第27話:最強賢者は職を与える
「で、でも……お前が治したのだとして……何のために?」
赤毛の少女は理解が追い付かないのか、そわそわしていた。
「一言で言えば、きまぐれだ。彼女のような女の子はこの世界に数えきれないほどいるだろう。俺はその全てを助けることはできないし、率先して助けようとは思わない。今日はたまたま目の前に困っている人がいたから、助けただけのことだ」
「金持ちが施しなんてすると思わなかった」
「俺は特別金持ちというわけでもないがな。辺境の生まれだし。……まあ、人は色々だよ」
赤毛の少女は俯き、喋らなくなった。何か思うところがあるのかもしれない。
「……とまあ、そんな理由で病気に関しては治したが、このままではまだ気分が悪い。……君、名前は?」
「エマエル」
「……エマエル、君はこれからどうしたいと思ってるんだ? こんな生活を長く続けたいわけじゃないんだろ?」
梅毒にかかっていたのはたまたまエマエルじゃなかった。でも、このままの生活を続ければ必ず何らかの病気を患うことになる。性病に限らず、こんなところに住んでいるのでは衛生的に最悪だ。
「……私は、……いえ、私たちはお金さえあればここから抜け出したい。故郷の村に帰りたい」
「出稼ぎに来ていたのか?」
「最初はそう……だったけど今は違う。出稼ぎで色々な村を回っている途中で、たまたま王都に着いた。……でも、王都では学のない私たちにできる仕事はほとんどなかった。帰ろうと思ったけど、通行税が高すぎて出られない。そんな状況」
そういえば、王都は他の村と比べると通行税がめちゃくちゃ高かった。入るときには税金はかからないのだが、出るときには入場の時の税金と合わせてかなりのお金を取られてしまう。……確か、併せて金貨二十枚くらいだったっけ?
これは王都で普通の人が一か月暮らすのに十分な金額だ。これを一気に用意しろというのはなかなか厳しい。
「つまり、金さえあれば王都を出て故郷に帰れるということだな?」
「……そのためにお金を貯めてた」
「それで、どれくらい貯まったんだ?」
俺が質問すると、エマエルは暗い表情になった。
「もう少しで二十枚貯まりそうだったけど、強盗に襲われて全部奪われちゃった。……ははっ……」
乾いた笑いを浮かべて、顔を歪ませる。
小さな少女が命と心を擦り減らして必死に貯めたお金を奪う……これが異世界というものか。いや、これは現代の地球でも色々な国で起こっていた。どの世界でも弱者は搾取されるということでしかない。
だが、そんなことがまかり通っていていいはずがない。
「……エマエル、そこの少女と金貨五十枚の仕事をする気はないか?」
「金貨五十枚って……そんな仕事、私たちみたいな学無しができるわけない」
「五月の中旬……もう少しで、王都にある魔法学院で学院対抗戦が行われることになっている。当日の設営や、事前準備の人出が足りていないんだ。住み込みのスタッフをちょうど探してたんだが、エマエルさえやる気があるなら、俺は推薦する」
「……学生服を着ているということは、ただの生徒でしょ……そんな権限があるはずが……」
「それが、あるんだな」
俺は右肩の紋様をエマエルに見せる。
「これが魔法学院の教師であるという証明だ。つまり、俺が推薦すれば、必ず君たちは仕事に就くことができる。半月ほど働けば、五十枚の金貨をもらえるということだ。通行税で二十枚払っても、お釣りが三十枚ほど余る。……悪い話じゃないんじゃないか?」
俺の話にエマエルは真剣に耳を傾けていた。
「本当に……本当にその仕事、紹介してもらえるの……? 私、あんなに失礼なことしたのに……」
「強盗に財産を奪われた経験があったら警戒するのは当たり前だ。廃屋だと思って興味本位で探検しようと思っていた俺たちにも非はある」
エマエルは、熟睡しているもう一人の少女の顔を遠目で覗いた。
それから、何かを決心したように身体に力を込める。
「……ぜひ、紹介してください。精一杯働かせていただきます」
エマエルは額を地につけ、土下座の格好でお願いする。
彼女なりの礼儀のつもりなのだろう。
「ああ、よろしく頼むよ」