第37話:最強賢者は確信する
学院対抗戦当日になった。
朝九時から開会式が始まり、十時から三年生の試合が始まる。一年生の試合は二日後なので、今日は試合を見ることくらいしかない。
昨日の夜に大怪我をした三人は、すっかり回復している。元気な三人を見てどういう反応をするのか、それ次第で誰が犯人なのか、あるいは組織的に計画していたのかがわかるだろう。
《学院対抗戦代表者の入場ですっ!》
進行を担当しているエマエルの声が響いてきた。開会式は形式的なもので、事前に受けた説明通りに恙なく進んでいった。俺たちは右翼側から、相手校は左翼側から歩いていく。
たくさんの観客に囲まれた校庭の中央に、二学院合計十八名が集まった。
九名の代表者を一人ずつ確認していく。後ろめたいことがある者は何かしらの反応があるはずだ。
三年生、二年生、一年生の順に一人ずつ観察した。
だが――おかしな動きをした者はいなかった。
ほとんどの者が緊張して強張っているだけで、おかしなところはない。俺と目が合うと逸らされたが、やましいことがあるようには見えなかった。
この中に犯人はいないのか……? 相手校の教師が勝手にやったとも考えられる。無詠唱魔法を使えることと、手掛かりを残していないことを考えれば、より高度な技術を持つ大人の仕業でもおかしくはない。おかしくはないが……教師がそんなことをする理由もよくわからない。
アリシア王国側の学院長――ウィードのありがたい挨拶が始まった。
「えー、コホン。……今年もこうしてアリシア王国とカリオン王国の学院生が平和のうちに集い、試合ができることを喜ばしく思う。毎年行われるこの試合は、両国の友好を象徴すると同時に、貴重な実践の機会でもある。代表の両校十八名には試合を楽しみ、互いを尊敬し、思いやりの心をもって望んでもらいたい。えー、……」
この後にもありがたいお言葉は続くのだが、あまりにも面白くないお話なので記憶に残っていない。なんでこう校長とか学長の話ってのはつまらないんだろう。
その後は両校の校歌斉唱、国歌斉唱を済ませ、この試合の基本ルールが伝えられた。
・試合は必ず審判監督の下で行い、審判の指示には必ず従うこと。
・相手校の生徒を意図して殺してはならない。
・試合時間は戦闘不能か、三十分経過後の審判による判断。
・試合は学年ごとの団体戦だが、二勝した時点で試合終了とはならない。
反則した場合には、学院同士の問題だけに留まらず、国同士の問題に発展する可能性すらある。
開会式がやっと終わり、一年生と二年生は会場を後にした。
「いやぁ、やっと終わりましたね。調子の方はどうですか?」
カリオン王国側一年生大将のキースが声を掛けてきた。にこやかな様子で、何を考えているのかわからないところがある、そんな奴だ。
「かなり睡眠不足だよ。今日が試合じゃなくてほんとによかった」
「なるほど、そういえば……そちら方、エリスさんが怪我をされたとか? 怪我の具合は大丈夫なんでしょうか?」
一年生、二年生、三年生の生徒が昨晩怪我をしたことは周知の事実だ。キースは心配そうにエリスを見た。
「まあ、ちょっとだけ怪我をしたのは事実だが、幸いにも大したことはなかったよ。こうして今はピンピンしてるしな」
「そうですか、僕も安心しました。やはり試合をする以上ベストな状態で戦いですしね」
「そっちも怪我をしないように気をつけろよ? なぜか学院対抗戦の出場メンバーが狙われてるみたいだからな」
「ははっ、気を付けておきますね。できるだけ仲間と一緒に行動するようにしますよ」
キースとの話が一段落したところで、後ろの女生徒二人を見る。この二人は気味が悪いくらいに話さない子たちだ。単に人見知りなのか? それとも……。
「スティーナとレイト……だっけ? 危ない目に遭ったり、変なことしてる奴を見つけたら教えてくれると助かるよ。こう見えても、一応俺教師もやってるからさ」
スティーナとレイトは一瞬固まり、無言でキースを見る。キースが頷くと、こちらを向いた。
「わかりました。このまま放っておくのはちょっと怖いですし、何かあったら相談しますね」
「教師もやっているなんて、凄いんですね。……わかりました! 何かあったら必ずお伝えします」
これからの試合は、学院ごとに分かれて観戦する。相手校にとっては圧倒的人数差のせいで完全にアウェーになってしまうので、多少なりとも集まっていた方が良いのだと思う。
去り際に一つだけ質問することにした。
「そういえばキース、一年生と二年生と三年生が一人ずつ怪我をしたって噂が流れてるんだけど、どうしてエリスが怪我をしたと思ったんだ?」
「……どういうことでしょうか?」
「いやなに、キースがエリスのことを心配してくれたのはありがたかったんだけど、昨日の学院寮は出場者が怪我をしたせいでかなり混乱してたんだよ。噂も、怪我をしたのがエリスだったり、リーナだったり、俺だったりバラバラだ。どうして誰が怪我をしたのか確認せずに、真っ先にエリスを心配したのかなーって思ってさ」
キースの顔が真っ青になる。
「い、いや僕はたまたま噂話をしているのが聞こえてきて……エリスさんが怪我をしたと」
「え? 俺たちは部屋から直接待機場所まで連れていかれたはずなんだけど、どこで聞いたんだ?」
「た、待機場所の近くにも人はいました」
「あんだけガヤガヤしてた中からエリスが怪我をしたことは正確に聞き取れたのに、情報が錯綜していることは分からなかったのか。ずいぶんと都合の良い噂話だな」
「ぼ、僕がやったっていう証拠でもあるんですか……!」
「いや、べつに誰もキースがやったなんて言ってないんだが……ちょっと気になっただけだ。気分を悪くさせたのなら謝るよ、ごめんな」
「……僕は構いませんよ。疑われても仕方ないですし。……じゃあ、失礼します」
……正直、聞く前は五分五分ってところだったが、キースに質問して確信した。あいつが犯人なのか、どうかはまだ判断できないが、アイツが何かを知っていることは間違いない。
「ユーヤ? 何してるの、早く行くよ?」
リーナに手を引かれて、三年生の第一試合――先鋒戦が見える位置まで急いだ。