第39話:最強賢者は会議をする
十二時半には三年生の全ての試合が終わった。ずっと注意していたが、先鋒の一件以降は何事もなく進んでいき、二勝一敗でアリシア王国側の勝利となった。
勝つことが目的ではなかったのか……? 呆気なくこちらが勝利したことに、若干の戸惑いを感じてしまう。
いや、俺が早々に罠を見破ったから、警戒したのかもしれない。動きがあるとすれば明日の二年生か。
「いやぁ、良い試合をありがとうございました! これからもお互い頑張っていきましょうね!」
「おうよっ! 去年から急に成長しやがってびっくりしたぜ」
試合を終えた両校の三年生が言葉を交わしているのが聞こえてきた。学院対抗戦は毎年行われるので、去年と同じ対戦相手になることは珍しくない。
学院内で学年三位以内の序列を維持できれば、毎年出場できるからだ。お互いを高めあい、若い世代の友好を育む――文句のつけようがないな。
「リーナ、エリス。昼ご飯に行くぞ」
別の場所で試合を見るよう指示していたティアナとも合流してから、食堂に向かった。食堂はいつにも増して混んでいるという状況。今日は特別に昼食をテイクアウトさせてもらい、作戦会議も兼ねて俺とリーナの部屋で食べることになった。
◇
備え付けの小さなテーブルを四人で囲んで、昼食を摂る。旬の野菜をふんだんに使った栄養バッチリのサラダに、上質で新鮮な牛肉、温かいスープがセットになった日替わり定食だ。一週間ごとのローテーションだから、飽きることが無いし、ハズレの日が無い。
そんな昼食を食べながら、会議が始まった。
「ティアナ、向こうの動きはどうだった?」
「……私が見た感じでは特に何もって感じでした。キースって人の周りの、レイトさんとスティーナさんはいつも伏し目がちで、ちょっとおかしかったなって思ったくらいで」
俺は頷きながら、
「なるほど。……やっぱりティアナの目から見てもそう思うか。参考になったよ、ありがとう」
「いやいやそんな! 結局何もわからなかったですし……」
俺とティアナのやりとり。何も知らないリーナとエリスはチンプンカンプンという感じだ。
「ユーヤ、ティアナに何か頼んでたの?」
エリスの質問。
「ああ、実は昨日の夜の間にキースたちの様子を三年生の試合中に観察するように頼んだんだ。なんとなくだけど、あの三人には違和感があったからな」
「あの時点でもう怪しいと思ってたの!?」
「何の根拠もない勘だよ。正直、収穫があったとは言えないけど、キースの周りの二人……レイトとスティーナがおかしいってのは俺も少し思ってたことだ。そっちの方がデカい」
俺のこの発言に、リーナが反応した。
「もしかして犯人はキースじゃなくてあの二人ってことなの?」
「それはどうだろうな。そうじゃないとは言い切れないけど、あの二人はキースに怯えてるような、そんな気がした。命令されて何かをしたかもしれないけど、少なくとも自発的に何かをやったってわけじゃないと思う」
「じゃあ、キースがやったことを知ってて隠してるとか……?」
「そうかもしれない。……ただ、なんとなくあの二人は何も知らない気がするんだ。これは本当に何の根拠もないんだけど、話してみてそう思った。あの二人にはなんかこう、もっと不気味な感じがする」
うまく言葉で言い表すことができない。人であって人じゃないような。まるで人形みたいな、そんな感じがした。
ひとまずこの話題を切り上げて、本題に入ることにした。
「……それで、わざわざこの部屋に集めたのは、食堂で話すにはちょっと都合が悪い話だったからなんだ」
「作戦会議って言ってたけど」
「試合の作戦に関してはいまさら考えても意味は無いよ。『オリジナル魔法使う、敵を倒す』作戦で十分だ。そうじゃなくて、三年生の試合を見て俺が気づいたことだな」
俺は、さっきの試合で、何者かの設置型トラップがあったこと、そのトラップのせいで命の危険があったこと、秘密裏に対処したことを三人に隠さず説明した。本来は試合中に何らかの干渉をするのは明文化されていないにせよルール違反・モラル違反であることに違いはないので、人前で話すことは憚られたことも併せて伝えた。
「……そんなことがあったのね。っていうか、それってやっぱりキースがやったんでしょ!」
「エリスの時と同様に、証拠がまったくないんだ。隠し方も巧妙で、魔力感知を使った索敵魔法でやっと見つけられた。もしキースがやったんだとしたら、学生のレベルを軽く超えてるよ。そんな奴がそうそういるとは思えない」
うんうんと聞いていた三人が一斉に首を傾げた。
「ユーヤがそれ言う?」
「でも、そういうのはここにいるじゃない!」
「学生のレベルを軽く超えた相手をどうにかしてしまうユーヤ君って……」
えっとまぁ……それはね?
