第26話:最強賢者は病気の少女を完治させる
暴れる赤毛の少女を四人に抑えさせ、俺は目の前の少女の治療を始めた。
現代日本では抗生物質を投与しなければ治療は難しかった。でも、この世界には魔法がある。俺の回復魔法でウイルス性の病気を治せるかどうかはわからないが、放っておけば悪化する一方だ。やれるだけのことはやることにした。
レムの傷を治したときにはまだまだ未熟だったが、オークの一件で俺のレベルは上がっているはずだ。回復魔法もそれに応じてできることが増えていることを祈る。
梅毒の原因は梅毒トレポネーマという病原菌によるものとされている。本来ならこの菌を抗生物質で処理するのがスマートなのだが、魔法で同じ効果を得るなら……やるか、魔法創造。
かつて戦闘用にオリジナルの魔法を作っていた。今では意識するまでもなく使いこなしているが、最近はめっきり作っていなかった。十分な強さがあることからの慢心だったのかもしれない。
頭の中で魔法式を組み立て、最適な組み合わせを作っていく。
少女の身体に意識を集中する。試しに病原菌を殺してみる。――成功した。
狙い撃ちには成功したが、少し減らしたくらいでは意味がない。完治させる必要がある。
小手先の技術ではどうにもならないらしい。
「それなら――力ずくでなんとかするか」
ウイルスには耐性がなくても、ある程度は白血球による自己治癒でどうにでもなるところがある。病原菌が追い付かないくらいのスピードで治癒することで、治してしまおうという戦法だ。
我ながら俺らしいやり方である。
少女の身体に手で触れ、膨大な魔力を流し込んでいく。流し込んだ魔力を栄養素に変え、すぐに吸収させる。梅毒トレポネーマの数はみるみるうちに減少していく。
このまま放っておけば梅毒に関しては完治するだろう。
しかし、一つ問題が残る。
病気による後遺症だ。
ただれた肌くらいなら勝手に治るだろう。それとは別に、臓器の機能低下の問題がある。
俺がこの先のことまで心配する義理なんてない。……でも、見てしまった以上放っておくのも目覚めが悪いじゃないか。
低下してしまった機能を復活させるため、大量の魔力を流し込む。かなりの魔力量がある俺でも少しフラっとするくらいの量だ。
この魔力を使って、細胞の時間を逆行させる。
戦闘などではまったく役に立たない代物だ。魔力の必要量が多いし、広範囲の時間を戻すことは不可能。部分的に戻すような使い方をしないと、効果はかなり薄くなる。
「――これでどうなるか、だな」
臓器の細胞を二年ほど逆行させると、機能が完全に戻った。
少女の身体全体に意識を集中させ、他に何か問題がないかチェックしておく。……よし、問題なしだ。
「よし、もう赤毛の子、放してやってもいいぞ」
俺の指示で、四人が手を放す。
赤毛の少女は物凄い剣幕で俺を怒鳴りつけた。
「な、なにをしてやがった! ジロジロと見やがって! そんなに楽しいかよっ!」
「何がだ?」
「何がって……病気の女を見て面白がってたんだろ! 金持ちは本当にクズだな!」
「確かにあれを見て面白がる人間はどうしようもないクズだと思うが……俺は決して病気の少女を見て面白がってなどいないぞ。どこに病気の女がいるんだ?」
「どこにってそこにいるだろ……ってアレ?」
ようやく気が付いたようだ。
赤毛の少女の目線の先には、スピースピーと穏やかな寝息を立てて寝ている少女が一人。容姿は少女本来のものに戻っている。どこにも病気の女はいない。
「……は? どういうことだ?」
赤毛の少女は頭を抱えて蹲った。視線は俺と少女を行き来している。
三分ほどの間無言になった後、赤毛の少女が口を開いた。
「まさか……お前が治したのか?」
やれやれ、やっと頭が追い付いたか。俺は小さく嘆息した。
「まあ、そういうことになるな」