第9話:最強賢者は騙されない
俺は溜息をついた。
まったく、舐められたものだな。
「――馬鹿か、そんな見え見えの嘘に引っかかるわけがないだろ」
「……ぐぬ」
もし俺が提案を受けたとしたら、油断した隙を狙って殺すつもりだったのだろう。
目の前で仲間が殺される様子を見ていた奴を仲間に引き入れるなどありえない。オークは魔物の中でも同族意識が強い。人間を仲間に取り入れることになれば、仲間の不満が高まるのは必至。いくら知能が高いと言っても所詮はオーク。魔物なんてこんなものか。
「ふむ、よくぞ見破ったな人間よ」
ギラギラした瞳を向けるオークキング。
太い筋肉を膨張させ、襲い掛かってくる。
「では、ここで死んでもらおうっ!」
降りかかってくる大きな棍棒。俺は左にジャンプ。軌道を逸れてから、剣で棍棒に斬りかかる。
キンッ。
かなり硬い材質なのか、斬れなかった。
反動で剣を握る手がジンジンする。
「不思議か? 人間よ」
「……ああ」
どうして斬れなかった?
俺にはパワーも、技術もある。どんなに硬い材質でも傷ぐらいは入らないとおかしい。
さっきの一撃は絶対に斬れる自信があった。それなのに、まるで跳ね返されるような力が働いて傷一つ入らなかったのだ。
「この棍棒は我の魔力でできている――破壊は不可能なのである!」
言い終わると同時に、また飛んでくる。
強力な一撃だが、スピードは俺の方が上だ。剣は使わず、軌道を読んで攻撃をかわす。
ガアアァァァンッと地面に直撃。洞窟が振動する。
魔力生成された棍棒。魔力を具現化できるなんて知らなかった。そんな魔法があることすら初耳だった。話を鵜呑みにするのなら、魔力を剣で斬ることはできないということになる。
ゲームの時は魔物の武器はオブジェクト指定されていて、攻撃は不可能だった。
――そうか、なら、ゲームと同じじゃないか。
敵の攻撃を止めることはできない。
でも、攻撃を避けることはできる。あの時どうやってこの強敵を倒したか思い出せれば、同じようにすれば倒せるはずだ。
突破口が見えてきた。
オークキングの攻撃。避ける。
オークキングの攻撃。避ける。
オークキングの攻撃。避ける。
オークキングの攻撃。避ける。
オークキングの攻撃。避ける。
こうして思い出した。そして、倒し方を考えた。
まず、オークキングの動きは遅い。それも当然だ。この巨体が枷になって、動きが遅くなっているのだ。ゲームでも移動速度、攻撃速度は遅かった。
強力な攻撃も、避けることさえできれば大したことはない。
隙を作ることさえできれば、勝機はある。
「どうした? 人間なんぞこんなものか!」
オークキングの連続攻撃で、地面には大量のクレーターが出来ている。……そうか! これを使おう。
俺は【火球】の準備を始める。
オークキングの動きを予測して、最適な位置に配置する。
「いや、オークキングともあろうものがこんなものなのかと思ってな」
「な、なにぃ!?」
オークキングの眉間に皺が寄り、こめかみがピキピキと浮き出る。怒りは最高潮だ。
これにもちゃんと狙いがある。怒りで俺に集中させるためだ。準備が終わるまでは気づかれるとまずい。
俺は円を描くようにオークキングの周りを移動する。
「く……小癪な……! チョロチョロと!」
オークキングはどうせ当たらないと思ったのか、狙いなど度外視で、目の前を次々とクレーターに変えていく。奴には俺が逃げているだけに見えるだろう。自分は強いという慢心が……油断が首を絞めていることに気づかない。
外堀はもう埋まっている。
「ユーヤ! 大丈夫なの!?」
気づけば、三人はオークを倒し終わっていた。
心配した様子でリーナが先陣を切って走ってくる。
「来るな! ……もうすぐ終わる。頼む」
「!? わ、わかった」
「ああ、助かる」
リーナは加勢してくれようとしたのだろう。確かに、その判断は普通なら正しい。でも今はそのタイミングじゃない。作戦に巻き込んでしまう可能性があるからだ。
「オークキング、お前はもう終わりだ」
俺は準備していた【火球】を発動させる。
場所は地中。ちょうどオークキングが立っている周辺一メートルだ。
地雷と化した【火球】が爆発を起こし、足を巻き込んで大ダメージを与える。
それだけじゃない。
地面が揺れに揺れ、まともに力が入らないはずだ。この状況で棍棒を振ることはできない。
武器破壊はできないが、魔力でできていない身体はダメージを与えることも可能だ。
俺はその隙に背後に回り込み、首に剣を二閃。首を掻き切り、大出血を起こす。さすがに切断とまでは至らなかった。
「今だ! 加勢してくれ!」
リーナ、エリス、レムに向かって叫ぶ。
三人は頷き、次々とオークキングに攻撃を加えていく。
この集中砲火により、オークキングは力尽きた。
苦労はしたが、倒せた。ほっと一息ついていると、オークキングの身体が消滅し、アイテムが出現した。
それは王冠の形をとった金色に輝く指輪だった。
なんだこれは?
よくわからないが、とりあえずポケットにしまっておくとしよう。
「――さすがはユーヤね!」
「ん?」
静寂が包む洞窟にリーナの声が響きわたる。
なんか俺すごいことしたっけ?
「まあユーヤだからね」
どういうわけか、エリスまでもがそんなことを言う。
「オークキングをほとんど単独で倒すなんて……聞いたことがありません。助けてほしいとお願いした身ですが、本当に驚きました! ユーヤさんはすごいです!」
と言われても、三人の助けが無ければ攻略はさすがにできなかったと思う。
俺だけの手柄じゃないのに、凄いと言ってくれるのはなんだか腑に落ちない。
とはいえ、凄いと言ってくれるのに「全然凄くない」と謙遜するのも嫌味になる。なら――掛ける言葉はこれか。
「みんなありがとう、お疲れさん」