第2話:最強賢者は昔を懐かしむ
オークはDランクの駆け出し冒険者でも簡単に倒せるモンスターだ。
「村」という名前をしていても、その実態は「家」が近い。
オークは繁殖能力が高く、最初は小さな家族でも放っておくとすぐに数を増やしていってしまう。だから、一刻も早い対処が必要なのだ。
俺たちは【オークの村を撲滅せよ】クエストを受託後、すぐに町を出た。
俺なら多分ソロでもクリアできるクエストなので、三人ならすぐに片付くだろう。これでそこそこ報酬もいいのだから、気楽なものである。
「二人ともよく聞いてくれ。敵はオークとはいえ、魔物である以上絶対安全とは言い切れない。慢心せず気を引き締めて臨んでくれ」
「言われなくてもわかってるわよ。ま、所詮Dランクのクエストだけどね」
「ユーヤが心配するのはわかるけど、オークなんかに負けたら終わりよ?」
リーナとエリスはさらりと俺の忠告を流す。
完全に油断している。まあ、彼女たちの言う通り何も起こることはないはずなのだが……いざ何かあればその時考えよう。
俺さえ気を付けていれば大丈夫だ。
「もうずいぶん歩いてる気がするけど、オークの村ってどこにあるの?」
まだ町から出て十分くらいしか経っていないのだが、リーナが音を上げた。
そういえば特に相談せずに決めてしまっていたな。
LLO時代は全員が生息地を理解していたので説明の必要はなかったのだが、リーナとエリスは討伐系クエストを受けるのも初めてなのだ。知っているわけがない。
「オークっていうのは多くがここから二十キロほど離れた【リィリの森】に生息している。奴らは群れでの生息を好むんだけど、危険度順に【村級】【都市級】【国級】に分かれている。俺たちが向かうのは森の中でも手前の【村級】オークが生息する場所だ」
「どうして階級が分かれているのかしら?」
「鋭い質問だな、エリス。階級ってのはオークじゃなく人間の都合でカテゴライズしただけなんだ。大きくなった村は都市になり、放っておけば国にまで発展してしまう。一度国レベルになるとその中で強い奴も出てきて、上位冒険者でも手を焼く存在になる。だからオークは早めに対処しないといけないんだ」
……とは言っても、俺が知っているのはゲームのシナリオ上最初から成長しきってしまったオークの国を相手に戦ったイベントだ。この知識で多分間違いはないはずなのだが、少し不安になる。
この世界はゲームとは違う。知恵ある人間が生きているのだ。国や都市になる前に他の冒険者がなんとかしているはずなのだ。しかし、人間のやることに絶対はない。
◇
歩き始めて1時間が過ぎた。
目的地まではほとんど道が整備されている。整備された道には魔物避けのアーティファクトが設置されているので比較的安全に通行できる。
過剰に気を張る必要はないとはいえ、ずっと歩き続けだと疲れもたまってしまう。
「ちょっと早いけど、休憩ついでに昼食を摂ろうか?」
「賛成!」
と、リーナ。
「本当はお弁当作ってきたかったんだけど……」
「遠出することになるとは限らなかったんだからしょうがないよ。その気持ちだけでありがたいくらいだ」
俺は非常時のために数日分の食糧を空間魔法で常に持ち歩いている。
空間魔法は、保存する物体の大きさに応じて魔力を消耗する。その代わり、どんな荷物でも重さを感じずに運ぶことができるのだ。
「まずは皿とコップを出して……パンと、おにぎりと……後は飲み物……お茶だな」
手ごろな岩に三人で腰かけると俺は異空間から食料と飲み物を取り出した。
皿にパンとおにぎり。コップにお茶を注いで二人に渡していく。
三人分揃ったところで、いただきますだ。
「美味しい! 普通のパンとおにぎりのはずなのに!」
「本当! どこにでもあるパンとおにぎりのはずなのに!」
リーナとアリスは大変驚いている。
このおにぎりとパンはその辺の店から購入したものだ。特別美味しいわけでも、不味いわけでもない。
それなのに二人がここまで称賛するのは、ひとえに「外で食べる弁当が美味しい現象」が関係しているのだと推測する。
俺もいつだったか……まだ小さい頃に家族で海に旅行に行ったことがある。
あの時にバーベキューをして、ついでにレトルトカレーを食べたのだ。当時の俺はレトルトカレーが大嫌いだった。レトルト独特の味が合わなかったのか、以前食べた時は冗談抜きで吐いてしまった。それなのに、海で食べたレトルトカレーはとても美味しそうに見えた。カンカンに照る太陽の照明効果や、外の空気、気分の高揚からなのか、一口食べてみるとあら美味しい!
それほどに外で食べるだけで食べ物は何倍ものポテンシャルを発揮するのだ。
二人が普通のパンとおにぎりを食べただけで感動している様子を見て、俺は15歳の少年らしからぬ懐かしさでいっぱいの気持ちになった。
ああ、こんな休日いいなあ。
異世界に来て本当に良かった!
社畜として馬車馬のように働かされて忘れていた。毎日ゲーム三昧の自堕落な生活をしていたせいで忘れていた。幸せとは何かと考えた時に「今」と答えれば正解に辿り着く気がする。
「はあ……もうお腹いっぱい。食べすぎちゃったかも」
「これから散々歩くんだ。それくらいでちょうどいいさ」
腹をさすりながら苦しそうに歩くリーナをやれやれと見つめながら歩みを進めていく。
オークの村につくのは多分昼過ぎかな。