第4話:最強賢者は治療する
ダークブラウンの髪を部分的に血で赤く染めた少女が横たわっている。
幸いまだ息がある。……だが、肩から背中にかけて傷を負っていた。
流血の量は怪我の割にはそれほどではないが、痛みは相当なものに違いない。
しかも意識を失っているということで、事態は一刻を争う。
「ユ、ユーヤ! どうしよう……今から急いで町に戻っても間に合うかしら……」
リーナの声が震える。
「落ち着けリーナ。【空間転移】を使えばすぐに戻れるが、問題はその後だ。手が空いている治癒士を見つけないといけない」
「そっか……じゃあ早く戻って手分けして……」
「落ち着けと言っている。この程度の怪我ならまだ慌てる状況じゃない。ちょっと場所を空けてくれ」
俺とリーナは場所を入れ替わる。俺は少女の隣に屈んで、右手をかざす。
そして、自分の魔力を少女に分けるイメージで捻りだし、増幅させていく。
【回復】の魔法だ。赤龍との戦いの末レベルが上がった俺は、ついに回復魔法を手に入れた。賢者が確固たる地位を築けたのは、単に攻撃力や攻撃魔法のバリエーションだけではない。他の職業でも極めることで部分的に賢者に勝つことはできるのだ。
それでも賢者が評価されるのは、高位の回復魔法が使えるという一点に尽きる。
他職業では回復技能を上げることにより回復魔法が使えるようになるが、レベルカンスト時の実力は賢者の何倍も劣る。
とはいえ俺はまだ回復魔法のレベルが低い。一般の治癒士に比べても実力が足りていない。でも、切り傷程度を治す程度なら造作もないことだ。
「傷が……癒えていくわ!」
「ユーヤが回復魔法まで使えるなんて!?」
リーナとエリスは口をぽかんと開けて固まっていた。
それほど驚くことなのかな? 賢者は序盤が弱すぎるんだから、このくらいの能力がないと釣り合いが取れないと思うのだが……知識を持っていないと驚くのも無理ないのかもしれない。
「もうちょっとだ」
初めて使う回復魔法。
俺はコツを掴み始めていた。魔力を分けるイメージはなんとなくできていたのだが、増幅させるという概念がいまいち理解できていなかった。
本来、HPとMPは等価なのだが、治癒士がMPを使ってHPを回復させる場合は効果を『増幅』することができる。この増幅の効果が大きければ大きいほど、一般に優秀な治癒士とされる。
少女の傷はついに塞がり始める。
そのまま回復を続けていくと、完全に傷が塞がり、傷跡はすっかり消えていた。
「す、すごい……本職の治癒士でも完全に傷を塞ぐのは難しいとされているのに……ユーヤの魔力量は底がしれないわね……」
「魔力の量だけは自信があるからな。……よし、仕上げだ」
「え、まだ何かあるの?」
「リーナ、怪我ってのは傷を塞ぐだけじゃ治したことにはならないんだ」
「ど、どういうこと?」
「簡単なことさ。流れてしまった血を戻さないといけないだろ?」
考えてみれば当然のことだ。魔法がない世界――日本では怪我をしてから傷が完全に塞がるまでの間は時間がかかるので、その間に血液を生成できる。だから気づかない。
外科手術をイメージするとわかりやすいのだが、血液が足りない場合は足さないと危険な状態になってしまう。
今、目の前にいるこの少女は流血がマシとはいえ、血を流していることに違いはない。
完璧な状態に戻しておいた方がいいという意見に反対する者はいないだろう。
「なっ……! ユーヤは血を作れるってこと!?」
リーナと並んで俺の治療を見守っていたエリスが驚愕混じりの声を上げる。
「俺が血を作るというより、血液生成の手助けをするって感じだな。増幅魔法を骨髄に作用させればいいだけのことだ」
「こつずい……? と、とにかくわからないけど凄い……凄すぎる!」
あれ? まさかこの世界の人間は骨髄のことを知らないのだろうか。
確かに魔法があれば人間の身体の機能を知らなくても治療できてしまう。そのため研究が進んでいないのだろう。
俺は人体解剖図鑑で見た記憶の中のイラストを頼りに、まずは腸骨と胸骨場所を特定する。
そこに回復魔法をかけて、働きを活発にしていく。
減ってしまった免疫細胞も同時に回復させ、造血で減った栄養素を、少女自身の魔力を変換して補充していく。
少女の身体に神経を集中させているからわかる。ものすごい勢いで血液量が増えていっていることを。
「よし、これでもう大丈夫だ」
少女はまだ眠ったままだが、さっきまでの苦しそうな荒々しい呼吸ではなく、スースーと穏やかな寝息を立てている。
この子が何者なのかわからない。なんでこんな場所に一人でいたのか。
でも、それは起きてから確かめればいいことだ。
ほっと息を吐く。
空間魔法で収納していた毛布を取り出し、眠ったままの少女にかける。
「リーナ、エリス。すまないがクエストの件は一旦休止だ。この子の目が覚めるまで休憩にしよう」
「当たり前よ。こんな状況で怪我が治ったからって放っておけないし」
「今日ばかりはリーナと同感。ユーヤが申し訳なさそうにする必要は全くないわ」
「……そうか、そうだな」
俺も意識して言ったわけではなかった。社畜時代にすみませんを連呼していたからだろうか。自分の意見を言う時に謝ってしまう癖があったようだ。
でもそのおかげで、二人の本性を垣間見た気がする。
俺の仲間はやっぱり良い奴らしい。
お久しぶりです。
更新滞ってしまい申し訳ありません。
これからしばらくは短い間隔で更新できそうですので、継続して読んでもらえたらと思います。
あとお気づきの方もいるかもしれませんが、サブタイトルを全話変更しました。
これからはこの形式でいこうと思います。
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