第40話:最強賢者は辿り着く
洋館の庭には特に人の気配はなかった。
もしまったくの無関係であれば無断侵入を咎められることになりかねないが、その場合にはきちんと説明すればいい。そう思って扉を開く。
だが、洋館には鍵がかかっていて開かなかった。
「まあ、当然か」
俺は【空間転移】を使用する。【空間転移】は一度行ったことのある場所にしか転移できないが、転移先の正確な情報さえ把握していればいい。
扉の先程度であればここからの『距離』を予測することで容易に突破できる。
俺は扉の一メートルさきに設定し、【空間転移】を発動した。
目の前に渦ができるので、通り抜ける。
「この魔法……かなりヤバい気がするわ」
「使い方次第で犯罪にも使えるわね……」
リーナとエリスの反応は微妙なものだった。
洋館の中は、外から見る豪奢な建物のイメージとは少し違っていた。
家具などは何もなく、およそ人が住んでいるとは思えない。
カーテンがかかっていて、薄暗かった。
廊下を進んでいくと、一定間隔で左右に扉が並んでおり、それぞれが部屋になっている。
俺は慎重に扉を開ける。キィーという音ともに扉が開く。
部屋の中はまたもやカーテンがかかっていて薄暗かったが、箱が何重にも積まれていた。
俺たちが配達した荷物だ。
「勝手にあけて大丈夫かしら」
リーナが不安げに呟く。
「何もなければそのまま戻せばいい。……開けるぞ」
俺は積まれていた箱の中から一つを取り出し、開封する。
強く張り付いていて開けるのも一苦労だった。
「これは……」
思わず口に出てしまう。
「軽くホラーね……」
リーナも同様の感想だった。
言葉には出さないが、エリスもちょっと引いている。
【光源創造】を使い、箱の中を照らしてよく確認するが、やはり見間違いではなかった。
「やっぱり俺たちが運んでいたのはゴブリンだったんだ」
箱の中に入っていたのは、封印されたゴブリンだった。テイムはされていない。一体ずつ丁寧に封印魔法がかけられ、箱の中に小さく横たわっていた。身体の小さいゴブリンは一つの箱で小さく三体ずつ押し込まれている。魔法による圧縮も併用しているのだろう。
「……ということは実践訓練で戦ったゴブリンリーダーをテイムしていたのはあの賢者か……」
ギルドのクエストでここに配達に来た時に顔を合わせた男だ。
あの賢者は俺のことを詳しく知っていたようだが、ゴブリンリーダーをテイムできるほどには実力を持つらしい。注意する必要がありそうだ。
「あの男がどこにいるのかわからないが、今から急いで探し出すぞ。多分……あいつが学院にゴブリンを転送している。早く止めなければ先生たちももたない」
俺はゴブリンが詰まった箱をとりあえず放置し、先を急ぐことにした。
部屋を出てからは、一部屋ずつ扉を開けていく。
三人で手分けするのではなく、全員で集まって慎重に開けていった。
一人の時に遭遇した場合、もし想定外の事態が起きた場合にリーナとエリスでは対応できないと考えたからだ。
二人はそれなりに強いし、腕も信用している。
だが、今現在の力量では任せるわけにはいかなかった。
どの部屋にもゴブリンが詰まった箱が高く積まれているだけで、人の気配はなかった。
「廊下の奥の大部屋……怪しくない?」
一部屋ずつ確認しながら廊下を進み、右に曲がった時、リーナが進言した。
「確かに、いるとすればあそこかもな……」
各部屋は倉庫としてのみ使用し、箱ごと大部屋に転送する方が無駄がない。
俺たちは息を殺し、大部屋へと歩みを進める。
扉の前で耳を澄ませると、物音が聞こえた。
シュイ―ンという魔法具を使った時の効果音だ。LLOでは何度も耳にしたことがある。
どうやら、ここで作業をしているという推測は正しそうだ。
俺は小声で二人に耳打ちする。
「いいか、今から襲撃するが、俺が単独で突っ込む。二人はサポートを頼む」
二人が頷いたのを確認し、俺は背中から剣を抜くと、勢いよく扉を開けた。
そして、そのまま突っ走っていく。
「観念しろ! お前の悪事はもうバレている!」
俺の侵入に気づいた賢者の男はにやりと笑みを浮かべる。
先手必勝。俺は大きく跳躍し、剣で突き刺す――つもりだった。
カキン!
何か障害物に当たってしまったかのように剣がぶつかる。
そのまま目に見えない壁に頭を打ち付けてしまい、強烈な痛みが俺を襲う。
「な、なんだこれは……!」
「残念だったね。ユーヤ君。これは僕のオリジナル魔法【絶対防御】だよ」
「絶対防御……だと?」
賢者の男は頷く。
「そう、僕の許した者しかこの先に進むことはできない。どんな魔法を使ったとしても、このバリアを破ることはできないんだ」
自信満々の顔でご丁寧にも教えてくれた。
「それで……この壁の中で引きこもってせっせと学院にゴブリンを送り込んでいるということか?」
「正確には……君をおびき出す作戦だったんだよ」
「……どういうことだ?」
「ゴブリン程度の戦力なら、君は教員たちに任せてここに来るだろうと僕は推測していた。その目論見通り、君はやって来た」
「……まんまとしてやられたわけか」
「安心してくれ。君を殺すつもりはないし、殺せる自信もない。ただ、足止めできれば十分なんだよ」
「……! 何をするつもりだ!」
「なに、ちょっと赤龍を送り込むだけだよ」