第27話:最強賢者は見学する
連れてこられた先は第二運動場だった。
前世でも見たことのある陸上競技場のように赤い地面が広がっていて、真ん中には白い線が引かれた緑の人工芝。陸上競技部員がハードルを飛び越えていた。
「もうすぐ陸上競技大会があるんだよ。魔法学院はハードル競争で有名でね、まあ見ててよ」
六レーンにそれぞれ設置されたハードル。六人が整列すると、開始の合図で一斉にスタートする。
軽々とハードルを飛び越えていく様は素直に凄いと思った。
ハードルがない場所では風を切るように猛スピードで駆け抜ける。
「7秒69……うん、良い調子だ」
時計を片手に呟く上級生。
「これって何メートルのトラックなんですか?」
「百十メートルだよ。速かったでしょ」
「ええまあ、そうですね」
確かに、地球の記録に照らせば速いことには間違いない。
「ユーヤ君も入部して練習を積めばこんな風になれるよ!」
「は、はあ……」
うぜぇ……。余計なお世話すぎる。
「ちょっと走ってみようかしら」
俺の後ろでじっと見ていたリーナ。興味を持ったらしい。
「大歓迎だよ! ちょっとレーンを開けてもらうから、ちょっと待ってて! ……あーいや、ついてきて!」
俺たちはスタート位置まで歩いて向かう。上級生は少し駆け足で向かって部員たちに説明をするようだ。
「リーナさん、隣のレーンで一緒に走ってみたいっていう部員がいるんだけど……いいかな?」
「ええ、構わないわ」
リーナが答えると、筋肉ムキムキの脚をした部員たちがぞろぞろと並び始める。空いていた五レーンは全て埋まった。
「じゃあ、今から魔法で合図を鳴らすから、聞こえたらスタートしてね」
上級生は腕を高く上げ、【火球】を上空に向かって撃つ。【火球】が爆発したことでそれが合図となり、スタートする。
スタートダッシュはさすが陸上競技部員、めちゃくちゃ速かった。音が鳴ると同時に駆け出し、既にリーナとはかなり差が空いている。
リーナは少し遅れてから駆け出す。鍛え上げた脚力は地面に強烈な打撃を与えて猛烈な加速を見せた。
そしてハードルを――蹴破って先に進む。
なんという脳筋……。ハードルは普通飛び越えるものなのだが、蹴破ることでリーナはずっと加速し続けているのだ。
二つ目のハードルを破り、三つ目のハードルも破り……あれよあれよという間にゴールしてしまった。
部員たちは遅れてゴールを果たす。
「リ、リーナさん……なんというか、すごくワイルドなんですね!」
陸上部員たちはひきつった笑みを浮かべていた。
「リーナ、ハードルは飛び越えるもんなんだぞ?」
俺の指摘にリーナはきょとんとした様子で、
「でも飛ぶより蹴る方が速くない?」
「いや……そりゃそうなんだろうけど競技の趣旨に反してるからさ。それじゃあダメだろ?」
「うーん……反省するわ」
リーナは拗ねてしまった。
「ま、まあリーナさんも楽しめたことだし、気を取り直して、今度はユーヤ君が走ってみないかい?」
「俺ですか?」
「ああ、そうさ。どうだい?」
このグイグイ来る感じ。とりあえず誘いに乗らないと帰してくれそうにないな。
「わかりました。じゃあちょっとだけ。……その前に一つ確認したいんですが」
「なんだい?」
「ハードル競争というのは魔法の使用は許可されているんですか?」
「もちろんさ。魔法で極限まで身体強化をすることで発揮する能力こそが陸上競技の神髄と言ってもいい」
ふむ、魔法の使用が許可されているのなら、本気を出すほどではなさそうだ。
【火球】による合図で、俺たちは一斉にスタートする。
またもや他の五レーンは埋まってしまっていた。
俺はスタートすると、トグルオンに設定し、【最短経路】――跳躍を発動する。
跳躍する方向は上、そして直後に前方に押し出すイメージだ。
ハードル競争ではハードルを蹴破ってはいけない。
ハードルを飛び越えることを前提に、いかに速くゴールに辿り着くか。
俺の方法はルールにまったく反していない。
俺はスタート地点からのジャンプでハードルを全て乗り越え、ゴール地点に着地したのだった。
……3秒くらいだったかな。
かなり遅れて部員たちが到着する。
「ユーヤもルール度外視だと思う……」
リーナにはなぜか呆れられてしまったようだ。
なぜだ? ハードルは全て乗り越えたじゃないか! ちょっと方法は違ったのかもしれないがこれは正攻法じゃないか?
「そ、そんな馬鹿な……魔法による移動は上下左右の四方向に限定されているはず……どうやって……」
「誰もが一度は思いつく方法だが……本当にやれるやつが現れるとはな……」
「リーナさんも規格外だが、ユーヤ君は……」
部員たちがとても驚いていた。
まあ確かに、【最短経路】のような性質を持つ魔法がないと魔法の連続発動には少し時間がかかるからな。初めて見るとそういう感想になるのも理解はできる。
まあ、これだけ力の差を見せつければ、少しは遠慮して入部のお誘いも減るだろう。
それならとても良いことだ。