第33話:最強賢者は休憩を満喫する
『冒険者食堂』。ギルドの近くに構えるその食堂は、ギルド組合員――冒険者のための食堂になっている。
入場には組合員証を必要とするが、確かめられることはなく、普通に近所の住民も利用している。それを咎められることはない。
冒険者食堂は、クエストでクタクタになった冒険者のために格安で量が多く、美味しい料理を提供することで有名だ。ときには冒険者が他の国や町で得たレシピが提供されることもあり、そのバリエーションは豊富である。
食堂に入ると、昼前ということで客数はまだ少ない。三人で掛けられそうな席もいくつか見つかった。
入り口に立てられたメニュー表を確認する。
「どれにしようかしら……」
「メニューが多すぎる気がするわ……」
リーナとエリスは多すぎる選択肢のせいで逆に迷ってしまったようだ。
魔法学院の食堂と大差ないような名前のメニューが並ぶので俺も少し悩んだのだが、一つだけ気になるものがあった。
「俺はこれに決めたぞ」
『期間限定:カツ丼』
写真が見られないのが残念だが、そこには紛れもなくカツ丼と記されている。
カツ丼と言えば、サクサクのカツの底にアツアツの白米が敷き詰められ、濃厚なつゆがほどよく味付けする日本流洋食の定番メニューである。
LLOにもカツ丼イベントなるものがあって、五つ集めるとランダムでアイテムに交換できるというイベントがあったことを思い出す。
「なにそれ。カツ丼?」
リーナはカツ丼を知らないらしい。
「そうだ、うまいぞ」
「食べたことあるの?」
「前にな」
「じゃあ、私もそれにする」
「そうか」
俺とリーナのメニューは決まった。エリスもそろそろ決めた頃だろうか。
あれ? エリスの姿は――。
「カツ丼一つお願いします」
ちょうど注文していたところだった。
エリスもカツ丼にしたらしい。
俺たちもカツ丼を注文した。注文すると五分ほどで大きめのどんぶり茶碗に盛り付けてくれた。
トレイに乗せてレジに向かい、料金を支払う。
その足で大きめのコップを手に取り、ボタンを押すと水が出てくる貯水機――現代風に言うとドリンクサーバー――でたっぷりと満たしていく。
三人が掛けられるテーブルに着き、いざ「いただきます」。
どんぶり茶碗を片手に、箸が進む……進む。
これは美味い。そして懐かしい。
十五年ぶりに食べたカツ丼は格別だった。なんということはない普通のカツ丼なのだが、めちゃくちゃ美味しい。期間限定のメニューだというのが惜しく感じるほどだ。
ああ、美味い。
リーナとエリスは箸が使えないので、スプーンを使って頬張る。
「なにこれ美味しい!」
「こんなの食べたことない!」
大好評のようである。
今日まで生きてきて良かった。所詮はカツ丼、されどカツ丼。
レギュラーメニュー化してくれるのを切に願うのだった。
「ごちそうさまでした」
あっという間に平らげると、全身に力がみなぎるような感覚を覚えた。
疲労が取れて、身体がフワフワしたような、不思議な感覚だった。
決して気のせいではない。
「なんか不思議……」
「あんなに疲れていたのが嘘みたい……」
二人も同様の感想なのである。
俺には一つ心当たりがある。
カツ丼イベントは、一か月間のドロップ期間と、その後は一週間の交換期間がある。交換期間を過ぎるとNPCが消えてしまうため、次に同様のイベントがあるまでは引き換えができなくなってしまう。しかし、アイテムとしては残るのだ。
その効果は、使用するとHPとMPが中程度回復するというもの。この世界でHPとMPが回復したというのは、疲れが取れたように感じるということに違いない。
「さて、飯も食べたことだし、そろそろ出ようか」
俺たちはトレイとお皿を片付けると、元気な身体で冒険者食堂を後にした。
ギルドにて洋館への配達クエストの清算をしてからもう一度まったく同じクエストを受注する。
受付嬢さんは「お疲れではありませんか?」と声を掛けてきたが、俺たちはまったく疲れていないので、「問題ないです」とだけ答えてクエストを受けた。
次の荷物も見た目は同じ箱型で、厳重に封をされていた。
その荷物を軽々と持ち上げ、また洋館へと向かう。
俺たちが受領連絡をもらおうと話しかけると、驚かれてしまった。同じクエストを受けるのは珍しいことらしかった。
その後、何度も何度も足を運び、一日で五回も配達することができたのだった。
翌日の日曜日も同じクエストを五回こなした。
一回で銀貨五枚……五千円ほどのクエストでも十回もこなせば金貨五枚……五万円になる。
なぜこんな簡単な仕事でここまでの高報酬に設定しているのか、最後まで疑問が残ったが、お金に関しては問題なく稼げたので良しとしよう。これでゴールデンウィークもバッチリだ。
そして、
「おめでとうございます! みなさん揃ってDランクに昇級です!」
受付嬢さんから新たに黒の組合員証を受け取る。
「これからもクエストを受けてもらえると、大変助かります!」
「ええ、また時間があればぜひ受けさせてください」
全てが終わると、充実した週末だったと思う。
学校の友人と休みの日に会い、一緒に苦楽を共にするのだ。
まるで、リア充みたいじゃないか。