第28話:最強賢者は迎えに行く
エマエルからもう一人の少女の名前を聞き出し、建物を後にした。俺が治療した少女の名前は、クレンテという名前だった。学院に戻ったら早めに話を通しておくとしよう。
治療していた時間は結構長かったらしく、建物を出たころにはちょうどいい時間になっていた。ゆっくり歩けば、ちょうどティアナが終わってすぐにつけるだろう。
「それにしても、たまたまとはいえスタッフが足りてなくてよかったわよね」
「何を言ってるんだ? リーナ」
「何って、エマエルとクレンテのことよ。こんな偶然、そうないと思うわ」
「まさに奇跡ってやつですよね!」
レムも一緒になって盛り上がる。
どうやら、リーナは偶然だと思っていたらしい。学院の事情を知らないレムとアミはともかく、リーナが偶然だと信じていることにはちょっと驚いた。
「……いや、偶然じゃないぞ?」
俺がそう言うと、リーナ、レム、アミが首を傾げた。
エリスはどうやら事情を察していたらしく、間抜けな顔になっていない。
「今年の学院対抗戦がアリシアの魔法学院で行われることは、ずっと前からわかっていたことよ。専門のスタッフを雇わなくても、教員が仕事を担当することになっているはず。そういうことでしょう?」
「正解だ。学院対抗戦は伝統のある大切な行事だからな。今になって焦るようなことはありえないよ」
「えっ? じゃあなんでユーヤは人手を探してるって……あっ!」
リーナもやっと気づいたらしい。
「どういうことなんですか?」
「もしかして……二人を助けるために新しい仕事を作ったってこと……?」
「そういうことになるな」
俺が学院長から地位を任されるにあたって、いくつか権限を与えられている。仕事を一つや二つ作ることは難しくない。
金貨五十枚は、日本円に換算すると約五十万円。このくらいのお金なら、学院長の事後承認だけで動かせるのだ。もちろん、仕事はちゃんとやってもらう。本来なら各教員が担当するはずだった仕事を、二人に割り振るのだ。
「これをあの一瞬で判断したってこと!? もしかして凄いことなんじゃ……!?」
「……いや、そんなことはないよ。こんなのは俺の自己満足だしな」
王都には、生活に困窮している者がたくさんいる。ここから見えるボロボロの建物にも、誰かが住んでいるのかもしれない。その全員を救うことは俺にはできない。
目の前に困った人がいるから、たまたま助けただけの気まぐれに過ぎない。
俺には、国を変えるほどの力はないのだ。
◇
ゆっくりと歩いて二十分。
俺とリーナが床屋に入ると、ちょうどティアナの改造は終わっていた。ティアナは両手で顔を隠して俯いている。
「今ちょうど終わったところだよ。いや~もうほんと、美人さんになったから、期待しててちょうだいね! ほら、お友達に見せてあげて」
レイラさんはティアナに顔を上げるよう促す。
ティアナはゆっくりと顔を上げる。まだ顔は両手で隠したままだ。
隙間から見える顔は赤くなっていて、恥ずかしがっているように見える。
「えっと……私なんかが顔を見せていいのでしょうか」
伸びきってぼさぼさになった前髪を切ったからか、顔がはっきりと見えるようになっている。見られるのが不安で仕方ないのかもしれない。
「大丈夫だ。ティアナはもう鏡を見たんだよな?」
「うん」
「俺たちがティアナを傷つけるようなことを言うと思うか?」
「ううん、思わない」
「じゃあ、もう大丈夫だ。そうだろ?」
「……わかった。もう大丈夫」
ティアナは、ゆっくりと両手を放した。
髪を切る前はよく見えなかった顔の全体像がはっきりと見える。パッチリとした瞳。透き通るような白い肌。綺麗な鼻筋。ぷるっとした唇。
「おお……」
あまりの感動して、しばらく言葉が出てこなかった。
「ど、どうですか……?」
ティアナは上目遣いで俺を見つめる。
「想像以上だ。……めちゃくちゃいいと思う。絶対に良くなるとは思ってたけど、これは予想以上だよ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「そっか……よかったです」
ティアナは嬉しそうに微笑んだ。
「リーナはどう思う?」
難しそうな顔をしていたリーナに声を掛けてみた。
返ってきたのは、よくわからない言葉だった。
「……これは、強敵になるわね」