第25話:最強賢者は病気の少女を見つける
ナイフを突き立てられたまま、俺たちは廃屋の最上階まで連れていかれた。
最上階は窓から光が差し込んでいて、明るくなっている。俺たちを連行した少女の顔がはっきりと見えた。
まだ幼さが残る少女。……年齢は十三歳前後くらいだ。セミロングの赤毛は汚れていた。服もボロボロなところを見ると、生活はかなり苦しいのだろう。
チラチラとこちらを覗きながら、床に落ちていた縄を拾った。
「そ、そこに座れ。う、動くんじゃねえぞ! ちょっとでも動いたら痛い思いをするからなっ!」
俺が床に座ったことを確認すると、慣れてない仕草で俺の身体に縄で縛っていく。縛られたのは二か所。上半身と下半身だ。解こうと思えば無理やり引きちぎればいいので、抵抗はしない。
「次だ」
今度はエリスの身体が縄で縛られる。エリスも特に怯えることなく受け入れた。
彼女たちも、この少女に力がないことを理解しているのだ。
そうして五人全員が縛られた。少女は俺たちを縄で縛ると安心したのか、ほっと一息ついた。
さて、そろそろ事情を聞こうか。
「それで、何のつもりだ?」
赤毛の少女はジロりと俺を睨む。
「早速だが、金目のものをもらおうか」
……ふむ、金目的か。貧相な格好をしているから予想の範疇ではあるが……。
「目的は?」
「お前に言う筋合いはねえ」
なるほどな。大体わかった。
長く生きていると、相手の顔の表情や口調から、真意がわかるようになってくる。
この少女には金を使う何らかの目的がありそうだ。
「悪いが、金になるようなものは持っていないし、やるきもない」
「なんだと!? こ、この!」
少女は床をバンっと蹴り、ナイフを俺に向ける。
俺はやれやれと溜息をつき、立ち上がった。下半身を縛っていた縄が俺の力に負けてちぎれる。
次に腕を左右に広げ、上半身を縛っていた縄を解く。
やっぱり身軽な方がいいな。
「ま、魔法か!?」
「いや、これは単純な筋力だ」
筋トレを真面目にやっていればこのくらいのことはできる。俺だけじゃない。そこで縛られたままになっている四人も筋力だけで縄を解くくらいのことは簡単だ。ここ数日間の筋トレで、確実に彼女たちは強くなっている。
もっとも、魔法を使えば単に縛っただけの縄くらいちぎることなく普通にほどけるのだが。
「私たちもそろそろいいかしら?」
エリスが声を掛けてくる。
「ああ、もういいぞ」
俺が答えると、四人の縄が一斉にちぎれる。
「はあ~~~、やっぱり縄はない方がいいわね」
「こんなの特殊性癖でもなければ喜ぶはずないわよ」
「やっと自由です!」
「筋トレやっててよかったわ」
ボロボロになった縄が床に落ちていく。
赤毛の少女はその様子を唖然と眺めていた。腰を抜かして、地面にへたり込んだ。もう勝てないと思ったのか、手にはナイフを持っていない。
「こんなの、勝てるわけねえ。もういいよ、煮るなり焼くなり好きにしろ」
「ああ、そうさせてもらうさ」
俺はズカズカと部屋の奥へと進んでいく。
最上階はかなりの生活感があり、ゴミが散らかっていた。足元に魚の骨が落ちているので、ときどきパキパキという音がする。
それくらい荒れ果てていた。
奥には貴重であろう布を使って仕切りが作られていた。その布をめくろうとすると、
「そこはダメ! ……お願いだから」
赤毛の少女が向こうから叫んでいた。リーナたちが彼女を静止していなければ突っ込んできそうな勢いだ。
「煮たり焼いたりするより部屋の中を見られた方がマシだと思うが?」
「その子は関係ない。……お金にはならない。だから、もうやめて」
「ふむ、『その子』、ね」
俺は少女の叫びを無視し、仕切りの布をめくって中を覗いた。
そこには人間と言っていいかわからないくらい醜い姿になった少女が苦しみもがいていた。嗚咽すらまともにできていないくらい衰弱している。
前世でも話には聞いたことがあるが、これは梅毒だろう。貧困・少女のセットは多くの時代で性病に繋がる。二十一世紀の日本ではこの図式は当てはまらなかったような気もするが、中世ヨーロッパくらいの文化圏なら、ないほうが不自然だ。
「よ、よくも見やがったな!」
赤毛の少女は喚き暴れていた。
「ギャーギャー騒ぐな。すぐに治してやるからちょっと待ってろ」