第37話:エリックはフラグを立てる
魔法学院教員のエリック・ウッドゲイトはユーヤたち三人と交代する形で、増え続けるゴブリンと格闘を続けていた。
エリックの職業は剣士である。
剣士は俊敏性において優れた能力を持つが、それでも全ての攻撃を避け続けられるわけではない。
「くっ……」
なにせ緊急事態ということもあり、授業時のラフな格好だった。授業時の服は薄く軽いが、ある程度の防御力は持っている。擦り傷程度の衝撃なら全く問題ないし、ゴブリンからの攻撃も被ダメージは小さくなる。
しかし、攻撃を避けきれなければ多少なりともダメージに繋がってしまう。
エリックの肩周辺は糸がほつれてボロボロになってしまっている。弱った部分にダメージが入ると、ダメージが入って痛覚を刺激する。
痛みと戦いながら終わりの見えない戦いを続けていた。
変化が現れたのは二十分を過ぎた頃である。
「終わった……のか?」
ゴブリンの出現が途絶えた。
まだ三十匹ほど残ってはいるが、このくらいの数なら対処は容易い。
力を振り絞ってゴブリンを斬り続ける。
全てのゴブリンの処理を終え、やっと一息つけそうだと教員の誰もが思った。……しかし、ここで終わらなかった。
新たに召喚される魔物は光のシルエットから想像すると一体……。
だが、その一体がとんでもなく大きいものだった。
「グオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!」
召喚された巨大な魔物は咆哮を上げる。
やがてシルエットははっきりしたものになる。赤い鱗、鋭い爪。
竜の背中には半月型の紋様が刻まれている。エリックたちは知らないが、これはテイムされていることの証明である。……つまり、赤龍をここに召喚したのは半月同盟だ。
「せ、赤龍か!?」
やっと終わったと思っていた矢先の赤龍の出現。
エリックは脱力してしまう。もう、どうにでもなってしまえと思ってしまう。
しばらく茫然としていた。
「エリック、しっかり!」
「レ、レジーナ……」
1年Sクラス担任のレジーナ。同僚にして、エリックの恋人でもある。
レジーナは赤龍の出現に狼狽えることなく、剣を取って果敢に戦っていた。
彼女にだけ戦わせて、自分が何もしないなど、己が許さない。
「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
戦う気力が溢れてくる。前向きな気持ちになれる。レジーナに格好の悪いところは見せられない。
エリックは大剣を両手にしっかりと携え、魔法による跳躍で赤龍に斬りかかる。
赤龍は短い腕の狙いをエリックに定める。鋭い爪が彼を襲った。
だが、飛び込んだ結果こうなることはエリックにもわかっていた。
決して冷静さを失っていたわけではない。これが一番合理的だから選んだのだ。
エリックの剣が赤龍の腕に当たると、硬い鱗を突き破り、皮膚に剣が食い込む。
「グオオオオオオォォォォォォォォ!!!!」
赤龍の喘ぎ声。
エリックの剣によりダメージを負った赤龍は後退する。同時に、エリックが着地した。
と、同時に叫ぶ。遠くに離れた教員の耳に届くくらいの大声で。
「全員、聞いてくれ! みんなゴブリンの戦いで疲弊している。……そんな時にどこから来たのかもわからない赤龍の出現だ。……もうやってられないよな。気持ちはよく分かる。……だが、我々は名誉ある魔法学院の教員である! 僕は最後の最後まで学院と生徒を守りたい! 全員、死ぬ気で戦え!」
エリックは赤龍に強烈な一撃を与えることに成功した。
その甲斐あったのか、教員たちの心は揺さぶられたようだ。「犬死に」から「なんとかなるかもしれない」という心境の変化は、彼らに希望を持たせた。
「お、俺は戦うぞ……!」
「俺もだ!」
「私だって……」
諦めていた者が剣を取り、詠唱を始める。
エリックの一撃は大きなものだったのだ。
「レジーナ、ちょっと聞いてくれ。手短に済ませるから」
今にも赤龍に斬りかかろうとしていたレジーナを、エリックは呼び止めた。
レジーナの顔には疑問符が浮かんでいる。
「レジーナ……この戦いが終わったら……結婚してくれないか?」
唐突のプロポーズにレジーナは目を丸くする。
もちろん、レジーナもエリックのことが好きなのだから、嬉しくないはずがなかった。
「でも……どうして今?」
レジーナにはプロポーズのタイミングとして適切ではないように思われた。
こんなに立て込んでいるときにしなくても、後でゆっくりと話せばいいじゃないか――と。
「生きて帰れる保証なんてどこにもないんだ。……だから今言っておきたいと思った。もちろん僕も死ぬつもりなんて毛頭ない。……けれど、最悪の事態は想定するべきだ。……だから、今話した」
「そう……」
レジーナはほんの一瞬の間に、色々なことを考えた。
この戦いの後の幸せな未来を想像した。
「ダメ……だろうか?」
不安を隠せないエリック。返事がどうしても気になって急かしてしまう。
「わかった。……この戦いに勝ったら結婚しましょう。だから、絶対に勝たないとね」
レジーナはとびっきりの笑顔をもって答えた。
返事を聞いたエリックは大剣を力強く握り締める。
「ああ、もちろんだよ」