第26話:最強賢者は昼食を楽しむ
翌日、午前の授業が終わった。
「ユーヤ! お昼食べにいくわよ」
リーナからのお誘いだ。特に断る理由はない。
魔法学院での昼食は、寮の各部屋に備えられている調理場で弁当を作って持参するか、あるいは食堂で食べることができる。食堂のメニューはどれも安価で栄養価が高く、しかも美味しいので学生には人気がある。
俺は自炊に関してはできなくはないのだが、早起きがどうにも億劫なので、いつも昼は食堂で済ませている。
「今日は唐揚げが食べたいな」
「はー……今日も肉なのね。ユーヤはもうちょっと栄養ってものを考えた方が良いと思うわ」
「タンパク質は大事だからな。魔法がいくら使えても身体が追い付かないんじゃ意味がない」
「タンパク質……? 初耳ね」
ん? タンパク質はこの世界のボキャブラリー的に存在しないのか。
十五年生きていても未だに知らないことだらけだ。
「まあ、とにかく、唐揚げを食べれば強くなる。……そういうことだと思ってくれ」
「ふーん」
リーナはジト目で俺を見た。
……多分バレているんだろうな。タンパク質のためってのは言い訳で、実は唐揚げが好きだから食べたいだけってのが。
「そういや、エリスはいつも弁当なんだよな。いつも早く起きてるのか?」
教室の自席で弁当を頬張るエリスに尋ねる。
エリスの弁当は品数が多く、彩も鮮やかだ。これを毎日手作りだと大変だろう。
「全部朝に作ってるわけじゃないから。夜の間にある程度作っておいて保存しておくだけ」
そういえば、前世の俺の母親もそんなことをしていたな。
多くは夕食の残りを有効利用……もとい使いまわしていたのだが。
「しかし冷凍できないんじゃあまり置いておけないだろ?」
「冷凍……?」
あ、この世界には食べ物を冷凍するという習慣がないのか……。そういえば冷凍庫はおろか冷蔵庫すらないからな。
「食べ物は冷やしておくと長持ちするんだぞ。これ豆知識だ」
「そういえば寒い地域では食べ物が腐りにくいって聞いたことがあるわ。……今度から魔法で氷を作ってから保存しようかしら。そうすれば寝る前に作らなくてもいいし」
寝る前に作っていたのか。まあ、そうしないとそりゃ腐るよな。
「……食べる?」
エリスがフォークで刺した卵焼きを俺に向けて尋ねる。
少し照れているのか、顔が赤い。
俺は好き嫌いなど特にないので、そんなに照れなくてもダメ出しなどしないのだが。
「いいのか?」
「いいから言ってる」
「そ、そうか……そうかそれじゃあ……うおっ!」
エリスが俺の口の中にフォークをねじ込む。
甘い卵焼きの触感は、気の強いエリスに似合わない……けれど美味しかった。
「うわ……これ間接キス……」
リーナが冷たく呟く。
ああ、確かにこれ間接キスだよな……? ま、まあこの世界では気にしないという可能性も……!
ってあれ、エリスがさらに赤くなっているぞ?
「どう……かな?」
「めちゃくちゃ美味いぞ」
「そう……なら良かった。ちょっと多く作りすぎちゃったからちょうど良かったわ」
☆
その後食堂へ行って俺は唐揚げ、リーナは山菜のサラダを食べていたのだが、彼女の機嫌はどういうわけか、すこぶる悪かった。
多分今までの中で最高潮に悪いと言える。
「えーと、リーナ……? どうして怒ってるんだ?」
「べつに怒ってないけど?」
いやいや、怒ってないならそんなに睨まないでおくれよ。
俺が何をしてって言うんだ? エリスとの間接キスの辺りから非常に機嫌が悪い気がするのだが、これはリーナには関係ないことだしな。
まあ、こういう日もあるのだろう。明日になればきっと機嫌も直っているさ。
「あのー、ユーヤ・ドレイク君とリーナ・ブライアースさんですよね?」
食堂のテーブルに座って慎ましく食べていただけに、突然名前を呼ばれたことに驚いた。
しかし、名前を呼ばれた相手を確認すると、色々と悟った。これは面倒なことになりそうだ。
学院の制服の肩の部分には銀の紋章がある。……上級生だろう。この流れは昨日と全く同じなのである。
「お二人とも、我が陸上競技部に入部してもらえませんか!?」
ああ、やっぱりなと思った。
リーナも溜息をついている。彼女も何度か勧誘されたのだろうか。
「まだ決めるには早いというか……もう少し考えたいんですが」
昨日と同じ断り文句で返しておく。
これで諦めてくれるはずだ。
そう思ったのだが。
「うーん、確かに考えることも大事だけど、直感を信じてみてよ! ……そうだ、今は昼の練習をしているところなんだ。今から来ないかい?」
「え、えーとですね」
ウザイ! こういうしつこい奴は嫌いだ!
「ああ、すまない! 無理にとは言わないんだ。昼休みはなにか予定あるのかな?」
「いえ、特にはありませんが……」
ないのだが、面倒ごとには付き合いたくないのだ。
「じゃあちょっとだけ付き合ってよ! ダメならダメでオーケーだしさ!」
「はあ、まあちょっとだけなら」
俺は先輩に押し切られる形で、部活見学にいくことになってしまった。
そしてリーナは知らぬ存ぜぬの姿勢である。リーナも名前呼ばれていただろうに。
「リーナさんも食べ終わったんですよね! ぜひ来てください!」
リーナはビクッと肩を揺らすと、諦めたように立ち上げり、俺の後に続いた。