第43話:最強賢者は安心する
翌日。
ゆっくりと眠ったおかげで、結界構築で減ってしまった魔力は回復してすっかり元気になった。
魔力の回復速度には個人差があるが、見たところみんな元気になったようだ。
今日は二年生の対抗戦だ。
朝の十時から両学院の二年生が校庭に集まり、試合を始めようとしている。
「これで大丈夫なのよね?」
隣で校庭を見ていたリーナはまだ不安を拭えない様子だ。
俺としても百パーセントの自信はない。自信はないが――。
「相手にとってもこれだけ大規模な魔法を一日で構築するってのは想定外のはずだ。実力行使に出るなら、こっちとしてはすぐに戦える。それだけの準備は整ってる。安心して大丈夫だと思うよ」
「そっか」
「エリスはどう思う?」
「え、私?」
「この中で直接被害に遭ったのはエリスだけだからな。できる限り不安は取り除いておきたいんだ」
「できることは全部したと思う。だから、大丈夫……多分」
エリスは少し俯いて答えた。
「そうか」
俺はあの一件があってから、ずっとエリスの様子を確認している。俺やリーナでは、直接被害を受けたエリスの気持ちを完全に理解することはできない。心の通った仲間であっても、どれだけ魔法に通じていても、心の声を聞き取ることはできないのだ。
いや、本人でさえも自分の本心に気づかないこともままある。
引き続き注意は必要だな。あと何かできることは……。
「よし、じゃあ今日はキースたちを見に行くとするか」
「キ、キースって相手校の……っていうかアイツが犯人なのよね! 正気!?」
「……」
「もし仕掛けた魔法が発動しないとなれば、どう動くかわからない。俺たちですぐに対応できるよう近くにいるべきだと思うんだ」
「それはそうかもしれないけど……」
リーナはエリスをチラッと見る。エリスを彼らに近づけたくないと思っているのだろう。
「何があっても俺が付いている。大丈夫だ」
「ユーヤを信じてないとかじゃなくて……」
「私は大丈夫だから。……その、ユーヤの言うこともわかるし」
難色を示すリーナに、黙っていたエリスが声を被せた。
「エリスがそう言うなら反対しないけど……」
「話はまとまったな。よし、じゃあティアナも一緒に来てくれ」
「は、はい!」
三人を引き連れ、俺たちはカリオン王国の学院生が集まっている観戦所に足を運んだ。
◇
観戦所は両学院で場所が分かれているが、どちらの行き来が許されないというわけではない。数が少ない相手校の生徒に配慮して分かれているが、試合を終えた両学院の生徒が一緒に残りの試合を観戦するというのはありふれた光景だ。
アーカイブ保存された映像を見ていればそのくらいのことはわかる。
ちょうど二年生先鋒の試合が始まり、校庭は大盛り上がりになった。
カリオン王国の観戦場所は学年ごとに三つの固まりに分かれていた。一緒に観戦するというわけではないらしい。
「ようキース、調子はどうだ」
「ユーヤ君ですか、僕は元気ですが、どうしてここへ?」
「なんとなく寄ってみただけだ。学院が違うとはいえ、同じ対抗戦のメンバーなんだ。いがみ合うつもりはないよ」
「そうですか。いえ、僕たちも同じ気持ちですよ」
両学院の先鋒は互角の戦いを繰り広げていた。どちらも多少の傷を負いながらも校庭を走り回り、攻撃と防御を繰り返している。
三十分が経つのが早いか、どちらかが倒れるのが早いか――。
どちらが勝ってもおかしくないくらいの白熱した試合だった。
そのため、応援の熱も高まるというものだ。
アリシア王国側の方が圧倒的に人数が多いため声は大きいが、カリオン王国側も三年生が大声を上げているのが聞こえてくる。
そんな時。
俺の隣で試合を見ていたキースが唇を微かに緩めた。
刹那、校庭で魔力の動きを確認した。
昨日よりも大型の魔法の兆候。今回は地雷のようなもので、足元が急に爆発して怪我を負わせるという露骨な仕掛けだった。
だが、魔法は定義破綻により消滅する。
地雷は不発に終わった。
キースは信じられないものでも見たかのように驚いた表情を浮かべた。声を出さないように必死で我慢しているように見える。
「どうした? キース。校庭に何か変なものでもあったか?」
「い、いえ……。なんでもないですよ。僕はたまに突然びっくりすることがあるんです」
ふむ、それは面倒な癖だな。
「今日も平和で何よりだな。昨日は神経質になってて変なこと言ってすまなかったな」
俺の言葉に、キースは「ぐぬぬぬぬ……」と言いたそうに拳を握りしめる。
「明日の試合、楽しみだな。ちょうどキースは俺と戦うのか、よろしく頼むよ」
「こ、こちらこそ楽しみにしてますよ。絶対に勝たせてもらいますがね!」
結局、第一試合はアリシア王国側の勝利で決着した。第二試合はカリオン王国側の勝利、第三試合はアリシア王国側の勝利で、二日続けてこちらの学院の勝利になった。
もし先鋒の試合で地雷魔法が発動していたら、敗北は確実だった。
それどころか、被害に遭った生徒には命の危険もあった。
回復魔法を使える俺でも、死者を生き返らせることはできない。
未然に防げたのが幸いだった。