第42話:最強賢者は出番を待つ
【空間転移】を使って学院の校庭に転移すると、既に赤龍と教員の戦闘は始まっていた。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
エリックが叫びをあげ、果敢に赤龍に剣を振る。
赤龍は軽くかわし、攻撃を加えようとする。その隙をついて他の教員が攻撃に回り、エリックには衝撃を吸収する保護魔法がかけられる。保護魔法がかかっているとはいえ、エリックもまったくのノーダメージではない。
このままではじり貧になってしまうが、彼らにはこれ以外の戦い方は思い浮かばなかったのだろう。
俺も火力役がいなければ同じような戦い方をしたと思う。
赤龍が尻尾を振り、少しずつ体力を削っていた教員たちを払いのける。
ちょこまかとした動きが目障りだったのだろう。
さて、そろそろ俺が動くか。
今俺が悠長に観察していたのは、赤龍の動きを見抜くためだ。敵の動きを全く知らずに攻撃しても結果は知れている。教員たちは堅実な戦い方をしていたから、いますぐに死ぬことはない。
おかげで、なんとかなりそうだ。
「先生、後は俺たちに任せてください」
「ユ、ユーヤ君!」
担任のレジーナ先生は驚いていた。
「ゴブリンの出現は止めたので後はこいつだけです。……早く安全なところに!」
「いや……生徒だけに任せて下がるわけにはいかないよ」
赤龍に飛ばされていたエリックが起き上がる。
「残念ですが、今の状態ではエリック先生に戦いは無理です」
きっぱりと言った。
普段のエリック先生はそれなりに戦える剣士だ。ファーガスと比べてもパワーは劣るが、その技術は劣っていない。そういう問題ではなく、エリックはボロボロなのだ。防御魔法で守られながら戦っていたとはいえ、ゴブリン戦から続く長期戦ですっかり疲弊してしまっている。
「しかし……何か、何かできることを……」
とはいえ、先生にもプライドがあるのはわかる。
俺だって入社二年目で一年目の新人が俺より有能だったときはその才能を羨み、せめて先輩として何かできることはないかと探したものだ。会社を辞めた理由は宝くじが当たっただけじゃなく、自分の能力が大したことがなのだと絶望したこともきっと関係している。……いや、辞めるほどのことではなかったがな。
「わかりました。……じゃあ、先生がたは尻尾を担当してください」
「尻尾?」
「そうです。魔物には核が存在しています。魔物の倒し方には二種類あることは当然知っていますよね?」
「ああ……普通の生物と同じように殺すか核を壊すかということだよね」
「そうです。……しかし、今問題の赤龍の核は動き続けています。そこで色々と厄介なのが尻尾なんですよ」
「……つまり、尻尾を斬り落とせば戦いやすいということなんだね?」
「そうです。……お願いできますか?」
「もちろんだ。全力で斬らせてもらう」
エリックは答えるとすぐに剣を持って、後方に移動する。他の教員たちに伝えにいくのだろう。
「リーナ、エリス! 俺たちは先生が動きやすいよう、動きを止めるぞ」
「え!? なにするの?」
と、リーナ。
「そうだな……リーナは敵の注目を集めてくれ。エリスは不意をついてアキレス腱を切ってくれると助かる」
二人が頷いたことを確認すると、俺は魔法の準備に取り掛かった。
俺たちが洋館に先に向かったのはまったくの無駄ではなかった。
レベルを上げるためには魔物を倒すか、地道な訓練で上げていくしかない。LLOでは倒した時にしか経験値が入らなかったが、この世界では戦闘を経験するだけで経験値がもらえるようだ。
俺はさっきの二連戦で、レベルがまた一つ上がった。
新しい魔法が使えるようになった!
その魔法が【毒爪】。
対象に五本の独立した魔力弾を放つことができる。爪のように尖った魔力弾で傷がつくと、魔物の体力を蝕んでいく。神経毒により敵の動きを封じ込める。
そして、全身に毒が回った時、対象の敵は絶命する。これは核を直接破壊できる唯一の魔法だ。ただし、尻尾のように身体の中心から外れた場所には毒が届きにくく、核の場所によっては殺せないことがある。
だから、先生たちに尻尾を切り落としてもらうのだ。
【毒爪】――即死魔法こそが、賢者が最強と言われるゆえんである。
それ以外のパラメータが成長具合により異常に強くなることに加えてこの魔法。強くないわけがない。
賢者が弱い? 笑わせるな。
リーナが【火球】を放ち、赤龍に着弾。
赤龍の注目を引くことに成功し、敵の爪が伸びる。
だが――遅い。
リーナの動きに比べれば赤龍などスローモーションだ。
軽い身のこなしでかわし、さらに【火球】で注目を集める。
その間にエリスは赤龍の足元に近づき、剣による攻撃を加える。
俺はアキレス腱を切れと指示した。
切っても魔物はすぐに回復してしまうが、しばらくの足止めにはなる。
【毒爪】は再使用時間が長い。一発で確実に成功しなければならない。
そうこうしている間にエリスは両足のアキレス腱を切ることに成功。
教員たちは全力で尻尾を目掛けて攻撃し――切断に成功した。
さて、俺の出番が来たようだ。