俺は転生者だし、色々と特別というか、そこはツッコミなしで聞いてほしかった……。
それにしても、そうか。俺が言うと説得力が無いのか……。
「ともかくだな、今回の学院対抗戦は、何者かの工作があって油断すれば命を落とすこともある。俺は常に警戒しておくけど、気づけない時もあると思うんだ。だから、何かがおかしいと思った時にはすぐに俺に知らせてほしい。……頼む」
この場の全員が頷いたのを確認した。
「これからの動きとしては、リーナとエリスは俺の側から絶対に離れないこと」
「お風呂の時もユーヤと一緒ってこと?」
と、リーナ。
「……それは許す」
「寝る時も一緒にいろと?」
と、エリス。
「……それも例外だ」
なんでこいつらはいつもこうなんだ!?
そういうのはほら、考慮しないだろ……。まあでも、だからこそ細心の注意が必要なんだけど。
「次に、ティアナ。今日とやることは変わらない。キース達三人の様子を中心に、余裕があれば二年生と三年生の動きも見ておいてくれ。何かあったらすぐに俺に知らせてくれると助かる」
「わかりました! 引き続き頑張ります!」
俺とリーナとエリスは代表者ということもあって、自由に身動きが取れない。三人まとまって行動する必要があるし、俺は試合を見ることに集中している。
自由な動きができるティアナの存在は本当に頼もしかった。
「ユーヤ」
ほんの少しだけ震えた声で、エリスが声を掛けてきた。
「どうした?」
「さっき、ユーヤは『今回の学院対抗戦は、何者かの工作があって油断すれば命を落とすこともある』って言ったけど、……もしかして、それ自体が狙いってことはないよね?」
俺は出そうになった言葉を引っ込めて、熟考する。
エリスが言いたいのはつまり、階段を突き落とされたのは試合に出られないようにするのが目的なのではなく、殺すことが目的だった――こういうことだろう。
俺は、否定しようと思って返事を考えたが、否定できないことに気が付いた。
殺そうとしたけど殺せなかった――こう考えれば、易々と三年生が試合に勝ったことも納得できる。
と同時に、試合が終わったからと言って、安心というわけではないということになる。
試合中の事故に見せかけたのは、一番簡単に殺す方法だったから。
一番強いと思われる相手を狙ったのは、それが一番損失を与えられるから。
まさかカリオン王国が国を挙げてそんな作戦を立てているとは考えにくいが、未来の強力な戦力を削ぎ落としておくという狙いがあるなら、ないとは言い切れない。
「大丈夫だ。絶対に誰も殺させない。……それとティアナ、監視は余裕があればでいい。できるだけ俺の近くにいるようにしてくれ」
昼の作戦会議は、新たな不安材料を発見することができた。
不安材料の発見は必ずしも良いことではない。カリオン王国の学院生が去るまで、残り二日もある。この間のストレスは相当なものになりそうだ。