゃないんだ」
「そ、そんなの無敵じゃない! っていうかルール違反とかならないの!?」
「魔力剣を禁じるルールはないし、攻撃の手数や方向を変えれば当然魔力を消費するってデメリットもある。っていうか俺とティアナ以外はあの一振りだけで魔力を使い果たすんじゃないか?」
「そっか……だからティアナに」
「敵からしたら不正だと言いたくなるくらいに無茶苦茶だけど、味方に回ればこれほど心強いのもなかなかないよな」
ティアナはこの一連の流れで、スティーナの能力を正確に把握したようだ。
深呼吸して、剣を両手でしっかりと持ち踏み込み。
鍛え上げられた脚力を生かして、風を切るような猛スピードで突進。
相手校の生徒を意図して殺してはならない――というルールに則り、ティアナは刃を寝かせた状態で振り下ろす。
これだけの威力の打撃なら、スティーナは後方に吹き飛んで気を失うだろう。
それで試合終了だ。
ほっと息を吐こうとした時だった。
キンッ!
まるで金属に当たったかのような音が鳴って、ティアナの攻撃は弾き返された。反動でティアナがよろよろと後方に押される。
「……なっ! ありえない!」
「外した……ってことかしら?」
「いや、絶対に当たってた。何ならこの試合は録画されてるんだから、後で確認してもいい。……魔力障壁の気配もなかった。あれを生身で受けて耐えたっていうなら化物だ」
ティアナも絶対に勝てたという確信があったのだろう。かなり混乱している。一度スティーナと距離を取るために後退した。
それにしても、不可解だ。ティアナの攻撃が直撃しても耐えられた……そこまでは理解できるとしよう。ティアナが【剣製】を使ったのが相手にとって想定外だったように、俺たちだって知らないことはある。
だが、それが分かっていたなら敢えて攻撃を受けてカウンターでその隙を攻撃すれば確実に勝てたんじゃないか?
面白みのない試合だし、マナー違反だがそれを気にするような連中とは思えない。
俺は何気なく、少し離れた場所にいるキースに目を向けた。
キースは、なぜか脂汗を垂らして校庭をじっと見ていた。
多少不可解ではあるが、怪しいと断定できる要素は特にないか――。
スティーナの瞳が虚ろになっているのがわかった。彼女は魔力を纏った拳を振り下ろして、地面を殴打した。
ゴゴゴゴゴ……という地響き。
地割れが起こり、ティアナを襲う。咄嗟に左にジャンプして回避して、ティアナは剣を構えた。
スティーナの魔力は、さっきまでとは比べ物にならない力強いものに変化していた。魔力量自体も増えている。その魔力はさっきよりもどこか禍々しかった。色で例えるなら黒が近い。
「なんだ……物理で勝負するのか?」
スティーナはティアナと遜色ない速度で襲い掛かり、魔法を使わず拳を何度も振り続ける。
ティアナはその攻撃を全て剣で捌き、隙を見ては攻撃した。しかし、ティアナの攻撃が当たってもほとんどノーダメージだった。
何百、何千もの攻防があったが、試合時間は決まっている。
開始から三十分が経過。
《試合終了――そこまで! 判定をします。――勝者、ティアナ・マウリエロ!》
ほっとしたのか、ティアナはその場に項垂れた。
相手側――スティーナはその場に崩れた。大急ぎで救護班が駆け付ける。その場で意識を失っていることが確認された彼女は、医務室へと運ばれていった。
――やっぱり、何かがおかしい。
何から何まで今回の試合は変だった。
「ティアナの勝ちってことでいいんだよね……?」
「ああ、試合を通して見た限り審判の判定は中立。……あのまま体力勝負になるとちょっと分が悪かったかもしれないが」
あの体力バカのティアナが押され始めていたのは、ただ事ではない。
スティーナの無尽蔵な体力と、強靱な肉体、そして力強いパワーは目を見張るものがあった。あれに勝ったティアナは素直に凄い。
それでも、最初からあの調子で責められていたら……なんでそうしなかったんだろうな。
俺はそんなことを思いながら、リーナ、エリスと一緒にティアナを迎えに行った。