第11話:最強賢者は帰還する
リィリの森に向かうまでにはかなりの時間がかかったが、王都に帰るのは一瞬だ。一度でも行ったことのある場所への転移は容易い。
王都に戻ってすぐにアミを治癒士に診せることになった。
魔法学院の近くに建てられているアリシア治癒院。魔物に囚われて弱っていると説明すると、急患扱いで優先してもらうことができた。
「もう大丈夫なの!?」
診療を終わって出てきたアミに、レムは真っ先に駆け寄った。
アミ本人よりアミを心配している。それだけ彼女のことを大事に想っているのだろう。
「うん、ちゃんとご飯を食べて眠ったら大丈夫だって……それよりレムの方は大丈夫なの?」
「私はユーヤがしっかり治療してくれたからこの通り、平気よ」
簡単にではあるが、アミにはことの経緯を伝えてある。
レムが倒れていたので治療したこと、クエストが被っていたので俺たちが貰い受けたこと。
「もう大丈夫そうか? アミ」
「ユーヤさん! おかげさまで、大丈夫です! 本当になんとお礼をしたら良いか……」
「気にすることはない。二人を助けたのはクエストのこともあったからな」
クエストの失敗は昇級したい時の審査に影響が出ることの他に、ギルドに違約金を支払わなければならない。それを避けられたのはラッキーだった。
とはいえ、そもそもクエスト自体がギルドの調査不足の誤発注だったのだから、レムとアミのパーティにもペナルティは課せられないだろう。むしろ、レムは俺たちと一緒にオークを何体も倒している。悪いようにはならないはずだ。
全て丸く収まり、一件落着で一安心だ。
「みんな無事に帰れて本当に良かったー! 私ちょっとオークを舐めてたかも」
「オークでもあれだけ数がいるとちょっと危なかったわよね……」
リーナとエリスの会話は平和そのものだが、一応言っておいた方がいいんだろうな。
「だから最初に言っただろ? 油断はするなって。今回のことを教訓に、たとえスライムでも気を抜かないことだ」
「「はーい」」
やれやれ、本当にわかってくれているといいのだが。
「しかし二人はなんで冒険者なんてやってるんだ?」
こんなに若い二人が冒険者をやっているのは少し不思議だった。普通ならまだ親元にいるくらいの歳だ。
冒険者に年齢制限はないが、違和感はある。
「私たち、親がいないんです」
レムが答えた。
「両親が冒険者だったんですけど……ある日を境に帰ってこなくなったんです。アミも同じ境遇です。孤児院も定員が空いてなくて、自分で稼ぐしかないって……幸い両親に戦いの基礎は教わっていたので」
「……すまん」
改めて異世界の過酷さを肌で感じた。
この世界には孤児を社会全体で保護する仕組みがまったくといって無い。親を失った子供は親戚か孤児院が引き取るが、どこにも引き取ってもらえなかった子供は死ぬか、自分の力で生きていくしかない。
二人の絆が深い理由も納得できる。
レムとアミが二人で行動するのは理に適っている。戦闘においてソロは圧倒的に不利になる。背中を預けられる仲間がいれば、後ろに気づけないというリスクはなくなる。二人は親友であると同時に、戦友でもあるのだ。
「い、いえ! とんでもないです。今はなにもできませんが、この御恩は必ずお返しします」
レムは早口でまくし立てた。
「御恩……か」
俺は小さく呟いた。
「もし恩を感じているなら、一つ俺の頼み事を聞いてくれないか?」
「頼み事……ですか?」
二人はきょとんとしていた。
「王都アリシアに魔法学院があるのは知ってるよな?」
「それはもちろん……」
「私も知ってます」
むやみに俺の素性を明かすのは控えておきたかったが、説明には順序というものがある。仕方ないから話そう。
「俺は魔法学院の教師をしているんだ。……同時に生徒でもあるんだが、まあそれはさておき」
「ま、魔法学院の先生で生徒!? す……すごいです! 魔法学院の生徒は王国でも選りすぐりのエリートで、その中でも優秀な人しか先生になれないという話じゃないですか!?」
「まあ、その魔法学院なんだが、今度もう一つできることが決まってる。開校は九月からだ。知っていたか?」
「い、いえ……知りませんでした」
知らないのも無理はないか。彼女たちは毎日生きるか死ぬかの生活をしてきたのだ。気に掛ける余裕がなくて当然だ。
だからこそ、俺は提案したい。
「二人とも、八月にある入学試験を受けてほしいんだ」
「わ、わ、わ、私たちが入学試験をですか!? 無理ですそんなの! 合格できるわけがありません!」
レムは猛烈な勢いで後ずさった。
「無理じゃない。レムの実力は確かなものだ。レムと一緒に戦っていたアミも弱いはずがない」
強いか弱いかくらいは、見ただけでわかる。アミの佇まいは、第一魔法学院でも上位のそれだ。
「入学すれば三年間は衣食住が確保できるし、卒業後の進路だって今より自由が利く。これはチャンスなんだ!」
俺は二人に詰め寄った。
レムとアミは一瞬驚いたように肩を震わせたが、すぐに頬が赤くなる。
「わ、わかりました! ユーヤさんがおっしゃるなら……前向きに検討します」
「私も……」
どうやら俺の思いが少しは伝わってくれたらしい。