第35話:最強賢者は挨拶する
校庭に出ると、学院対抗戦に出場する九名の生徒と、三人の見知らぬ教師がいた。こちらの学院の生徒もかなりの人数が集まって、ちょっとしたお祭りになっている。
昼休みになり出てきて二年生と三年生は握手を交わしていて、ついに来たかという感じだ。
俺たち三人は人だかりをくぐって、相手校の生徒に近づいていく。
「あなた方が僕たちと戦ってくれる一年生ですか?」
「そうだ」
話しかけてきたのは、まだ幼い顔立ちの金髪少年。その周りには取り巻きの女子生徒が二人いる。二、三年生と握手していなかったということは、この三人がカリオン王国の魔法学院一年生――俺たちの試合相手だ。
「僕が一年生大将のキースです。そちらの大将はあなたということで?」
「その通りだ。大将のユーヤだが――まあ名前は事前に伝わってるか。こうして試合できることを光栄に思う」
「……なるほど。それで、中堅がそちらの――」
「リーナよ」
俺の後ろにいたリーナが一歩前に出て、自ら名乗った。
相手校の中堅も出てきて、対面する。
残ったのは先鋒だが、残るは一人になる。
双方の先鋒も一歩前に出た。これで全員が揃った。
「なるほどなるほど……では、今回の学院対抗戦もお互いの学院の名誉のため、未来の可能性のため正々堂々と戦いましょう。よろしくお願いします」
「ん……ああ、よろしく」
大将のキースが右手を差し出してくる。俺はその手を取り、握手を交わした。遅れて中堅のリーナと、先鋒のエリスも相手校の生徒と握手を交わす。
学院対抗戦は親善試合だから、代表者同士が前日にこうして挨拶をするのが通例となっているらしい。参加は自由だが、しなかった年はなかったはず。
それにしても、『学院の名誉』のためとか『未来の可能性』とか、確かにこの対抗戦の目的はそうだが、まさか口に出して言うとは思わなかったな。これが文化の違いってやつか?
「明日までまだ時間もありますし、僕たちは施設を見学したいのですが……」
「そういうことなら、俺たちが案内させてもらうよ。敷地が広いし、全部周るだけでも日が暮れちまうからな」
「助かります。よろしくお願いします」
敷地の案内も明確なルールがあるわけじゃないが、毎年のしきたりだ。お互いの学院施設を視察し、より良い環境づくりに役立てる。もちろん教師側も別で見るのだが、生徒の視点も無視できないとのこと。
二時間ほどで全ての施設を案内し、最後は宿舎に誘導した。
宿舎とは言っても俺たちが普段使っている学院寮の空き部屋を使ってもらうのだが……まあ、呼び方の問題だ。
こうして、初対面を終えた。
ちなみに相手校の大将はキースで、中堅がレイト、先鋒がスティーナとなっている。見るだけでは実力まではわからない。……でも、キースは少し独特な感じがしたな。他の二人とは違って、なんとなく『勝ちに来ている』という感じが伝わってきた。
試合は俺たちが勝つのだが、まあやる気があるのは嫌いじゃない。楽しい試合にしたいものだ。
◇
その夜。
ユーヤとリーナとは別室に住んでいるエリス。午後十時以降は寮の外出られないのだが、学院対抗戦を目前にしているということで特別に許可をもらって自主練をしていた。オリジナル魔法に関しては部屋で練習すればいいが、ランニングはどうしても外じゃないとできない。
十キロほどのランニングを終えて、エリスは自室に戻ろうとしていた。彼女が学院寮の階段を上っているとき、見慣れない人影が見えた。
消灯済みなので暗くて顔はよく見えないが、上の階からエリスを見ているように見える。
私に何か用があるのかな?
エリスは用件を聞こうと急ぎ足で階段を上る。……次の瞬間、彼女は階段から足を踏み外してしまった。
「きゃ、きゃあああああああ!」
普段なら絶対に階段で足を踏み外すことなんてありえない。なぜかこの時だけは急に足元が滑って、踏み外してしまった。
全身を強く打ちながら、下へ下へと転がっていく。
エリスの鍛え方は尋常ではない。特に最近はユーヤの指導によりバランスよく強化されていた。だから、階段から転げ落ちても命が危なくなるということはない。
「うぐ…………」
それでも当然だが怪我はする。階段から落ちるというのは完全に想定外だったので、魔法を使っての衝撃軽減も間に合わなかった。
全身打撲に、腕と足の骨が折れてしまっている。大事な試合を前に、なんてヘマをしてしまったのだろう……自分が情けなくなり、唇を噛んだ。
これだけの大怪我を負うと、痛みは遅れてやってくる。
「痛い…………」
だが、さっきの人影は助けてくれるどころか、姿を消してしまっていた。
彼女の叫びを聞いた他の生徒が何事かと思い、一斉に出てくる。
「エ、エリスさん!? 大丈夫!?」
「だ、誰か医務室に連絡してくれ!」
「大変だ! エリスさんが怪我してるぞ!」
学院寮は一時パニック状態になり、有志の生徒たちにより、エリスは急ぎで医務室に運ばれていった。